よりどりインドネシア

2021年12月22日号 vol.108

ラサ・サヤン(25)~キャンパスにおけるセクシャル・ハラスメント~(石川礼子)

2021年12月22日 21:49 by Matsui-Glocal
2021年12月22日 21:49 by Matsui-Glocal

●リアウ大学でのセクハラ事件

2021年11月末、リアウ州プカンバルにある国立リアウ大学でセクハラ事件が発生しました。12月19日時点で、同事件は調査中であり、真相は分かっていませんが、報道によると、リアウ大学の女子学生が卒業論文の担当教授から性的嫌がらせを受けました。

性的嫌がらせを受けたとされる被害者(仮名:L)は、リアウ大学・国際学を専攻する女子学生で、2021年10月27日(水)の午後12時半頃に、卒業論文の指導を受けるためにリアウ大学・社会政治学部の学部長であるシャフリ氏(容疑者)に会いに行きました。

事件後、Lがソーシャルメディアの動画で語ったところによると、部屋には二人きりで、他には誰もいませんでした。Lは論文をシャフリ氏に提出し、シャフリ氏の指導を受けましたが、その間、シャフリ氏はLに彼女の家族構成など、個人的な質問を多々しました。

指導が終わり、Lが退室するために立ち上がると、シャフリ氏はLの肩を掴み、Lの頬と額にキスしました。Lは驚いて立ちすくみ、俯いたままでいると、シャフリ氏はLの顔を両手で包みながら、「唇はどこにあるのかな?どこかな?」と言いました。その瞬間、Lは怖くて震え、逃げるようにして部屋から出ました。それから、Lは自身の学部である国際学部の教授の一人に連絡を取り、シャフリ氏がした行為について国際学部長に報告するために、その教授に同行を依頼しました。

過去のこうしたキャンパス内で起きたセクハラ事件は、大学の評判が下がることを理由に、大学側が隠蔽してしまうことが多かったため、Lはソーシャルメディアを活用して正義を求める行動に出ました。自身のインスタグラムのアカウントで事件を語った動画を録り(Lの顔はモザイク加工されている)、11月4日にアップロードしました。その直後から、Lの動画はメディアで話題になり、翌5日(金)の午後、Lは母親、叔母、リアウ大学の学生代表委員会(BEM)のメンバー数名に付き添われ、プカンバル警察に赴き、リアウ大学の社会政治学部長のシャフリ氏をセクハラ加害者として告発しました。

それに対して、シャフリ氏はLへのセクハラを完全否定しました。妻同席の記者会見でのシャフリ氏の釈明によると、事件(Lの卒論指導)時、部屋には二人きりではありましたが、ガラス越しに部屋の外にいるスタッフが見える状況であり、事件以前にLとは物理的に会ったことが無いということです。

卒論の指導中、シャフリ氏がLにセミナーの準備ができているかを確認すると、Lは働きながら卒論を書いている状況を話し、用事が控えていたシャフリ氏は「(Lが)さらなる指導を必要とするのであれば、二、三日かけて卒論を読み上げるので、PDFで私のWhatsapp(無料メッセージアプリ)に送りなさい」とLに伝えました。そして、シャフリ氏がLの仕事について尋ねると、Lは「叔母の手伝いをしている」と答えたそうです。Lは「叔母と一緒に住んでおり、両親はリアウ州のクアンタン・シンギンギ郡に住んでいる」と話しました。「(Lの)両親は病気がちで、弟は大学に行けなかったと言ってLが突然泣き出したので、私は『泣いていてはダメだ、元気を出しなさい』と言いました」とシャフリ氏は説明。そして、Lが立ち上がって部屋を出る際、Lと握手を交わした後、シャフリ氏はLの肩に手を置いて「強くなりなさい」と励ましたそうです。「私はLを自分の娘のように思っています」と話しました。数日後、前述のLの動画が拡散され、被害者の叔母から抗議の電話がシャフリ氏に入ったため、シャフリ氏は、「LとLの家族と会ってこの事件について話し合いたい」と頼んだそうですが、Lはシャフリ氏の番号をブロックしており話す術がなかった、と説明しました。

Lはセクハラ被害をSNSで拡散

記者会見でセクハラ行為を否定するシャフリ氏

そして、逆にシャフリ氏は、被害者であると主張するL自身と、この事件の背後にいる首謀者(シャフリ氏は首謀者が別にいると信じている)に対して訴えを起こし、100億ルピア(約7,900万円)を名誉毀損の損害賠償として請求すると記者会見で伝えました。会見でシャフリ氏はこう断言しました。「私はLが話したようなことは一切していない、誓っても良い。ポチョンの誓いどころか、ムバハラの誓いを立てよう」と。

●ポチョンの誓いとムバハラの誓い

「ポチョンの誓い」、「ムバハラの誓い」とは何ぞや・・・ですが、「ポチョン」とはインドネシア版の『幽霊』です。イスラム教徒の埋葬では、遺体を白布で包んで棺に入れますが、その白布に包まれた幽霊が「ポチョン」です。よくインドネシアのホラー映画などに出てきます。

このポチョンの誓いは、その死者と同じ格好をして、実際に棺の中に入って誓いを立てるもので、その際に嘘の証言や約束を行うと、神によって罰せられるか、呪われると信じられています。その昔は村などで諍いが起こると、この伝統的な方法で諍いを解決したようです。現在でも、慣習が強い地方では行われることがあるようです。

モスクで行われる「ポチョンの誓い」の様子

また、「ムバハラの誓い」はイスラム教の教えに基づくもので、利害関係者の2人、または2グループのどちらかが嘘をついた場合、イスラム教における唯一神・アッラーによって呪われる準備ができている、と約束する誓いです。この場合の呪いとは、宣誓の内容に応じて、重度の病気、事故、または死の形をとることがあると言われています。

ポチョンもムバハラも似ていますが、ムバハラは単純な諍いではなく、緊急を要し、「六信」と呼ばれるイスラム教スンニ派が信じなければならない6つの信仰箇条や、ムスリム的、人間的、そして国家的な同胞愛が守られない可能性がある場合にのみ実行できるとされています。

シャフリ氏は、このポチョンの誓いやムバハラの誓いに懸けてセクハラ行為はしていないと主張した訳ですが、世間一般では『シャフリ氏は苦し紛れに言い訳しているのだろう』というのが大方の意見のようです。

●キャンパス内でのセクハラ

インドネシアには国立大学が122校、私立大学が3,007校、合わせて3,129の大学が存在します(2017年のデータ)。その数はインド、アメリカに次いで世界で3番目に多い数字です。インドネシアの人口が世界第4位ということを考えれば、中国を除いて大学数が世界第3位というのは納得できます。

大学数に比例して、セクハラ被害数も多いという訳ではないでしょうが、キャンパスでのセクハラ事件は後を絶ちません。2021年2月に英字紙の“The Jakarta Post”、オンラインメディアの『バイス・インドネシア』、『ティルト』の3つのメディアがオンラインの記入フォームを用いて共同で実施したアンケートでは、大学の催しやインターンシップ、研究活動などを通じて、学生や教員、大学職員らから被害に遭っていた、という結果が出ました。そのアンケート結果から、過去のセクハラ被害に関する証言が少なからずありました。

ジョクジャカルタ特別州の国立ガジャマダ大学では、2018年11月に女子大生が学生から性的暴行を受けたとされ、中ジャワ州スマラン市の国立ディポヌゴロ大学では、女子学生が男性講師からセクハラを受けたとの証言がありました。また、中ジャワ州のイスラム系の大学に通う女子医学生は、実習中に医師からキスを迫られたと答え、医師は病院の理事経験者であり、学生は何もできなかったと回答しました。アンケートを主宰したメディアは、これらの証言は「氷山の一角」と指摘、回答者の半数に当たる被害経験者87人は、被害について大学やその他の機関に相談しなかったと答えました。その理由は、「高い学費を払っているから」「卒業を控えているから」、また「相談することによって学内で不利になることを恐れたから」というものでした。

2021年11月26日付の“The Jakarta Post”には、女性のための反暴力運動団体(GERAK)の学生と活動家が、性暴力撲滅法案(RUU PKS)の審議を要求するために、教育文化省の建物前で集会活動をする女学生たちの写真が掲載されました。

下の写真の女子学生が抱えるプラカードには、「私の周りの女子学生の多くが性的嫌がらせを受けていますが、彼女たちは泣き寝入りしたままです。なぜなら、官僚社会は教授側に立つからです。そして言葉での性的嫌がらせ、および言葉以外の性的嫌がらせを受けた女子学生の多くは、成績表で不当な評価を与えられるのを知っているからです」と書かれています。

教育文化省の建物前でプラカードを掲げて、性暴力撲滅法の法制化を訴える女子学生たち

教育文化省が調査したところによると、2015~2020年に教育機関で発生した性暴力のうち、全体の27%は大学で発生しており、驚くことに77%の大学教授が、彼らの大学内で性暴力が発生したことを認識しており、そのうちの63%は報告されなかった、と発言している調査結果が出ています。

●性暴力撲滅法案

独立行政法人であるKomnas Perempuan(女性に対する反暴力全国委員会)は、2021年1~10月の10ヵ月間に女性に対する暴力事件が4,500件あったとしています。この数字は、2020年同期の2倍の件数です。2020年の総件数も2019年と比較して68%の増加となっています。この現象は、コロナ禍の影響があるのではないかと想像してしまうのは邪推でしょうか。

インドネシアの刑法では、まだ『セクシャル・ハラスメント』(Kekerasan Seksual)という用語は認められておらず、“Pelecehan(軽蔑する行為、侮辱、嫌がらせ)Seksual”、すなわち『わいせつ行為』という用語のみが使用されており、直接的な身体的行為による犯罪のみが規定されています。

一例として、インドネシア刑法第2章の犯罪に関する第281条から第303条では、「既婚男性または女性によるわいせつ行為」(第284条)、「レイプ」(第285条)、「成人男性/女性にわいせつ行為を行うよう促すこと」(第293条)などがあります。レイプの場合、具体的な記述としては、「暴力または脅迫して、女性に婚外の性行為を強いる者は誰でも強姦の罪で最大12年の懲役となる」とあります。

『セクハラ』を犯罪とする法案は2017年にようやく国会に提出されたものの、その後の審議がなかなか進まず、セクハラ被害が増えている今現在も、福祉正義党(PKS)が法案の題目にある『性暴力』を省くよう推進しており、政党間のコンセンサスを得るロビー活動が続けられています。

(以下に続く)

  • ソーシャルメディアを活用した告発
  • 法の正義を求めて
  • 相次ぐプサントレンでのレイプ事件
  • トラウマ

 

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