よりどりインドネシア

2020年08月08日号 vol.75

インドネシア米農業の現状を概観する(松井和久)

2020年08月08日 17:29 by Matsui-Glocal
2020年08月08日 17:29 by Matsui-Glocal

新型コロナウィルス感染症が世界中へ拡大し、対策もワクチンも不確かな状態がまだしばらく続きそうです。もはや元の世界へは戻れないと人々は自覚し、コロナとともに生きる「新しい日常」への模索が始まっています。

新型コロナへの不安のなか、2020年4月21日、欧州連合(EU)、国連食糧農業機関(FAO)、国連人道問題調整事務所(OCHA)、国際連合児童基金(UNICEF )、アメリカ国際開発庁(USAID)、国連世界食糧計画(WFP)は共同で、2020年版『食料危機に関するグローバル報告書』と題する報告書を発表しました。

これによると、2019年末の時点で、55の国と地域で1億3500万人の人々が急性の食料不安(IPC / CHフェーズ3以上)を経験し、1,700万人の子どもが急性栄養不足による消耗症、7,500万人の子どもが慢性的な栄養不足のために発育阻害に陥っている、ということです。1億3,500万人のうち、半数以上(7,300万人)がアフリカに、4,300万人が中東およびアジアに、1,850万人がラテンアメリカおよびカリブ海諸国に居住している、としています。

インドネシア、とくにジャワ島は、熱帯下の豊かな土地で、食料は何でもとれ、飢餓とは無縁の世界と見なされています。筆者の経験では、1998~1999年の通貨危機から始まる経済危機・政治社会危機の時期に農業生産物の不作が重なり、あのときだけは、飢餓が起こるのではないかと心配した記憶があります。インドネシアの農業生産は、世界的に見て、決して効率性や生産性の高い生産様式を採っているわけではありませんが、それなりに何とか2億6,000万人以上の人口を養い続けてきました。

特筆できるのは、米の生産です。1980年代初頭まで、インドネシアは世界有数の米の輸入国だったのです。そこで、当時のスハルト政権は、高収量品種の苗と化学肥料・農薬を多投するいわゆる「緑の革命」を適用し、米の生産量を飛躍的に増加させて、1984年に米の自給を達成したと宣言、その奇跡に対して、国連農業機関(FAO)がスハルト大統領を表彰したのでした。

国民に米を十分に食べさせる。これがスハルト長期政権を支えた支柱の一つでした。トウモロコシ、キャッサバ、イモ類、サゴ椰子澱粉などを主食としてきたジャワ島外の人々は、米を食べることを近代化の象徴と受け止め、米を主食とするように食生活を変えていきました。その結果、主食に占める米の比率は9割以上に達しました。こうして、インドネシアの農業政策の中心は、現在に至るまで、米の生産量を自給レベルに維持していくことに置かれ続けてきました。

米の自給達成を世界へ誇ってから35年以上の年月を経た今、インドネシアの米生産に黄信号が灯り始めました。どうやら、米の収穫面積と生産量が大きく減少へ転じ始めたようなのです。

南スラウェシ州パンケップ県付近の田園風景(2012年12月31日撮影)

●米の収穫面積、生産量が減少へ

中央統計庁(BPS)のデータによると、2019年の米の収穫面積は前年比6.2%減の1067万7887ヘクタール、米の生産量(籾換算)は同7.8%減の5460万4033トンとなりました。2018年から2019年の1年間に収穫面積が70万ヘクタール、生産量が459万6501トン、それぞれ減少したことになります。1ヘクタール当たりの収量は、2018年の5.20トンから2019年は5.11トンへ若干減少しました。

ちなみに、過去に収穫面積が最大だったのは2017年の1571万ヘクタール、生産量が最多だったのも2017年の8115万トンでした。収量の過去最高は、2015年の1ヘクタール当たり5.34トンでした。

もっとも、これらの数字を見るには注意が必要です。中央統計庁は、2018年から収穫面積の算出方法を地理情報システム(GIS)に基礎を置く16州でのサンプル調査(KSA)へ変更しました。これにより、3ヵ月先までの生産量予測が可能になりました。従来の予測方法では、過大推計が頻発してきたことから、2015年から数年をかけて新たな方法を導入してきた、ということです。

このため、2016~2017年の米の生産データは中央統計庁から出版物として出ておりません。先述のデータは、農業省が中央統計庁と合意した政策立案上の数値であり、農業省が発表したデータです。

ということは、2015年以前の米の生産データは過大推計されていた可能性があり得る、ということになります。もしそれが本当ならば、我々の予想以上に、インドネシアの米農業の現状は厳しい状況に陥っている、と理解すべきなのかもしれません。

余談ですが、これまで、米をめぐる中央統計庁のデータと農業省のデータとの齟齬が常に問題になっていました。たとえば、中央統計庁のデータで米の生産がマイナスになっても農業省はプラスのままで、貯蔵米確保のために米を輸入すべきかどうか、大きな議論になったことがありました。他方、米の輸入には輸入業者と政治家が癒着した利権構造があり、10年ほど前には、政党出身の農業大臣がそれに関わる汚職で逮捕される事態も起こりました。米の輸入は政治的にとてもセンシティブな問題となります。

米の安定供給は、政権にとって極めて重要な政策課題です。民心を安心させるために、政府は折に触れて米の需給状況を国民へ向けて説明してきました。新型コロナウィルス感染拡大のなかで、米の供給への不安も現れていたためでしょうか、政府は4月末、米の供給量を十分に確保していると発表しました。

すなわち、2020年4~6月の生産量は1,056万トンであり、貯蔵米が345万トンある。この3ヵ月間の需要量は760万トンであり、まだ640万トンの余剰がある、と説明したのです。ここでも、先のGISをベースとするKSA法に基づいた当該3ヵ月間の収穫面積予測に基づいて、生産量予測を割り出していました。

それにしても、米の収穫面積、生産量の減少は、全国一様に起きている現象なのでしょうか。それとも、地域ごとに異なるのでしょうか。以下では、それらを州別のデータをもとに見ていくことにします(表1)。

表1:州別にみた米の収穫面積と生産量

(出所)中央統計庁、Ringkasan Eksekutif Luas Panen dan Produksi Padi di Indonesia 2019.

(以下に続く)

  • 穀倉地帯で米の生産量が減少
  • 南スラウェシ州の米生産減少を主導した2県
  • 西ジャワ州の北海岸は収穫面積減少、生産量は微減に留まる
  • 中ジャワ州は辺境部で米の生産減が顕著
  • 米の生産量減少の原因と対策
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