よりどりインドネシア

2022年01月22日号 vol.110

闘う女性作家たち(3) ― ラクスミ・パムンチャック ―(太田りべか)

2022年01月22日 18:23 by Matsui-Glocal
2022年01月22日 18:23 by Matsui-Glocal

これまでの2回で取り上げた作品の登場人物たちは、自分の置かれた場所に「止まる女」たちだったが、今回紹介するラクスミ・パムンチャック(Laksmi Pamuntjak)が描き出すのは、ほぼ一貫して「出て行く女」たちだ。それはおそらく著者自身の経歴の影響もあってのことなのだろう。

●略歴

1971年、ジャカルタ生まれ。祖父はBalai Pustaka(図書出版局)の編集者で、出版社Djambatanの創設者だった。西オーストラリア州パースのマードック大学卒業後、1993年にジャカルタに戻り、翌年から『テンポ』誌、『ジャカルタ・ポスト』紙などで執筆活動を始める。

ジャーナリストとして政治や文化に関する記事を執筆する一方、詩、小説、エッセイなどの文芸作品も手がけ、グルメ・ライターとしても活躍。執筆・創作だけでなく、翻訳や編集もインドネシア語と英語でこなし、文章コンサルトとしての事業も展開している。美術の分野にも造詣が深い。

ラクスミ・パムンチャック(http://laksmipamuntjak.com/aboutより)

2012年に長編小説の第1作 “Amba”(『アンバ』)を発表。この作品のドイツ語訳がリベラトゥール賞(LiBeraturpreis)を受賞。2014年に発表した2作目の小説 “Aruna dan Lidahnya”(『アルナとその舌』)は映画化された。2019年、英語で執筆したはじめての小説 “Fall Baby”がペンギン・ランダムハウスSEA社から出版された。これは“Amba”の続編で、2020年にインドネシア語版 “Kekasih Musim Gugur”(『秋の恋人』)を発表。英語版“Fall Baby”は2020年度シンガポール・ブック・アワードの最優秀賞を受賞している。2021年には最新作の短編集 “Kitab Kawin”(『結婚の書』)を発表。

『マハーバーラタ』の中のアンバ姫

“Amba”(『アンバ』)では、インドの叙事詩『マハーバーラタ』に登場するアンバ姫の物語を下敷きに、1965年の政変とそれに続く共産党員とみなされた人々の虐殺事件とその前後のインドネシアが重ねて語られる。

アンバ姫の物語は、インドの『マハーバーラタ』やそれをもとにしたジャワのワヤン版などでいくつかのバージョンが知られているが、いずれのバージョンにもほぼ共通しているのは、アンバが「ふたりの男に拒絶された女」だという点だ。

インド版『マハーバーラタ』の一バージョンによると、アンバはある国の王女で、ふたりの妹とともに美しさで知られていた。別の国の王子ビスマが三人の姫を拐って自国へ連れて行き、継弟に当たる国王の妃にしようとした。アンバのふたりの妹はそれを受け入れたが、アンバはすでにまた別の国の王サルワと婚約していたため、拒絶した。事情を知ったビスマはアンバをサルワのもとへ返すが、サルワはいったん他国の王のもとに連れて行かれた女を妃として迎えることはできないと言って、アンバを拒む。

失望したアンバはビスマのもとへ行って、責任を取って自分と結婚するよう要求するが、ビスマは自分が継弟の王位を脅かすことを恐れる継母の前で、一生女性には手を触れないという誓いを立てていたため、結婚することはできなかった。執拗に結婚を迫るアンバを脅すつもりでビスマは弓に矢をつがえて構えるが、手が滑ってうっかり矢を放ってしまう。矢はアンバの胸に刺さった。アンバはビスマを恨んで、やがて女戦士に生まれ変わってビスマの命を奪いに行くと言い残して息を引き取った。後にビスマは戦場で女戦士スリカンディによって命を奪われることになる。

ラクスミ・パムンチャックの小説“Amba”の主人公アンバは、自分の名の由来について非常に自覚的だ。学校の校長をしていて、古典文学に深い関心を寄せている父がつけた名で、アンバのふたりの妹(双子)もアンバ姫の伝説と同じくアンビカとアンバリカと名付けられている。

アンバ姫の伝説に引かれるかのように、やがてアンバはサルワとビスマという男と出会う。

“Amba”

●アンバと三人の男たち

アンバは高校生のころ、両親が偶然知り合ったというガジャマダ大学講師の若者サルワに引き合わされる。サルワは穏やかな人柄で真面目で誠実。アンバは両親がぞっこんになっているサルワと婚約する。アンバは、自分のことをとても大切にしてくれるサルワを尊敬はするけれど、なぜか違和感を拭うことができない。やがてアンバは、高校を出たらすぐに結婚させたいと望む母の反対を押し切って大学に進学し、家を出てジョクジャカルタの叔母夫婦の家に下宿する。

ガジャマダ大学で英文学の勉強に没頭していたアンバは、東ジャワ州クディリの病院で翻訳者を探していることを知り、親に内緒でひとりクディリに発つ。そこで出会ったのが、不思議な空気をまとったドイツ帰りの若い医師ビスマだった。ふたりはすぐに惹かれ合うようになった。そんななか、1965年の9月30日事件が勃発。事態が混乱を極めるなか、安全のためにも親元に帰るよう院長に言われてアンバは10月7日にジョクジャカルタに戻った。

数日後にビスマもジョクジャにやって来て、以前から繋がりのあった若者の活動家グループのメンバーにアンバを紹介する。そしてその仲間たちとともにふたりはインドネシア学生運動連合(CGMI)の集会に出席するが、会合の最中にインドネシア国軍の襲撃を受け、混乱の中でビスマが行方不明になってしまう。

やがてアンバは胎内にビスマの子が宿っていることに気づく。親が決めた婚約者を捨ててビスマと関係を持ったこと、そしてCGMIの集会に出ていたことで共産党とのつながりを疑われて家族や友人に累が及ぶのを恐れて、アンバはだれも知り合いのいないジャカルタに移ろうと決める。そこへ救いの手を差し伸べてくれたのは、ドイツ系アメリカ人の英語教師アダルハードだった。アダルハードはアンバに一目惚れし、すべての事情を知ったうえでアンバと結婚してジャカルタへ行き、お腹の子の父となりたいと申し出る。アンバは自分の中の偽善やずるさや醜さも自覚しながら、その手を取った。

CGMIの集会でビスマと離れ離れになってしまう直前、発砲する軍人たちと逃げ惑う人々の中でアンバが最後に見たのは、集会が始まる前に出会った活動家の美女リンジャニのもとに駆け寄るビスマの姿だった。そのことが疑いの棘となって心に刺さったままだったのも、アンバがアダルハードを受け入れた理由のひとつだった。

2006年、すでに夫を亡くしたアンバは、ビスマがブル島で死んだという知らせを得て、ブル島へ向かう。ビスマは政治犯としてブル島に送られ、70年代後半にブル島の収容所が閉鎖された後もジャワ島へ戻らず、そこで一生を終えたのだった。今なお外部からの来島者に対しては厳しい監視の目が光るブル島で、アンバはビスマの最期のようすを知り、残された手記を読んで、ビスマのほんとうの思いを知る。

アンバはブル島で手助けをしてくれた青年サムエルに宛てた手紙のなかで、夫を亡くした後、それまで夫に対して心から接してこなかったことを娘のスリカンディに難詰されたと話す。そしてずっと自分が否定し続けてきた伝説のアンバ姫に結局自分がなってしまったこと、伝説よりもさらに酷い呪いを家族にかけてしまった後悔を打ち明ける。

(以下に続く)

  • 容赦のない視点
  • “Kitab Kawin”
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