よりどりインドネシア

2021年06月23日号 vol.96

サンギヘ諸島県副知事の変死をめぐって(松井和久)

2021年06月23日 14:14 by Matsui-Glocal

スラウェシ島とフィリピン領ミンダナオ島との間には、サンギヘ諸島とタラウド諸島という大きく二つの諸島があります。これらの領域はかつてサンギヘ・タラウド県という一つの県でしたが、2002年にタラウド諸島県が分立し、現在では、サンギヘ諸島県とともに2つの県が存在しています。

なかでも、サンギヘ諸島県は、島伝いにミンダナオ島の南西のゼネラル・サントスへ続く列島部があり、フィリピンとの間をサンギル人(サンギヘ諸島の住民)が行き来しています。インドネシアのなかで最も北に位置する地域でもあり、すなわち、地理的に日本から最も近いインドネシア、ということになります。

筆者はまだサンギヘ・タラウド県だった1999年に2回、JICA専門家としての出張で訪問したことがあり、そのときの様子は、拙著『スラウェシだより』(アジア経済研究所、2002年発刊)のなかで、「辺境に『楽園』があった―サンギヘ・タラウド諸島にて(1)」および「国境を行き交うサンギル人―サンギヘ・タラウド諸島にて(2)」として書き記しました。もう22年前のことですが、そのときの思い出は今でも鮮明に残っています。ひと言でいうと、離島ではあるものの、水が豊富な豊かなところ、という印象でした。

風光明媚な大サンギヘ島(1999年8月30日、筆者撮影)

サンギヘ島の中心地タフナに泊まって朝起きると、大音量のスピーカーからキリスト教の「グッドニュース」を伝える音楽が繰り返し繰り返し流れ、最初は頭が変になりそうでした。朝の大音量のスピーカーといえば、イスラム教のアザーンがありますが、これは数分我慢すれば済む一方。「グッドニュース」は20分も30分も流れ続けたように記憶しています。日本企業TOA製のスピーカーの貢献ではあります。

私を温かく迎えてくれた彼らですが、その裏には、親世代から伝承された日本軍政期の辛い日々の記憶が隠されていたことを知りました。前述の『スラウェシだより』からその該当部分を抜き出してみます。

大サンギヘ島を今回訪れて、第二次大戦中に日本海軍がこの島を攻撃し、多くのサンギル人の首がはねられたことを初めて知った。日本軍人は「首はね屋」と呼ばれたそうだが、一方で、尊敬を集めていた軍人もいたということである。大サンギヘ島の中腹に日本軍がサンギル人を使って作らせたといわれる道路があり、今はアスファルト舗装されて使われている。サンギル教会特有の踊りをワイエルと呼ぶが、そのなかに飛行機の動きを真似たものがあり、日本軍の軍用機を模しているという話だった。

(拙著『スラウェシだより』198ページより)

あのとき出会った、穏やかで楽天的で明るいサンギル人の姿を、フィリピンからの密輸品市場、見事なココナッツの林、南スラウェシのものよりもはるかにきめの細かいサゴ椰子澱粉、そして魚の美味しさなどとともに今でも思い出します。

そんなサンギル人が驚き、血相を変えるような事件が起こりました。サンギヘ諸島県副知事が飛行機の機内で激しく吐血し、亡くなったのです。少なくない人々は、かつてガルーダ・インドネシア機内で毒殺された反体制活動家ムニールのことを思い出したに違いありません。というのは、県副知事は、大サンギヘ島での金鉱開発に強く反対していたからです。

今回は、このサンギヘ諸島県副知事の変死と、それとの関連が疑われている大サンギヘ島の金鉱開発について、メディア報道で捉えられる範囲で真相に迫ってみたいと思います。県副知事は本当に殺害されたのでしょうか。

●機内で県副知事が急死、体内から毒は検出されず

サンギヘ諸島県のヘルムト・ホントン(Helmut Hontong)副知事は2021年6月9日、バリ島での会議への出席を終えて、ングラライ空港から15時8分発の北スラウェシ州の州都マナド行きライオン・エアJT-740便に搭乗しました。搭乗前の県副知事の様子にとくに変わったところはなく、マナドでの北スラウェシ州政府との会合の準備を県政府の部下へ指示を出していました。

亡くなったサンギヘ諸島県副知事のヘルムト・ホントン氏。(出所)https://tirto.id/jejak-wakil-bupati-sangihe-sebelum-wafat-tolak-izin-tambang-emas-ggMQ

15時40分頃、県副知事は、喉に違和感があるため、隣に座っていた副官(ajudan)に水とユーカリ油(minyak kayu putih)を求めました。水を飲み、ユーカリ油を塗っても症状はよくなるどころかさらに悪化し、激しい咳が止まらなくなり、口と鼻から吐血するまでに至りました。客室乗務員らが機内で医療関係者を求め、乗り合わせていた一人の医師が県副知事に対応しました。急病人発生の緊急事態ということで、飛行機は急遽、16時17分にマカッサル空港に緊急着陸し、県副知事はそのまま空港医務室へ運ばれ、すぐに病院へ搬送されましたが、空港医務室についた段階ですでに息が絶えていたということです。南スラウェシ州警はすぐに検死を行おうとしましたが、県副知事の家族はそれを拒否し、翌6月10日に遺体はマナドへ送られました。

6月14日、北スラウェシ州警は、2時間の検死の結果、県副知事の遺体の体内から毒は発見されなかったと発表しました。当初、マカッサルでは心臓発作の可能性が取り沙汰されていましたが、県副知事は糖尿病とそれ以外の様々な病気を持っていて投薬中であり、それら複数の病気が絡んだことによる死亡という、はっきりしない検死結果を示しました。

一部の識者らは吐血という事態を重視し、心臓発作や糖尿病では必ずしも吐血を引き起こさないとして、検死結果に疑問を投げかけています。一方。県副知事の家族は、いかなる検死結果でも受け入れると表明しており、騒ぎに巻き込まれることを回避したい様子がうかがえます。

県副知事毒殺の可能性が云々されるのは、県副知事が大サンギヘ島での金鉱開発に強く反対していたことが背景にあります。この金鉱開発に対する反対運動は、NGOや住民グループによっても展開されてきましたが、県副知事の行動はそれらとは連携しておらず、個人として一人で反対表明を繰り返していたようです。4月28日には、県副知事個人として、金鉱開発の撤回を求める書簡をエネルギー鉱産資源大臣宛に送付しています。

では、県副知事が強硬に反対した大サンギヘ島の金鉱開発とはどのようなものなのでしょうか。

(以下に続く)

  • 島の過半を占めるTMS社の金鉱開発区域
  • TMS社の概要と関係者
  • TMS社に反対しない県知事や地元政治家たち
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