よりどりインドネシア

2021年01月22日号 vol.86

いんどねしあ風土記(24):「強制撤去」抗う社会弱者の5年間 〜ジャカルタ首都特別州~(横山裕一)

2021年01月23日 16:06 by Matsui-Glocal

オランダ植民地時代以前から交易の要となってきた、北ジャカルタのスンダクラパ港。2016年4月、この港に隣接する大規模なスラム街が港湾整備のために強制撤去された。

突然行き場を失った1,000人以上の住民たち。止むを得ず去る者、留まって居住権を主張し続ける者。一時は政争にも巻き込まれながら歩んだ、住民たちの抵抗の5年間。

●強制撤去

スンダクラパ港(北ジャカルタ)

北ジャカルタ、プンジャリガン地区のルアルバタン、通称・アクアリウム集落はスンダクラパ港に面していることから、長年漁師や港湾労働者、魚市場関係者らが家を建てて住みついていた地域である。約100メートル四方の土地に密集した家屋群はトタンで覆われた要塞のようにも見え、そこに約500世帯、1000人以上が居住していた。集落脇の護岸には小さな漁船が数多く係留されている。

住民のほとんどが低所得者であるため、家屋は決して立派なものとはいえず、密集した集落内の通路は人がすれ違うのがやっとである。細い通路の上は雨除けのトタン板で覆われているため、通路をはじめ、家の中は昼間でも暗い。密集地の中ほどに設けられた日の当たる狭い空間では、主婦らが会話しながら洗濯物を干す。通路脇に置かれたコンロで料理をする人、その脇を走って遊ぶ子供たち。首都ジャカルタの代名詞にもなっている大企業の入った高層ビル群、高級ショッピングモール、高級住宅街などの一方で、彼らの生活風景はまさに経済格差社会・大都市ジャカルタのもう一面の姿でもあり、これが多数を占めているのも現実である。

強制撤去前の通称アクアリウム集落(北ジャカルタ / 2016年4月5日撮影)。

こうして何十年と続いてきたアクアリウム集落に突然転機が訪れたのが2016年4月だった。ジャカルタ首都特別州によるスンダクラパ港の再整備計画に伴い、観光用の緑地公園整備のために同集落が強制撤去されたのだ。アクアリウム集落は州の土地であるため、法的に言えば住民たちは長年不法占拠していたことになり、弱い立場でもあった。

計画は以前からあったものの、直接住民に撤去の通知があったのは3月下旬、撤去実施からわずか2週間前のことだった。突然の退去命令に戸惑う住民たち。撤去直前に住民の一人はこうぼやいた。

「長年ここに住んでいて何も言わなかったのに、急に出て行けと言われても・・・」 

4月11日、朝から州政府による強制撤去が始まった。十数台のショベルカーの長いアームが集落の家屋に食い込むと、弱い造りの壁は瞬く間に崩れていく。トタンで覆われ、大きな要塞のようにも見えた約500軒の集落は半日もたたないうちに瓦礫の更地になってしまった。

強制撤去後のアクアリウム集落跡地(2016年4月23日撮影)。

州政府からは代替住居として公営住宅への入居が補償されたが、住民の中には地方出身者でジャカルタに住民登録していない者、さらには国民登録証さえ更新していない者も多かった。彼らは公営住宅にも入れず行き場を失った。また条件は満たしていても、移転先の公営住宅がスンダクラパ港からバイクで1時間以上かかる遠隔地にあったため、漁師や港周辺で働く人たちの中には現実的ではないとして入居を拒否する者も多かった。

行き場を失った住民たちは、近所の知り合いの家に避難したり、市民団体の援助で強制撤去の跡地に建てたテントで当座を凌ぐことになった。漁師らは小さな漁船で寝泊まりした。撤去跡地は、皮肉なことにそのまま元住民による避難所になった。しかし、これには強制撤去に対する抗議とあくまでもここで生活を続けたいという強い意志が込められていた。

強制撤去跡地脇の漁船で生活を続ける集落の元住民たち(2016年4月23日撮影)。

(以下に続く)

  • アクアリウム集落と州知事選挙
  • 大都市ジャカルタの光と影
  • アクアリウム再建への期待
  • 仮住まいの新アクアリウム集落にて
  • バジャイ
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