よりどりインドネシア

2021年12月22日号 vol.108

闘う女性作家たち(2)― ディアン・プルノモ ―(太田りべか)

2021年12月22日 21:50 by Matsui-Glocal
2021年12月22日 21:50 by Matsui-Glocal

前回紹介したオカ・ルスミニの代表作 “Tarian Bumi”(『大地の舞』)の登場人物は、どれほど理不尽で苦労ばかり多くても、基本的に自分の置かれた環境から出て行こうしない女たちだった。今回のディアン・プルノモ(Dian Purnomo)の最新作 “Perempuan yang Menangis kepada Bulan Hitam”(『黒い月に泣く女』)の登場人物もやはりそうだ。

●略歴

本名・ディアン・ユリアスリ(Dian Yuliasri)。1976年、中ジャワ州サラティガに生まれる。サラティガ、スマランなどのラジオ局アナウンサー・プロデューサー、インドネシア大学犯罪学研究員、ヌサンタラ・マルチメディア大学クリエイティブ・ライティング講師などを経て、現在はSave the Children Indonesia で児童保護専門家として活動。主に子どもや女性の権利を守るための活動や執筆を行っている。

“Perempuan yang Menangis kepada Bulan Hitam”は、6年ぶりに発表された9作目の著作。

ディアン・プルノモ(https://dianpurnomo.com/saya/より)

●『黒い月に泣く女』が出版されるまで

“Perempuan yang Menangis kepada Bulan Hitam”(『黒い月に泣く女』)は、東ヌサトゥンガラ州スンバ島に今も続く因習「誘拐婚」をテーマにした小説だ。

2019年、ディアンは教育文化省と全国図書委員会によるレジデンス・プログラムでスンバ島に1ヵ月半滞在した。さまざまな分野で聞き取り調査を行ったけれど、誘拐婚について詳しく話してくれる人はいなかった。たいていの人は「その因習は、今はもう行われていない」、あるいは、「今も行われることはあるが、自分の住んでいる地域外での話だ」と言うだけだった。

ところが、スンバからジャワに戻ってわずか2週間後に、スンバの誘拐婚に関する情報のリンクを入手する。ディアンは、スンバにいた間に行った調査が不十分だったことを悔い、もとより子どもと女性の権利保護をライフワークとしていることもあって、誘拐婚をテーマに小説を書くことを決意した。

早速出版社に連絡を取り、スンバ滞在中に培った人脈などをたどって資料や情報を収集した。自ら締め切りを設けるべく、まだ原稿もできていないのに、2020年11月に開催予定だったUbud Writers and Readers Festivalでの新作ローンチングのためにシノプシスを送った。2020年7月に脱稿、すぐに編集作業に入って超特急で出版準備を進め、11月1日になんとか出版にこぎつけた。

“Perempuan yang Menangis kepada Bulan Hitam”

その間、2020年6月にスンバの誘拐婚の現場を目撃した人が撮影した動画がSNSに投稿されて大きな反響を呼び、それ以前に投稿されていた動画も再び注目を集めて、誘拐婚が過去のものではないことが多くの人の知るところとなったという経緯もあった。

誘拐婚の被害者となった若い女性を主人公とする『黒い月に泣く女』は、誘拐婚とそれを容認する因習の理不尽さを描いた非常にメッセージ性の強い小説だが、その新作ローンチングで、ディアンは、スンバ滞在中には地元の人々にずいぶんお世話になったのに、スンバの村の慣習の負の側面をクローズアップするような作品を書いてしまって、スンバの人たちが気を悪くしていないか気がかりだというような話をしていた。そのときのインタビューの様子から、とても気のいい人だという印象を受けた。

●因習の中で

『黒い月に泣く女』の主人公マギ・ディエラは西スンバのワイカブバック近郊の集落カンプン・カランの出身。ジョグジャカルタの大学の農学部を卒業した後、村に戻り、町役場の非常勤職員としてあちこちの村の農業指導を行なっている。

ある日、マギは役場から農業指導のために出発し、そのまま消息を断つ。夜になっても帰らないマギを心配して村人たちが総出で探したが、見つからない。家族や村人たちの頭をよぎる言葉は「ヤッパ」。男が妻に望む女を拐って、結婚を強要する風習だ。近ごろはあまり聞かなくなったとはいえ、この因習がなくなってしまったわけではない。

とりわけ今は、スンバで広く信じられているマラプと呼ばれる祖霊信仰では、Wulla Podduという儀礼の月間だ。このひと月の間は身を慎まねばならず、結婚式を挙げたり家を建てたりといったさまざまな行為が禁じられている。作者の脚注によると、Wulla Podduは本来「聖なる月」という意味だが、しばしば「黒月」と訳されるという。この期間中になにかを行う場合、祖霊からの祝福を得られるとも信じられているため、あえてこの期間に妻にしたい女性を誘拐する男もいる。

その夜の9時ごろ、別の村から一群の男たちがやって来て、マギが彼らの村にいること、村の有力者レバ・アリがマギを妻に望んでいることをマギの父親に告げる。やはりマギは誘拐されていたのだ。

双方の家族の間であらかじめ合意のうえ、誘拐婚が行われる場合もある。慣習に基づくさまざまな手続きや儀式を省略して、時間を短縮し出費を抑えるためだという。また、男性が女性に求婚しても、結婚の際の条件をめぐって女性の家族と折り合いがつかなかった場合に、男性の家族が誘拐婚を強行することもある。

レバ・アリはマギよりはるかに年上で、マギの父親とも知り合いであり、家にも何度も遊びに来たことがあったが、求婚をしてきたことはなかった。横暴な性格の女好きであることはよく知られていて、既婚者だったが、離婚したばかりらしい。それも妻を追い出すような不自然な形での離婚だったと噂されていた。実はレバ・アリは、マギが小学生だったころからマギに目をつけていたのだった。

マギの幼馴染みの親友で、マギのことを妹のように思っていたダングは、怒りにまかせて単身レバ・アリの村に乗り込み、マギを取り戻そうとする。だが、同じ部族の女に懸想していると痛罵され、男たちに村から引きずり出されてしまう。マギとダングは同部族で、同部族の者どうしの婚姻は絶対的なタブーなのだ。自分の村に戻ってからも、ダングはタブーを破ろうとして一族の顔に泥塗ったと責められ、しばらくはマギの家に近づくことも許されなくなった。

二日後、マギが出血多量で病院に運ばれたという知らせが入る。マギの父親とレバ・アリとの間では、結納は家畜50頭または70頭ということで、慣習に則って結婚の取り決めが交わされたばかりだった。

マギが誘拐されたのは、農業指導の目的地にひとりでバイクに乗って向かう途中だった。後方からバイクでやって来た男が追い抜きざまにスピードを落として、マギの背中のリュックが開いたままになっていると注意した。マギが慌ててバイクを止めてリュックを調べようとすると、一台の軽トラが来てすぐ横に止まり、そこから降りて来た男4~5人にマギは強引にトラックの荷台に担ぎ込まれて、そのままレバ・アリの家に連れて行かれた。家の前で待っていた女に顔に水のようなものをかけられ、マギは気を失う。そして意識を失った状態でレバ・アリに犯された。意識を取り戻した後も、寝かされていた部屋にレバ・アリがやって来て、マギは必死に抵抗したが、ひどい暴力をふるわれた上に再び強姦された。

翌朝、マギは与えられた食べ物も飲み物も一切口にせず、自分の家から届けられたものしか食べない、とレバ・アリの姪に伝えた。そうして家から運ばれた食べ物の容器に、マギはこっそり書いた手紙を隠して返した。そこには、今夜のうちに父親が自分を取り戻しに来てくれなければ、翌朝には自分は名を残すのみになっていると書かれていた。自殺をほのめかす手紙に驚いたマギの父親がすぐにレバ・アリの一家にそのことを知らせたため、マギが閉じ込められている部屋から、シーツや鏡など自殺に使えそうな物はすべて持ち去られてしまう。それでもマギは、翌日の早朝、番をしていたレバ・アリの姪がその場をはずした隙に、手首の血管を噛み破って自殺を試みた。

血塗れで倒れているのを発見されたマギはすぐ病院に運ばれたが、傷は動脈には達していなかったため、自殺は未遂に終わった。マギの家族と親友のダングはすぐ病院に駆けつけたが、マギの父親は「もう日取りも決まったのに」と言って憮然としている。「自分の娘と慣習と、どちらを取るのか」と妻に激しく詰られて、父親もようやくマギを家に連れ帰ることを承知した。

ダングはレバ・アリによる誘拐・強姦を警察に届け出るが、レバ・アリは人脈と金にものを言わせて、拘束すらされることはなかった。

家に戻ることはできたものの、周りの視線はマギに冷たかった。父親はすでに慣習に則って話が決まったことを盾に、マギにレバ・アリとの結婚を強要しようとする。マギを庇って家に連れ戻してくれた母親でさえ、処女を奪われてしまった以上、レバ・アリ以外の男と結婚する望みはなくなったという見方をしている。

マギの誘拐事件はSNSを通じて拡散され、マギは西ティモールのクパンに拠点を置いて女性の人権擁護活動をしているNGOと連絡をとることができた。マギはダングの手を借りて家出をし、近くの町に住むそのNGOの活動家の家に匿われる。そこからクパンのシェルターに移り、そこで1ヵ月以上を過ごした後、西ティモール山間部の町ソエの農園に仕事を得て、そこに移った。

ある日、ダングからの電話で、マギは母が病気だということを知る。スンバへ行く予定があるというNGOのメンバーに母への手紙を託したマギは、父の怒りがまだ解けていないことを知らされる。意を決して父に電話をするマギだったが、父の反応は冷たく、慣習に則って決まった結婚を拒否して家族に恥を欠かせた、とマギを詰るのだった。

マギが家を出てから1年半後、妹が高校を卒業した。素直な性格で学校の成績もよかった妹は、小さなころから医者か助産師になるのが夢だった。だが、父親は妹を大学には行かせないという。多額の費用を払ってマギをジャワの大学に行かせた結果、マギが村の慣習にも親の意向にも従わない娘になってしまったことを後悔しているからだ。マギは妹をクパンに呼び寄せて大学に行かせ、学費は自分が働いて工面しようと考えるが、マギが家を出た後の父の怒りや母の悲しみを目の当たりにしてきた妹は、父の言うことを聞いて大学へは行かず、スンバに止まると言うのだった。

マギは自分のために妹の将来が犠牲になることに耐えられず、村の長老を通して、自分の帰郷と引き換えに妹を進学させること、マギにレバ・アリとの結婚を強要しないことを父に納得させ、スンバへ戻った。

マギは以前の仕事に戻り、NGOの活動にも携わりつつ、表面的には穏やかな日々を過ごす。そんななかで、友人たちが次々と結婚していくのを苦い思いで見つめていた。やがて父が病に倒れ、どうやら癌で先が長くないことが判明する。父は生きている間にどうしてもマギが結婚する姿を見たいという。父の願いを叶えるべく、求婚者がいればそれを受け入れることを、マギもしかたなく承諾するのだった。

だが求婚してきたのは、またしてもレバ・アリだった。マギは絶望しながらも、ある計画を胸に求婚を受け入れる。今回は慣習上の通常の手続きを踏んで花嫁としてレバ・アリの家に迎えられたマギは、生理中だと言って同衾を拒む。それから1週間が過ぎて、いよいよその夜がやって来た。マギは家中の人々をよそへ行かせてほしいとレバ・アリに頼む。マギの捨て身の復讐劇が始まった。

激しい暴力で傷だらけになりながらも、マギは深夜バイクで警察に行き、すぐに保護されて病院に搬送された。駆けつけたダングに、傷だらけで腫れ上がった自分の顔を携帯で撮影してSNSに拡散してもらった。

花嫁に苛烈な暴力を奮ってさんざん強姦したあげくに、満足して眠りこけていたレバ・アリは、早朝家に踏み込んだ警察に逮捕される。4年前に誘拐されたときには自殺を試みることしかできなかったマギだが、今回は人権擁護団体など各方面に連絡をとって、すでに周到に準備を進めてきていた。SNSで非難が殺到したこともあって、今回はレバ・アリの人脈と金も役に立たず、レバ・アリは投獄されることになった。刑は7年4ヵ月の禁固、さらに5億ルピアの罰金または3ヵ月の懲役という、期待したよりも軽いものだったが、それでもマギの復讐は成ったのである。

退院したマギは実家に戻り、父親も今回ばかりはレバ・アリの一族が謝罪に訪れて起訴を取り下げてほしいと頼んできても受け付けず、離婚ではなく、結婚の取り決めを解消する手続きを採った。実家のある集落の人々のなかには、なおも冷たい視線をマギに向ける者もあったけれど、マギは気にかけなかった。犯罪被害者を保護する機関からスンバを離れるように提案されもしたが、マギは故郷の村に残り、村の発展と女性の人権擁護の活動のために地元で働くことを選んだのだった。

西スンバの集落。(出所)https://dianpurnomo.com/2021/02/21/perjalanan-perempuan-yang-menangis-kepada-bulan-hitam-menemukan-jodohnya/

(以下に続く)

  • 留まる女たち
  • マリン・クンダンの呪い
  • 風習を壊すとき
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