よりどりインドネシア

2021年03月22日号 vol.90

アマナガッパの海商法を読んで ~ブギス・マカッサルの海商人の生きざまを垣間見る~(脇田清之)

2021年03月22日 20:27 by Matsui-Glocal
2021年03月22日 20:27 by Matsui-Glocal

このところ、国際政治の世界では「インド太平洋」地域における、法の支配に基づく、自由で開かれた海洋秩序の重要性がクローズアップされています。

この「自由で開かれた海」という言葉、実は、17世紀の時代、香辛料貿易を巡ってオランダ東印度会社(VOC)と争っていたマカッサルの国王が使っていたのです。それは、皆様がすでにご存知の国家英雄スルタン・ハサヌディン(Sultan Hasanuddin)の二代前の国王であるスルタン・アラウディン(Sultan Alau’ddin, 1593〜1639)の時代でした。

地球は神の創造によるもの、海はすべての人類のもの、誰も公海の航行を制限することはできない。マカッサル港はすべての人種に対して公平に開かれている

スルタン・アラウディンはそう応えて、オランダ東印度会社との会談は決裂します。1615年4月のことでした。そして、それは1667年に勃発するマカッサル戦争へと続きます。オランダ東印度会社が独占を企て、マカッサル戦争に至った経緯は拙稿「国家英雄スルタン・ハサヌディンとマカッサル戦争」(『よりどりインドネシア』第36号、2018年12月23日発行)をご参照ください。

また、東南アジア各地で船を襲い、奴隷狩りした悪名高い(?)ブギスの海賊の話も、インドネシアの観光案内書などでお読みになった方が多いと思います。ブギスの武装帆船は17世紀から19世紀にかけて東南アジアの海域における貿易を支配していました。武装帆船と書くと悪党集団のようにも聞こえますが、当時は海軍も海上保安庁もない時代です。実は当時、商船運航に当たっては武器の搭載が義務づけられていたのです。

『アマナガッパの海商法』(Hukum Pelayaran dan Perdagangan Amanna Gappa)は、 1676年にマカッサルの港湾管理役であったアマナガッパ(Amanna Gappa)によってつくられ、当時の船長たちの航海や商取引の指針(ガイドブック)になったと言われています。今回は、この海商法を読んで、17世紀から19世紀にかけて、東南アジアの海域で活躍したブギスの海賊と呼ばれた人たちの生きざまを覗いてみたいと思います。

アマナガッパの海商法(仮訳)

この海商法にでてくる船内の職種の説明(参考)

  • ナコダ(nakhoda):船長、船主の代理人。以下「船長」。
  • ジュル・ムディ(juru mudi):舵取り役。船尾の狭い区画での重労働だったようです。以下「舵手」。
  • ジュル・バトゥ(juru batu):甲板長、ボースン。batu は石。当時、石が錨として使われた。錨の操作と測深を行う。以下「甲板長」。

第1条

航路と運賃について(一例のみ紹介)

マカッサル(Makassar)、ブギス(Bugis)、パセル(Paser。注:現在の東カリマンタン)、スンバワ(Sumbawa)、カイリ(Kaili。注:現在の中スラウェシ)からアチェ(Ace)、ケダ(Kedah)、カンボジア(Kamboja)までの運賃は商品価格の7%(rial)。さらに、アチェ(Ace)、ケダ(Kedah)、カンボジア(Kamboja)からマラッカ(Malaka)、ジョホール(Johor)、タラプオまたはタナプロ(Tarapuo/Tanapulo。注:地名不明だがリアウ群島またはトレンガヌと推測)、ジャカルタ(Jakarta)、パレンバン(Palembang)、アル(Aru。注:現在のマルク州アルー諸島)までの運賃は商品価格の6%(rial)。

輸送に大きな場所を必要とする、たとえば 米、塩、籐などのような物品の運賃は商品価格の11%(rial)。

上の写真:当時の航路図(フィリピン諸島まで航路毎に料金が定められています。

第2条

航海の収益の分配について、舵手、甲板長が船主の友人ではない一般的なケースでは、収益は船主と乗組員で対等に分ける。彼らが船主の友人である場合は、収益は三等分にして3分の2を船主に、残りの3分の1を乗組員に与えられる。 船の乗組員の間で争いがあった場合、船長が仲裁し、裁判に訴えられないように、問題を解決することが義務付けられている。

第3条(目的地まで輸送した貨物が売れなかった場合の規定)

売れなかった貨物を持ち帰る場合の輸送費は正規運賃の半額とする。船は目的地に到達できなかったが、途中の寄港地で荷物が売れた場合には全額の輸送費を支払うこと。船が目的地に到達できなかった場合、そして他にも寄港しなかった場合、船長は荷物の運賃を請求できない。そして近い将来に同じ目的地への航海を義務付けられる。

第4条

船長は乗客から運賃を受け取ったあと、乗客の合意なしに航路を変更する場合には、他の船を用意しなければならない。

乗船者はすべて水夫の一員として行動する必要があり、次の4つに分類できる。

  1. 常勤の水夫(kelasi tetap):航海中は船から離れてはいけない。母港に停泊中にあっても修繕工事がある場合にはサポートする必要がある。船内に溜まった水を汲み取る責任もある。業務を怠った場合は補償支払いの義務がある。
  2. 自由な水夫(kelasi bebas):船を離れることが認められている。
  3. 乗客の水夫(kelasi penumpang):船を離れることが認められている。
  4. 荷物を持たない乗客(orang menumpang):船倉の使用は認められない、身のまわりの物は甲板上に置く。

航海中に海が時化たとき、船の安全性を確保するため、乗客の荷物を検査し、申告よりも重い場合には直ちに投棄する。それでも船が重い場合、乗客の荷物を投棄する。さらに常に船を守る水夫の荷物も海上投棄されることがある。最終段階では常に船を守る水夫、船長の荷物も投棄される。

第5条

船の装備が破損した場合、甲板長は水夫を使って修理、監督する権限をもつ。

第6条

船長として満たすべき要件は次の15項目である。

  1. 軽・重武器、弾薬を持つこと。
  2. 耐航性が確保されるよう船を整備する。
  3. 必要な資金の準備。
  4. 勤勉であること。
  5. 水夫を監督する能力。
  6. 水夫間の争いの場で仲裁する能力。
  7. 良いアドバイスができること。
  8. 正義感を持つこと。
  9. 水夫たちを家族のように扱い、水夫の親のような保護者となること。
  10. 水夫たちに各種船具の扱いを教えることができる。
  11. 忍耐強いこと。
  12. 水夫たちから敬われること。
  13. できうる限り水夫の荷物(商品)を保護。
  14. 船の機能を維持すること。
  15. 予定した航路を熟知しておくこと。

第7条

特に船に限ったことではなく、馬車を使った交易でも共通することであるが、商取引のための5つの原則がある。

[第1原則]取引により生じた利益、損失は互いに共有する。商品の供給者とディーラー(販売者)との関係では、後者が義務を果たしていれば、損失が出た場合の負担も半分になる。義務を果たしていなければ損失の全額を負担しなければならない。

預かった商品が損害として認定されるのは次の3つである。

  • 海水による被害
  • 火災による被害
  • 盗難

損害として認定されないものには7種類ある。

  • 賭博に使った商品
  • 売春婦を確保するために使った商品
  • 結婚するために使った商品
  • こわれた商品
  • 第三者に貸している商品
  • 試供品
  • 食用として買った商品

[第2原則]サマトゥラ(samatula(ヒンデン語))と言われているが、商取引に問題がなくても、不良品が出た場合は、荷主が全ての損害を被る。一方、商人側の怠慢により発生した損失は商人が弁済しなければならない。利益が出た場合は荷主2、商人1の割合で分ける。

[第3原則]インレン・テッペ(inreng teppe)と呼ばれる。無利息の信用貸しで、借主は無利息で決められた日時に返済しなければならない。

[第4原則]インレン・ンレウェ(inreng nrewe)と呼ばれる。商品の価格は他者へ信用貸しする前に決めなければならない。債務者は商品を販売したか、他の商品に交換したならば直ちに支払わなければならない。販売できなかった場合、商品は直ちに荷主に返さなければならない。

[第5原則]カルラ(kalula)と呼ばれ、confidant の意味。腹心の友が自己の責任によって損失が出ても、その賠償責任は彼の家族には及ばない。

第8条

航海中に借金をした人が死亡した場合、債務はその家族に請求されるべきではない。また彼らは支払う必要もない。しかし借金について家族が承知していれば、妻とその家族は支払う必要がある。

第9条(商品の相続に関する規定)

最初の婚姻関係のある時点で得られた商品の相続は妻の子供に受け継がれる。二度目の婚姻関係のある時点における相続は先妻の子供、後妻の子供に割り当てられる。負債の場合も同様である。もし相続が十分でなかったり、また負債を相続したりするなど規定通り行われていない場合は相談することを推奨する。

10

商人間の紛争の調停について、村議会に控訴される場合、評議会に諮られる。評議会は村長はじめ村の主導的なメンバーによって構成される。メンバーは神(イスラム)の律法に則って判断する。両者は取調べを受け、両者とも問題なしとされた場合は神の判断に従う。調停が終わったあとの暴力を振るっての争いは許されない。

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