よりどりインドネシア

2022年04月08日号 vol.115

続・インドネシア政経ウォッチ再掲 (第13~18回)【全文無料公開】(松井和久)

2022年04月08日 21:54 by Matsui-Glocal

筆者(松井和久)は、2021年6月より、NNA ASIAのインドネシア版に月2回(第1・3火曜日)に『続・インドネシア政経ウォッチ』を連載中です。800字程度の短い読み物として執筆しています。

NNAとの契約では、掲載後1ヵ月以降に転載可能となっています。すでに読まれた方もいらっしゃるかと思いますが、過去記事のインデックスとしても使えるかと思いますので、ご活用ください。

  • 第13回(2021年12月7日)雇用創出法は違憲だが有効
  • 第14回(2021年12月21日)ニッケル製錬所の新設を停止
  • 第15回(2022年1月4日)北ナトゥナ海は波高し
  • 第16回(2022年1月18日)石炭輸出禁止、すぐ再開の顛末
  • 第17回(2022年2月2日)新首都法案がスピード可決
  • 第18回(2022年2月15日)北カリマンタン州の工業団地

 

『NNA ASIA: 2021年12月7日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第13回

雇用創出法は違憲だが有効

憲法裁判所は11 月25 日、投資促進を目的とした雇用創出法「2020 年第11 号」が違憲であると判決した。そして政府と国会に対して、判決から2年以内の法改訂を求める一方、その間の雇用創出法は有効とした。このため、雇用創出法に関連する新たな実行規則の制定は禁じられるものの、既成の実行規則は有効のままとなる。違憲だが有効という玉虫色の判決となった。

違憲判決のポイントは2点ある。第1に、雇用創出法におけるオムニバス法というアプローチに法的根拠がない点である。オムニバス法とは、さまざまな法律の関連条文のみを改訂・削除し、その部分を抜き出して合成し、1つの法律にしたものである。しかし、この手法は法令制定法「11 年第12 号」に記載がなく、違法となる。仮に、雇用創出法が2年以内に改訂されなければ執行は停止され、オムニバス法として改訂・削除された法律の条文がすべて復活することになる。

第2に、雇用創出法の制定プロセスに重大な問題があった。雇用創出法は20 年10 月5日に国会で可決、大統領も承認した後に、内容が変更された。内容変更は秘密裏に行われ、国民にその過程は明かされなかった。また、国会可決前の法案審議の段階でも、国民が法案文面や審議内容にアクセスすることは難しかった。これらが、制定プロセスに公開性や国民参加を求める法令制定法に違反したと判断された。

今回の判決は9人の裁判官で行われ、5人が違憲、4人が合憲とした。憲法裁は雇用創出法に関する12 本の違憲審査を行ったが、うち1本で雇用創出法が違憲と判決されたため、労働組合などが条文改訂を求めた残りの11 本は「対象法規はすでに違憲」との理由で却下された。

政府や国会は、憲法裁の判断を尊重し、2年以内に雇用創出法を改訂する意向である。違憲対象は条文の中身ではなく制定プロセスであるため、法令制定法を改訂し、オムニバス法の手法を明記することで対応できそうである。政府の投資誘致に大きな支障は出ないだろう。そして、より厄介な条文改訂を求める違憲審査が却下された意味も大きかったと思われる。

NNA ASIA: 2021年12月21日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第14回

ニッケル製錬所の新設を停止

インドネシアは世界最大のニッケル鉱石の埋蔵量を持ち、それを生かして電気自動車(EV)の心臓部であるリチウムイオン電池の正極材の生産を目指す。しかし、エネルギー・鉱物資源省高官によると、そのためのニッケル製錬所建設は、資金不足や電力供給不安で容易ではないのが実情である。

インドネシア産のニッケル鉱石は主にステンレス用のフェロニッケルやニッケル銑鉄の原料となる酸化鉱であり、それは土壌下部に賦存するサプライト鉱と土壌上部に賦存するリモナイト鉱に分かれる。EV用のリチウムイオン電池の正極材に使用される硫酸ニッケルは、通常の硫化鉱のほかに酸化鉱からも製造可能だが、リモナイト鉱からニッケルを回収する技術が高コストで容易に導入できないため、高品位のサプライト鉱は製錬されるものの、低品位のリモナイト鉱は放置されている。

電力については、中スラウェシ州や北マルク州など遠隔地に立地する製錬所まで送電線を設置する費用の問題とともに、結果的に石炭火力発電所の発電量の増加を招くことになり、政府の脱炭素政策と齟齬(そご)が生じることになる。

エネルギー・鉱物資源省は、2024 年までに53 カ所の製錬所を稼働させる計画で、そのうちの30 カ所はニッケル製錬所である。現在、すでに13 カ所のニッケル製錬所が稼働し、17 カ所は計画中である。しかし、サプライト鉱への依存でそのストック量に限りがあるため、24 年までニッケル製錬所の新設を停止すると発表した。ニッケル製錬の持続性確保のためには、一刻も早い低品位のリモナイト鉱からニッケルを回収する技術の導入が必要になる。

インドネシアは20 年1月からニッケル鉱石の全面輸出禁止措置を採っている。ところが21 年10 月、エコノミストのファイサル・バスリ氏から、中国が20 年にインドネシアから340 万トンのニッケル鉱石を輸入したとの指摘が出た。ちなみに中央統計庁の貿易統計でニッケル鉱石の輸出はゼロとなっている。真相は不明だが、ニッケル製錬所の新設が停止するなか、国際相場の動き次第では、鉱石輸出再開への誘因が出てくる可能性がある。

『NNA ASIA: 2022年1月4日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第15回

北ナトゥナ海は波高し

2021 年12 月初め、中国が外交ルートを通じ、インドネシアに対して、北ナトゥナ海での国営企業プルタミナによる石油ガス掘削を中止するよう求める抗議書簡を送ったと報じられた。中国領海内というのがその理由とされる。インドネシア外務省は外交上の機密として肯定も否定もしないが、外交問題を扱う国会第1委員会所属議員がその存在を確認した。

中国は、南シナ海での領有権を9本の境界線「九段線」を基に主張するが、その主張は国際法(海洋法)で認められていない。実は、中国がインドネシアに対して九段線を盾に領有権を主張したのは、今回が初めてである。これまで、両国はあえて領有権問題に触れないように努めてきた。しかし、中国漁船による違法操業の取り締まり強化のなか、17 年にインドネシアが南シナ海の呼称を「北ナトゥナ海」へ改称した際、中国は不快感を示した。そして、21 年8 月のナトゥナ海域でのインドネシアと米国の合同軍事演習の実施は、中国の警戒感をさらに高めたと見られる。

同時に、中国は北ナトゥナ海の石油ガス田自体にも注目している。21 年8月31 日~9月16 日、中国は海警局の護衛艦を伴って学術調査船をインドネシアの排他的経済水域内で活動させたが、異例なことに、取り締まられなかった。12 月、プルタミナはこの海域で新たに2つの有望な石油ガス田が見つかったと発表した。

政府は、中国からの抗議へ反応することは中国の主張する九段線の認知につながるとして、外交上は静観する構えである。他方、ナトゥナ諸島の住民の不安軽減と違法漁船の取り締まりのため、海軍や沿岸警備隊(バカムラ)の艦船などを増派するとともに、地元漁民だけでなく、ジャワ島北海岸から大型トロール船などを持つ多数の漁民を北ナトゥナ海へ動員する予定である。

中国はインドネシアにとって最大の貿易相手国であり、政府内では、ニッケル製錬、電気自動車(EV)関連や新首都建設に対する中国からの投資への期待も大きい。その半面、国民の反中国感情が高まり、政府批判へ転じることも警戒する必要がある。北ナトゥナ海はまだまだ波高しである。

『NNA ASIA: 2022年1月18日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第16回

石炭輸出禁止、すぐ再開の顛末

2022 年元日、政府は突如、石炭の輸出を1カ月間禁止すると発表した。石炭企業にとっては何の事前通告もない寝耳に水の話で、出港間近の石炭積載船に課される多額の超過保管料も頭をよぎり、パニック状態となった。

実は、石炭企業より前に、政府がパニックになっていた。21 年12 月30 日、国営電力会社PLN所有の17の石炭火力発電所用の石炭貯蔵量が通常の半分の10日分しかなく、ジャワ=マドゥラ=バリで大停電の起こる公算が高まった。PLNは、石炭輸出を禁止して国内発電用にまわすよう政府へ懇願し、今回の石炭輸出禁止となった。

背景には、石炭の国際価格上昇がある。新型コロナ禍から他国より先んじて回復した中国は、経済活動の急拡大で電力不足となり、石炭火力発電所向け石炭需要が高まった。他方、米中対立で中国はオーストラリアからの石炭輸入を20 年9月から停止し、インドネシア等からの輸入に切り替えた。元々、インドネシアからの石炭輸出の3分の1は中国向けだが、とくに21 年後半は中国向け輸出量が前年同期比で倍増する勢いとなった。

国内の石炭企業には、生産量の25%を国内向けとする国内供給義務(DMO)が課せられている。しかし、国際価格が国内価格の3倍にも上昇するなか、DMOを無視する企業が続出した。事態を重くみたジョコ・ウィドド大統領は、数度の警告の後、1月6日、DMOを満たさない石炭企業など2,078 社の事業許可を取り消した。

しかし、石炭の国際価格上昇は既知であり、PLNの石炭調達計画が甘かったと言わざるを得ない。加えて、PLNの石炭調達はDMOを課された石炭企業から以外に、自らの子会社経由でDMOの課されない石炭商からも全体の約4割を調達、非効率とコスト高を招いた。PLN社長は21 年12 月の株主総会で更迭され、政府はそのPLN子会社を解散させる意向である。

石炭輸出はその後、日本、韓国、フィリピンなどからの強い要請を受け、PLNの石炭調達にも目途が立ったとして、1月12 日から再開した。世界有数の石炭産出国での石炭不足問題は、輸出禁止とその再開というドタバタ劇で一応幕を閉じた。

『NNA ASIA: 2022年2月2日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第17回

新首都法案がスピード可決

1月18 日、国会は新首都法案を可決し、首都移転が法制化された。国会新首都法案特別委員会の設置が12月7日、その40 日後の1月17 日に特別委員会から国会本会議へ法案が上程され、その16 時間後に可決、というスピード審議だった。新首都の名前は80 以上の候補から、語義上は島嶼(とうしょ)を意味し、一般にインドネシア全体という意味で使われる言葉「ヌサンタラ」に決まった。

新首都ヌサンタラは、東カリマンタン州の北プナジャム・パセル県とクタイ・カルタヌガラ県にまたがる面積25 万6,000 ヘクタールに人口150 万人を想定する。ジョコ・ウィドド大統領によると、都市に森を作るのではなく森の中に都市を作り、化石燃料を排したゼロ・エミッション首都を目指す。移転は2024 年から開始し、45 年まで段階的に進める。最初は大統領府、内務省、国防省、外務省、国家官房などを移転し、イノベーションと技術を駆使した新しい政府を作る、と意気込む。

首都移転費用では、海外などから民間投資を呼び込み、国家財政負担をできるだけ避けたい意向である。しかし国家予算から首都移転関連費をどう捻出するかは未定で、一時は、コロナ対策用の国家経済回復プログラム(PEN)予算の活用さえ検討された。

早速、新首都法案可決への反対意見が出てきた。まず、制定プロセスが拙速で住民の意見を聞いていないことである。次に、住民の立ち退きや建設工事による環境破壊、先住民ダヤックの慣習地をめぐる土地問題などへの懸念である。さらに、州政府でなく中央直轄機関(Otorita)が新首都を管轄するという新首都法案の規定が違憲であるとの見解も出されている。新首都建設予定地では、中央の政治家や実業家などが土地の売買で暗躍しているとも報じられている。

新首都法案可決に先立つ1月12 日、首都予定地である北プナジャム・パセル県の県知事と関係者10 人がインフラ関連での収賄容疑で汚職撲滅委員会(KPK)に現行犯逮捕された。これと首都移転との関係は不明だが、県知事の華美な生活は地元で有名だった。県知事は野党・民主党の県支部長でもあり、逮捕の裏に政治的なにおいも感じる。

『NNA ASIA: 2022年2月15日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第18回

北カリマンタン州の工業団地

マレーシアと国境を接する北カリマンタン州は2012 年に東カリマンタン州から分立した、最も新しい州である。東カリマンタン州の時代、油田やガス田に恵まれた南部に比べ、今の北カリマンタン州となった北部はインフラや教育・保健などで開発が遅れていた。人々はマレーシアからの物資を購入し、国境付近ではルピアよりもリンギが通用した。それを憂えた国会議員らが北カリマンタン州の分立を後押しした面もあった。

そんな北カリマンタン州に、世界最大のグリーンな工業団地が建設される。21 年12 月21 日、ジョコ・ウィドド大統領が参列し、工業団地の起工式が行われた。場所は州都タンジュンセロールの南、マカッサル海峡に面したブルンガン県タナ・クニン=マンクパディ地区である。現時点の敷地面積は1万6,412 ヘクタールで、完成時に世界最大の3万ヘクタールとなる予定である。グリーンと銘打つのは、エネルギー供給に化石燃料ではなく水力や太陽光などを使うことと、環境負荷の少ない投資を求めるためである。総投資額1,320億米ドル(約15 兆2,800 億円)はすべて民間投資による。

工業団地への電力の主力は水力発電である。ブルンガン県を流れるカヤン川水系で9,000 メガワット、マリナウ県を源とするムンタラン川水系で7,600 メガワット、ヌヌカン県を流れるスンバクン川水系で500 メガワット、合計で2万メガワット近い巨大な発電能力と推定される。工業団地は、豊富な電力と水を使うニッケルやアルミなどの一大金属製錬センターになると期待されている。

電源開発を担うのは中国である。中国は、実は北カリマンタン州が分立する前から調査を行ってきた。世界中で発電所建設を手掛ける中国電力建設や中国能源建設のほか、中スラウェシ州モロワリ県でニッケル製錬を行う青山控股集団も参画する。これらの動きは、言うまでもなく、中国の「一帯一路」戦略の一環である。

工業団地の敷地の多くは、そこでアルミ精錬を計画するアダロ・エナジー社トップのボーイ・トヒル氏が所有する。彼はエリック・トヒル国営企業相の実兄である。北カリマンタン州とともに、現政権は「一帯一路」にしっかりと組み込まれている。

(松井和久)

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