よりどりインドネシア

2022年01月22日号 vol.110

ウォノソボライフ(48):ウォノソボ三傑物語(3):キアイ・コロデテは解脱したか(神道有子)

2022年01月22日 18:23 by Matsui-Glocal
2022年01月22日 18:23 by Matsui-Glocal

ウォノソボの基礎を作ったとされる三傑を紹介するシリーズの最後は、最もファンタジックな色合いを持つキアイ・コロデテ(Kyai Kolodete)です。

キアイ・コロデテについては、『よりどりインドネシア』第50号にて、ドレッドヘアを切り落とす儀式の紹介の際に名前を出したことがあります。子供たちの頭に発生するねじれ髮は、キアイ・コロデテと関係していると解釈されているのです。

今回は、そのキアイ・コロデテについて掘り下げるとともに、キアイ・コロデテゆかりの地をお見せしようと思います。

●半人半妖?小説に描かれる伝説

キアイ・コロデテは、三傑のなかでは最も情報を集めやすい人物といえます。現在も息づいている儀式や信仰と関わりが深いため、その名を様々な媒体で見ることができるのです。

その一つが、地元のジャーナリストが書いた小説『コロデテ ディエン文化歴史小説』『コロデテ2 ヒンドゥーからイスラムへの文化変遷』です。

上下2巻のセットとなっており、著者がディエンの人々に聞き取り調査したものを土台に書かれています。

ただし、著者自身が注意書きとして、「コロデテの伝説は文書として残っているものはほとんどなく、そのため口承で語り継がれてきたものを集める形となった。それらは多様なバリエーションがあり、辻褄が合わなかったり、矛盾したりするものもある。一つのまとまった物語にするにあたり、それらの中から取捨選択をし、ストーリーを組み立てている。また非現実的な要素も多分に含む。そのため、これは歴史書ではなくあくまで小説として楽しんでもらいたい」としています。伝説そのものではなく、伝説を基調にした物語ではありますが、どのような人物として捉えられているかは見ることができると思います。

以下、その概要です。

舞台は、マジャパヒト王国晩期、最後の王ブラウィジャヤ五世(Brawijaya V)の時代です。

ディエン高原を含む一帯は、マロン領(Kadipaten Marong)として、マジャパヒト王国に属する地域でした。そのマロン領内で、あるときから奇妙な病が流行ります。

子供たちが突然高熱を出したかと思うと、苦痛に悶え苦しみあっという間に亡くなってしまうのです。病気の治療は祈祷師、魔術師の仕事でしたが、住民に呼ばれた祈祷師たちはみな今まで見たことのない症状だとして首を傾げます。そうしているうちに、一つの村から始まった病は次々と周辺の村々へ広がり、じきにマロン領内を覆い尽くしてしまうだろうという勢いになりました。

マロン領の領主は頭を悩ませました。なんとか手を打たねばならない。領内の祈祷師、魔術師たちを一堂に集め、「これを収めた者には褒美を与える」とおふれを出しました。祈祷師たちは張り切りましたが、それでも誰一人として成果を出せません。

困り果てた領主は、王宮に使いを出します。もはや自分の手には追えず、王国の助力が必要だと判断したのです。犠牲者は増えるばかりでした。やがて月日は流れ、領主の元に2人の男が現れます。王国から直々に遣わされた、クラマユダ将軍(Ki Bekel Kramayudha)と、その弟、ウィロガティ(Wirogati)でした。

領主から事情を聞いたクラマユダとウィロガティは、早速、原因究明と治療法探しに取り掛かります。クラマユダは優秀な戦士であるだけではなく、神秘の術にも通じていました。疫病に苦しむ子供を診察していたとき、不思議な力によってクラマユダは吹き飛ばされます。その際、子供の体内に赤く燃え盛るようなうねった髪の毛があるのを霊視したのです。これはただの疫病ではない、魔物が関わっている、と確信しました。

クラマユダは弟を王都に帰すことにしました。弟は未熟で、魔物との戦いが想定される現状では力不足だと思ったからです。その代わり、クラマユダは師であり強力な霊力を持つ叔父に助けを求めました。2人で疫病の原因となる魔力を探っていたところ、ディエン高原のバライカンバン湖(Telaga Balaikambang)の近くで怪しげな儀式を繰り広げる魔物たちを見つけます。儀式を取り仕切る緑色の巨軀の鬼こそが、ディエン高原の魔物の王、コログニ(Kologeni)でした。

叔父は単身コログニに戦いを挑みますが、その魔力に苦戦します。コログニの長くねじれた髪は炎となって襲いかかりました。そこへクラマユダが駆けつけると、コログニは多勢に無勢は倫理に悖るとして一時休戦を申し出ます。コログニは魔物ではありますが、誇りある戦士でした。互いに態勢を立て直し、7日後、コログニとクラマユダが一対一の対決をすることになりました。クラマユダが負ければ2人は魔物たちの餌になる、一方、コログニが負ければ、疫病を治す方法を教え、さらにクラマユダの子分になるという約束です。

さて、一時しのぎをしたものの、困ったのはクラマユダです。自分より力の強い叔父が苦戦した相手に、どうやって勝つというのか。負ければ食べられるだけでなく、彼の双肩にはマロン領の人民の運命がかかってもいます。そこで、霊力を高めるために修行をすることにしました。

森の中でコウモリのように木の枝からぶら下がり、飲まず食わず眠らずで、ひたすらに瞑想します。そこへ虎や大蛇などがやってきて、クラマユダを襲いました。しかし、修行を中断するわけにはいきません。諦めの境地でそれらを受け入れると、不思議なことに猛獣たちは消えてしまいました。これはクラマユダを試しているのだと気づき、毎日やってくる猛獣たちの攻撃に耐え忍びます。魅力的な女や金銀財宝が現れ、もう修行をしなくてもよいと囁くこともありました。それらの誘惑をも跳ね除け、7日目、遂にクラマユダが修行を完遂させると、ディエン高原を治める聖剣コロディテ(Kolodite)を手に入れることができたのです。

コロディテは、バタラ・カラ(Batara Kala)の左の牙から作った聖剣とされています。バタラ・カラとはヒンドゥー教のシヴァ神の息子であり、恐ろしい姿をした荒々しい神です。『マハーバーラタ』のパーンダヴァ五王子のアルジュナは、バタラ・カラの右の牙から作られた聖剣を、アルジュナの異父兄のカルナはコロディテをそれぞれ使っていたと言われています。

さて、対戦のときが訪れました。戦いは何日にも及ぶ激しいもので、辺り一帯を焦土にしてしまうほどでした。

絶体絶命のそのとき、クラマユダはとっておきにしていた聖剣コロディテを使い、コログニを圧倒します。コログニは、クラマユダがその聖剣を持っていることに驚きました。それは、コログニ自身が長年探し続けても見つけられなかったものだったからです。

ここに、コログニは負けを認めました。疫病は、好き勝手に山を切り拓き魔物たちの住処を壊してきた人間たちへの警告であったこと、約束通り病人の治療に協力し、クラマユダに仕えることを伝えると、コログニは緑の霧となってクラマユダの体の中に入りました。

クラマユダは住民たちを次々に治して回り、遂には完全に疫病の害からマロン領を救います。果たして、無事に領主のもとへ報告に赴いたクラマユダでしたが、そこで衝撃の事実を聞かされました。

なんと、マジャパヒト王国がすでに陥落したというのです。マロン領はドゥマク王国(Demak)の領土となり、領主はその地位を追われていました。マジャパヒトに忠誠を誓った将軍として、クラマユダのショックは大変なものでしたが、今さら何も出来ません。

傷心のまま、一度故郷に帰ろうと考え、その日は野宿をします。しかし目が覚めると、見知らぬ宮殿にいました。周囲には異形の魔物たちがいます。クラマユダはわけがわからず混乱するばかり。されるがまま、豪華な衣装を着せられると、そこに現れたのは南海の女王、ニャイ・ロロ・キドゥル(Nyai Roro Kidul)でした。

クラマユダは、聖剣コロディテを手にしたことで、ディエンの王となっていました。さらに、魔物コログニを内に抱え、人間でありながら人間ではない存在でもあります。ニャイ・ロロ・キドゥルは、そんなクラマユダに『コロデテ』(Kolodete)という新しい名を与えました。そうして、コロデテは、ニャイ・ロロ・キドゥルの愛弟子と結婚させられるのでした。

ここまでが第1巻の内容です。

続く第2巻では、王国の盛衰に翻弄される人々と、宗教の移り変わりの様子が主に語られます。

マジャパヒト王国が陥落して以降、重臣たちは四方八方へと落ち延びていました。そのうちの一団は、ディエン高原へと向かいます。かつてのマジャパヒト軍で将軍職にあったクラマユダが、今はディエンを治める王になったと聞いていたからです。彼らはクラマユダに助力を乞い、マジャパヒト復興を目指そうとしていました。

一方、クラマユダことコロデテは、新婚生活に無上の喜びを感じていました。これまで戦士一筋で生きてきた奉仕の人生から、伴侶を得て、今度は魔物たちからではあっても奉仕される立場になったのです。

そこへ、部下の魔物たちがディエン高原に怪しい一団が侵入したことを報告してきます。捕えてみると、かつての顔見知りでした。彼らから、マジャパヒトの地方諸侯の1人が反乱を起こしたこと、ブラウィジャヤ王は東ジャワに逃げて身を隠していること、マジャパヒトの栄光を共に取り戻して欲しいことを聞かされます。コロデテは裏切りに怒り、必ずや復讐し、王国を復活させんと動き始めました。

ディエンは、彼らのような落ち延びてきた元マジャパヒトの戦士や民衆を積極的に受け入れ、軍を結成することにしました。少しずつ兵力を蓄えていきます。一方で、ドゥマク王国ではイスラム教の伝道師たちが集まって会議をしています。ドゥマクのパタ王はディエンの動きを察知していました。マジャパヒトへの忠誠が篤い者たちが集まれば、いずれここへ攻め込んでくるはずです。なんとしても制圧しなければなりません。伝道師たちは、ディエンがドゥマクを受け入れない理由の一つは、宗教の違いによると考えます。ジャワ島では徐々にイスラム教が浸透してきていましたが、ディエンは未だヒンドゥー教・仏教が根強い地域でした。

ディエンを傘下に入れるにあたり、伝道師たちは平和的な方法を最優先します。彼らと良い関係を築き、ゆっくりと兵力を削いでいく。そのための作戦はこうです。

  1. ディエンへ落ち延びる者たちが通る道にベースキャンプを作る
  2. イスラム教を広める
  3. ブラウィジャヤ王の孫である伝道師にコロデテを説得させる 

早速、各自いくつかの地域へ散っていきます。

伝道師たちは最初から布教をしようとはしませんでした。地元の人たちに農業を教えるなどして、信頼関係を築いていきます。そのうえで少しずつ、イスラム教を説いていったのです。

コロデテは、一日も早くドゥマクへ攻め込みたいと考えていました。しかし重臣たちから、ブラウィジャヤ王の指示を待つよう言われています。そんな悶々とした月日を送るうち、気がついたらディエン高原の周辺からじわじわとイスラム教が根づいていました。ドゥマクに先手を取られた!コロデテは、もはや人間クラマユダとしての人格をほとんど失っていました。長い髪がねじれ鬼の姿となると、イスラム教徒たちを殺し、伝道師らと激しい戦いを繰り広げます。

伝道師たちをまとめるスナン・カリジャガ(Sunan Kalijaga)は、コロデテの中にあるコログニの力を削ぐ作戦を立てます。聖句をしたためた文書を地面に埋め、その上をコロデテに歩かせるのです。そのために、ブラウィジャヤ王の孫、ラデン・スロマニク(Raden Selomanik)をブラウィジャヤ王からの使いだとしてコロデテの宮殿に行かせます。自身らもマジャパヒトの服装をして敵の目を欺くのです。

長年待ちわびたブラウィジャヤ王からの使いが来たと聞いて、コロデテはこのうえなく喜びました。丁重に迎え、自らあちこちを案内します。歩き回るうちに、徐々に頭がクリアになり、落ち着きを取り戻していきました。

スロマニクは慎重に言葉を選び、説明します。マジャパヒトに起こった混乱は、最初は小さな行き違いであったこと。ブラウィジャヤ王の子供たちや孫たちが互いに争い血を流す意味のない諍いをブラウィジャヤ王は悲しんでいること。現在、ブラウィジャヤ王はスナン・カリジャガに受けた教えを実践し、静かに山の中で祈りを捧げる日々を送っていること。よって、ディエンはこの意味のない諍いに加担する必要はないことを告げました。

ドゥマク王国のパタ王は、ブラウィジャヤ王の実子です。コロデテはこの提案を受け入れざるを得ませんでした。

スナン・カリジャガは、影絵芝居ワヤンを上演することを許されました。それは従来の様式ではなく、イスラム教の教えを盛り込んだ独自のものでした。コロデテは怒りを見せますが、スナン・カリジャガは「全ての宗教は神によって下されたものなのだ」と説きます。たくさんの討論を経て、ついにコロデテはイスラム教に改宗することとなりました。

スナン・カリジャガは、とある人物の元へ赴きます。それはクラマユダの弟、ウィロガティでした。彼は兄と別れた後、王都には帰らず、あちこちを放浪して修行を積んでいたのです。今はスナン・カリジャガの弟子となり、今回の作戦にも参加していました。スナン・カリジャガは、ウィロガティにコロデテに会いにいくよう促します。コロデテの中にはまだ聖剣とコログニがいます。そこで、聖剣をウィロガティが預かってコロデテから引き離せば、聖剣に惹かれているコログニは興味を失って出て行くだろうと見込んだのです。

緊張しながらも、数十年ぶりの兄弟の再会は果たされました。コロデテはウィロガティの申し出を聞き入れ、聖剣を弟に託します。ついにはコログニも体から出ていき、再びコロデテは普通の人間に戻ったのでした。

おしまい。

(以下に続く)

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