よりどりインドネシア

2024年04月08日号 vol.163

ジョコウィ大統領とファミリービジネス:~カギを握るルフット海事投資調整大臣~(松井和久)

2024年04月08日 20:14 by Matsui-Glocal
2024年04月08日 20:14 by Matsui-Glocal

これまでの大統領選挙をめぐる動きのなかで、ジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)大統領による政治王朝化への批判が起こってきた。すなわち、憲法裁判所長官を義弟とし、憲法裁判断を通じて、法定正副大統領候補者最低年齢に満たない長男ギブラン氏の副大統領立候補を可能にし、国家機関を利用してプラボウォ=ギブラン組への投票を促し、同組を当選させた、との一連の批判はジョコウィ大統領とその家族へ向けられたものである。

ジョコウィ大統領の長男であるギブラン(Gibran Rakabuming Raka)次期副大統領は、まだソロ市長の任期(2021~2026)の1期途中であり、政治家経験はまだ乏しい。しかし、プラボウォ次期大統領の次の大統領を狙うポジションにある。次男のカエサン(Kaesang Pangarep)氏は、政治家経験ゼロのまま、インドネシア連帯党に入党し、その数日後に党首に選出され、政治家としての経験を積むべく、ギブラン氏の後を追っている。ジョコウィ大統領とその家族による政治王朝化、国家の私物化への警戒感は引き続いている。

ところで、ジョコウィ大統領とその家族に関しては、かつてのスハルト大統領のようなファミリービジネスの情報がほとんど表に出てこない。ジョコウィ大統領は自身の権力や財力によって他者を従わせるというよりは、他者がジョコウィ大統領に忖度し、支持せざるを得ないような状況をつくることで、自身への忠誠を誓わせてきたようにみえる。ジョコウィ大統領への忖度に対する報奨として、ポストや利権や事業権の配分を活用してきた。ジョコウィ氏が来たるプラボウォ次期政権下でも一定の影響力を持ち続けられるのかどうか、その下支えの一つとして、ジョコウィ大統領とその家族によるファミリービジネスの状況について考えてみたい。

ジョコウィ大統領自身は、以前から庶民的で、汚職や利権と縁遠い清廉なイメージを持たれているが、もともと彼は、家具製造販売業に従事していた実業家である。彼が興したラカブ社(CV Rakabu)は2009年にラカブ・スジャトゥラ社(PT Rakabu Sejahtera)となり、現在に至る。このラカブ社の変遷の経緯はどうだったのか。ギブラン氏やカエサン氏はどんなビジネスを行なってきたのか。

本稿ではまず、ギブラン氏とカエサン氏のビジネスについて見ていく。彼らのビジネスは、父・ジョコウィの政治家への転身がひとつの契機になっており、父が大統領になった後に発展・拡散・盛衰した様子がうかがえる。彼らのビジネスの大半は飲食業であり、成功したものもあれば、失敗したものも少なくない。

続いて、ジョコウィ氏が起こし、今も形を変えながら存続しているラカブ社をめぐるビジネスの現状について考える。ソロ市長選挙へ立候補して政治家へ転身した頃から、ビジネスは本業の家具製造販売業だけでなく様々な業種へ広がっているとの噂があり、公式には否定されているものの、一部メディアでは、ジョコウィ氏とその家族の石炭産業やその他鉱業とを関連づける記事も散見される。後述のように、ラカブ社をめぐっては、同社への出資企業を傘下に持つルフット・パンジャイタン(Luhut Binsar Panjaitan)海事投資調整大臣との関係を無視することはできない。

カエサン氏(左)とギブラン氏(右)(出所)https://www.cnnindonesia.com/nasional/20231010204721-617-1009634/kaesang-bingung-gibran-bakal-dukung-capres-yang-sama-kan-beda-partai

●ギブラン氏とカエサン氏のビジネス

長男のギブラン氏がビジネスの世界に足を踏み入れたのは、オーストラリアのシドニー工科大学インサーチ・プログラムを23歳頃である。ちなみに、同大学のインサーチ・プログラムというのは、同大学への進学・編入準備を行うプログラムのようで、大卒レベルではない。ギブラン氏は2007年にシンガポールの経営開発研究院(MDIS)を卒業(学士)とされているが、副大統領候補者となる際に学歴詐称が取り沙汰された。

次男のカエサン氏は、シンガポールで高校・大学在学時からブロガーとして知られ、シンガポールで知らずに豚を食べた話や「ヤギより豚のほうが旨い」といった言動で物議をかもした。ビジネスとしてはブロガーやユーチューバーのほか、2017年に後述の揚げバナナ・ビジネスなどに参入した。ギブラン氏が2019年7月にソロ市長に就任すると、ギブラン氏が手掛けたビジネスを委ねられた。カエサン氏自身のビジネス経験は乏しく、ギブラン氏から委譲されたビジネスで中断や倒産を余儀なくされたものも存在する。

なお、カエサン氏がギブラン氏から継承したビジネスも含め、すべての飲食関連のビジネスは、GK Hebat(PT. Harapan Bangsa Kita)の傘下に「製品」として位置づけられる。GK Hebatは2019年に零細中小企業のアクセレレーター・プラットフォームとして設立された企業で、カエサン氏がCEOを務めている。

GK Hebatは、ギブラン氏とカエサン氏の所有企業PT Siap Selalu Masのほか、シナルマス・グループ元筆頭取締役のガンディ・スリスティヤント(Gandi Sulistiyanto)氏の家族が所有するPT Wadah Masa Depan、実業家のプルマディ・ラフマット(Theodore Permadi Rachmat)氏の家族が所有するPT Gema Wahana Jayaの3社で設立し、ガンディ・スリスティヤント氏の息子のアンソニー(Anthony Pradiptya)氏が取締役に入っている。

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Chili Pari

ギブラン氏が2010年に開始したケータリング・サービス。当時、父親のジョコウィ氏が所有する集会場での結婚披露宴で、食事提供サービスがないことに着目し、結婚披露宴のワンストップ・サービスを開始。そこでは食事提供のケータリング・サービスのほか、会場使用、土産、招待、新郎新婦の衣装、披露宴の進行、披露宴相談などを含む。このビジネスにより、ギブラン氏はインドネシア・ケータリングサービス協会ソロ支部長に就任した。

Markobar

2015年、ギブラン氏はマルタバ・マニス(甘い大判パンケーキ)のビジネスに参入。もともと、アリフ・スティヨ・ブディ氏という人物が親の家業であるマルタバ・マニスを継いで1996年に創業し、新しいタイプのマルタバ・マニスを発案、展開していたところに、ギブラン氏がパートナーとして参入したもの。全国に33店舗展開。現在はカエサン氏が継承している。

Sang Pisang

2017年にカエサン氏が始めたバナナ菓子販売。バナナ・ナゲットだけでなく、ハチミツ入り揚げバナナ、ソースの選べる揚げバナナなど様々なバナナ菓子を提供。全国に90店舗、マレーシアにも1店舗を展開し、従業員は1,500人強。

Sang Pisangの5周年記念イベントでのカエサン氏(中央)(出所)https://mediaindonesia.com/ekonomi/538635/usung-konsep-baru-usaha-kuliner-sang-pisang-lakukan-rebranding

Pasta Buntel

2015年10月、ギブラン氏が3人の友人とともにパスタをベースとする飲食ビジネスを開始。通常のパスタと異なり、インドネシアの香辛料を使用したパスタ。調理法も、バナナの葉で蒸すペペスの手法を採る。

Hompimpa Games

ギブラン氏とカエサン氏が開始。インドネシアに関するコンテンツにこだわったボードゲームやカードゲームの出版や発展を行う。国内のゲームデザイナーの様々な創造的アイディアの実現を目指す。

Tugas Negara Bos

ギブラン氏とカエサン氏が2017年に始めたレインコートの製造・販売。その機能自体は通常のレインコートと同じだが、前面に「国の仕事ですよ、ボス!」(Tugas Negara Bos !)とガルーダが描かれている。

Mangkok Ku

2019年半ば、丼物ビジネスとして開始。ギブラン氏はカエサン氏やTV番組インドネシア版「料理の鉄人」で有名になったシェフのアーノルド・プルノモ(Arnold Poernomo)氏らとともに、インドネシア料理や香辛料を活かした独特のソースによる丼物や飲み物を提供。2022年7月にベンチャー企業のAlpha JWC Venturesなどから出資を受け、現在までに全国で約50店舗を展開。

Mangkok Kuのグランドオープニング。Mangkok Kuは「私のお椀」の意味。(出所)https://www.suara.com/lifestyle/2019/07/21/080500/mangkok-ku-kolaborasi-bisnis-kuliner-kaesang-gibran-dan-chef-arnold

Saham Rakyat

カエサン氏がケビン(Kevin Hendrawan)氏とともに2022年8月に株式コミュニティとして設立。「株式を買う」というプラットフォームを提示。

(⇒ 一方、ギブラン氏とカエサン氏の頓挫したビジネス・・・)

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