よりどりインドネシア

2022年04月08日号 vol.115

ラサ・サヤン(29)~天気の子、パワン・フジャン~(石川礼子)

2022年04月08日 21:53 by Matsui-Glocal

●パワン・フジャンとは

昨今、インドネシアで話題になっている女性がいます。

SNS等をはじめ巷で噂の的となっており、今現在、「インドネシアで最も有名な女性」と言っても良いかも知れません。

彼女の職業は“Pawang Hujang”(パワン・フジャン)、日本語で「雨雲を操る人」とでも言うのか、海外のメディアでも “Rain Handler”とか、“Rain Shaman”、 “Cloud Engineer”などと称して取り上げられています。

“Pawang”を『インドネシア語大辞典』(Kamus Besar Bahasa Indonesia: KBBI)で引くと、「ドゥクン(インドネシア独特の専門呪者、祈祷者)、クロコダイル・ハンター、蛇使いなど、魔術に関する特殊な能力を持つ人」と説明されています。それに“Hujan”(雨)が付いて、「雨雲を魔術でコントロールする能力を持つ人」ということになります。

女性の名前は、Rara Istiati Wulandari(通称:ララ、以下「ララ」と呼ぶ)で、現在38歳のシングルマザーです。パプアで生まれ、ジョグジャカルタで育ち、現在、バリ島在住という、ジャワ人の血を引いたこの女性は、今や国内で最も有名な「パワン・フジャン」です。“Pawang Hujan”をネット検索すると、彼女の話題や動画が数多く現れ、その注目度の高さが分かると思います。

スハルト政権時代から「パワン・フジャン」は存在しました。歴史的には、それ以前から存在していたのかも知れません。国の重要イベントがあるときには、雨が降らないように、必ず「パワン・フジャン」が起用されると、主人や友達から聞いていましたし、周りの人たちも、それを特別なこととは思っていないようでした。

スハルト元大統領をはじめ歴代大統領には、懇意にしていた「パワン・フジャン」がそれぞれ居たように聞いています。ただ、過去に起用されていた「パワン・フジャン」は、ほとんどが男性だったように思います。

最近では、結婚式や有名アーティストのコンサート、TVや映画の撮影、そして選挙キャンペーン時にも起用されるらしく、「パワン・フジャン」は、ある意味、インドネシアでは無くてはならない職業になっているようです。

●モトGP

2022年3月18~20日に、西ヌサトゥンガラ州ロンボク島のマンダリカ地区で、世界最高峰の二輪レース「ロードレース世界選手権」(モトGP)が開催されました。スポンサーである国営石油会社プルタミナによると、モトGPの開催で3兆ルピア(約250億円)の経済効果があったそうです。モトGPの観戦チケットは完売し、6万人が現地で観戦しました。ロンボク行きの飛行機は満席になり、1.1万人以上の労働力が動員されたとのことです。

私自身はモトGPには全く興味がありませんが、このコロナ禍でも年間500万台以上の二輪車が販売されるインドネシアでは、モトGPの人気は高く、10万人以上がテレビ観戦し、世界では4億人がテレビ観戦したと伝えられています。また、インドネシアでモトGPが開催されるのは25年ぶりということもあって、現地はかなりの盛り上がりを見せました。

3月20日の決勝レースでは、ミゲル・オリベイラ(KTM所属)が今季初優勝、通算4勝目を挙げ、ジョコ・ウィドド大統領からトロフィーを受け取りました。

3月18日(金)と19日(土)の二日間は、早朝に大雨が降りましたが、午後に向けて晴れていきました。ところが、20日(日)のモトGP最終日は、昼過ぎまで晴れていたものの、第2戦決勝が終わった後に雷鳴を伴う大雨となり、レースが一時中断されました。観戦客も皆、レインコートなどで雨風を凌ぐ様子が見られました。

・・・と、そこに、安全ヘルメットを被り、仏教鉢とも呼ばれる真鍮でできたシンギングボウルを手にした女性がピットレーンに踊り出てきました。雨のサーキットを裸足で歩きながら、シンギングボウルを鳴らし、手を天にかざしながら何か呪文を唱えているようです。その姿は15分ほど見られました。その直後、なんと雨が上がり、決勝レースは予定より1時間15分遅れの、現地時間午後4時15分に再開したのです。

大統領宮殿でバイクに乗ったジョコウィ大統領を囲むモトGP出場レーサーたち。(出所) https://mr-bike.jp/mb/archives/28810

モトGPが開催されたマンダリカ国際サーキット。(出所)https://www.google.com/search?q=moto+gp+lombok+cuaca+tgl.+19&sxsrf=APq-WBu5shEKR-Ph5J-1p-dZRfpMNlPm6A:1648359405412&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=2ahUKEwi1_MimyeX2AhUC8XMBHWRZBoYQ_AUoAXoECAEQAw&biw=1200&bih=692&dpr=1#imgrc=ZDh6N38SKFVISM

●パワン・フジャンはインドネシア文化

いつ止むか分からない雨を眺めながら落胆の様子を見せていた観客は、雨のピットレーンに躍り出て、サーキットの中央に座り込み、祈祷していたかと思うと、すっくと立ち上がって、裸足で歩き始めたララを見つけると、即座に「パワン・フジャン」だと気づきます。ピットエリアでスタンバイする欧米人レーサーたちは、一様に不思議そうに雨の中を歩く彼女を見つめます。

雨のピットレーンに突如現れたララ。(出所)https://www.republika.co.id/berita/r918yf368/hujan-deras-tak-kunjung-reda-pawang-hujan-turun-tangan-di-gp-mandalika

大雨に呆然とする観客たち。(出所右)https://kliknusae.com/2022/03/pawang-hujan-jadi-daya-tarik-sandiaga-sebut-sebagai-kearifan-lokal/

会場のスクリーンに、ララの姿が大きく映し出されると、観客(多くがインドネシア人)は彼女に期待や応援の歓声を上げ始めました。フランス人レーサーのファビオ・クラルタラロ(ヤマハ所属)は、ララがシンギングボウルの縁をスティックでなぞるのを真似て、身近に有った紙製カップをスプーンでなぞり、紙製カップを手元から落としてしまう姿がスクリーンに映し出されると、観客の失笑を買っていました。

一体、ララは雨の中、何をしたのでしょうか。雨がやんだのは、本当に彼女のお陰なのでしょうか。

ララはモトGPの実行委員会から依頼を受け、3月1日から会場のあるマンダリカ入りしました。開催の二週間以上前です。新しく再舗装されたサーキット・コースを冷やすために、2022年3月9日から11日に雨を降らせるように依頼を受けました。そのために、会場から少し離れた場所に儀式を執り行うエリアを設け、祈祷していたようです。

儀式に使用する道具は、パワンによって違うようですが、エシャロットと赤唐辛子、線香、巻きたばこ、コーヒーなどで、ララのようにチベット製のシンギングボウルを使う人もいるようです。ララが執り行う儀式は、ケジャウェン(ジャワの宗教的伝統で、アニミズム、仏教、ヒンズー教の融合文化)やバリ島の宗教文化が混ざったものだということです。

ララの祖父は所謂、特殊能力を持った人だったらしく、ララは小学生の時に祖父から「パワン・フジャン」の技能を伝授されました。ララ曰く、スピリット(霊的存在)からエネルギーを受け、自然界とコミュニケーションを取ることで、風、火、水、気をコントロールできるようになるのだそうです。

彼女が祈祷している動画を見ると、ゲップのような音を喉で鳴らし「ウォーッ」という声を出していますが、それは自然界に聴こえ易い周波数を出しているとのこと。アルファ波、デルタ波、シータ波という脳波について聞いたことがあると思いますが、ララは人間がキャッチできない音波で自然界と会話します。その際に、シンギングボウルを使うと倍のエネルギー波が出て、雲を動かすことが出来ると、彼女はメディアに話しています。

3月1日からマンダリカ入りし、祈祷を続けていたララ。(出所)https://www.kompas.com/motogp/read/2022/03/19/10262478/pawang-hujan-sirkuit-mandalika-pramugari-event-yang-dukung-motogp?page=all

雨が止んだため決勝戦は無事行われた。(出所)https://www.motogp.com/en/news/2021/10/07/provisional-2022-motogp-calendar-revealed/397169

(以下に続く)

  • BMKGの見解と人工雨
  • 『天気の子』

 

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