よりどりインドネシア

2024年03月08日号 vol.161

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽第76信:地方映画が訴える女性の地位 ~映画『ロテ島の女』、『オルパ』、『マルリナの明日』より~(横山裕一)

2024年03月08日 15:52 by Matsui-Glocal
2024年03月08日 15:52 by Matsui-Glocal

轟(とどろき)英明 様

早いものでもう3月ですね。インドネシアではまもなくイスラム教徒にとっての断食月が始まろうとしています。毎年、レバラン(断食明け大祭)は西暦のカレンダー上では約十日ずつ前にずれていきますが、私がジャカルタに初赴任した2000年前後は丁度年明けから年末へと移動する時期でした。このため、職場から出す時候挨拶のレターには「祝クリスマス、謹賀新年、祝レバラン」と列記したのを思い出します。あと約十年でまたレバランが年末年始と重なります。その頃、インドネシアはどんな社会になっているのか、先月の大統領選挙の速報結果、その後の動きも併せて、いろいろ考えさせられます。

前回、轟さんが紹介した2作品『ステキな20歳』(Sweet 20/2017年作品)と『初めての愛、二番目、そして三番目の愛』(Cinta Pertama, Kedua, & Ketiga/2021年作品)はいずれも現段階では珍しい、高齢者に焦点をあてた作品として印象に残っています。思い出しましたが、老女の孤独感を描いた『アバウト・ア・ウーマン』(About a Woman/2014年作品)もそうでしたね。インドネシアでの高齢化社会はまだ先ではありますが、轟さんが指摘したように高齢化社会を見据えた作品が今後増えてくる可能性は高いかと思われます。時代の変遷に伴う社会の変化、そして、そこから生まれる齟齬。こうした社会問題が映画のテーマになるのは世の常といえそうです。

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そこで今回は、先日劇場公開された『ロテ島の女』(Women From Rote Island)をはじめ、昨年公開の『オルパ』(Orpa)、また日本でも公開された『マルリナの明日』(Marlina Si Pembunuh dalam Empat Babak/2017年作品)を通して、地方が訴える女性の地位問題について話してみたいと思います。いずれも首都ジャカルタから見れば、東ヌサトゥンガラ州、パプアと辺境地が舞台で、オートバイに乗り、スマホを通したインターネット情報を得るなど現代社会に生きながらも、伝統慣習が強く残る地方、特に辺境地社会を反映して女性の地位が低いままの現状が浮き彫りにされる作品です。

映画『ロテ島の女』公開時ポスター

まずは『ロテ島の女』からです。この作品はインドネシア最南端の島、東ヌサトゥンガラ州ロテ島が舞台です。主人公は三人の娘を持つ中年女性オルパです。物語はマレーシアで出稼ぎしていたものの不法労働者として強制送還された長女マルタが島に戻ってくるところから始まります。母親であるオルパは娘の様子がおかしいことに気づきます。マルタはマレーシアの出稼ぎ先で性的暴行を受けて強い精神障害を患っていました。普段は母親の手伝いをし、小鳥を見て穏やかに心を癒すマルタですが、トラウマが再発すると錯乱状態を起こします。

ある日、マルタが木に落ちそうになった小鳥の巣を心配して木に登ると、若い男二人が下からスカートを覗き込みます。出稼ぎ時のトラウマが蘇ったマルタは逆上して長ナタを振り翳して二人の男を追いかけ、一人が逃げ込んだ家に火をつけてしまいます。さらに別の日にはマルタは海岸の岩場で男にレイプされかけます。妹のベルタの助けでことなきを得ますが、これらの事件を機にマルタは一人で出歩かないよう、自宅の一室で鎖に繋がれて監禁されてしまいます。

一方、姉を助けたベルタが今度は行方不明になります。ベルタは強姦された上に殺害されていて、後日遺体で発見されます。嘆き悲しむ母親オルパですが、事件はさらに続きます。近所の既婚男性が監禁されたマルタの部屋に忍び込み、レイプを繰り返していたのでした。捕まったこの男は伝統風習に則り謝罪します。方法は自らの最大の恥辱行為を晒して謝罪するというもので、母親の墓を掘り起こして、遺骨を掲げながら被害者家族であるオルパに許しを請うというものでした。

「伝統風習として謝罪は受け入れるが、罪は罪、警察に行ってもらう」

オルパは強く言い放ちます。それだけは勘弁してほしいと泣き叫ぶ男とその妻。しかし、頑として受け付けないオルパの強い態度に母親としての怒り、悲しみとともに、女性の地位の低さに対する嘆きが強く伝わってきます。

この作品では伝統慣習が色濃く残るが故に、男性優位で女性の地位が低いという古来からの概念が現代においても根強く残っている現状が浮き彫りにされています。作品内にも登場しますが、スマホなどにより男女同権の世界的風潮を知ってはいても、近代化、教育の進まない辺境地においては現代においても旧態依然のままであることがわかります。前述のオルパの一言は、現代人としての法的責任を遵守させることで男性優位の伝統概念を打ち破り、ひいては悲劇を繰り返させない願いが、作品全体のメッセージとして込められています。

映画『マルリナの明日』公開時ポスター

『ロテ島の女』と比較的似ているのが『マルリナの明日』です。作品舞台もロテ島と同じ東ヌサトゥンガラ州のスンバ島です。荒涼と広がる丘陵地の一軒家で一人暮らしの未亡人マルリナが主人公です。盗賊に押し入られたマルリナは正当防衛で料理に毒を入れて手下5人を毒殺し、頭領に対してはレイプされている際に頭領の長ナタを抜いて首を刎ねます。翌朝、マルリナは警察署のある遠く離れた田舎町までバスや馬に乗り継いで被害を通報しますが、真剣に取り合わない警察の対応に失望します。一方、事態を知った盗賊の残党一人が、マルリナの知人である妊婦ノフィを拉致して、マルリナの自宅でマルリナが帰宅するのを待ち伏せる・・・と展開していきます。

この作品でも女性の地位の低さとともに、女性の尊厳を守ってくれる者がいない社会環境の現状が訴えかけられています。盗賊の所業とはいえ、家畜を奪った上でマルリナに対して手下を含めた全員に料理のもてなしを促し、その後順番に相手をするよう一方的に命じる頭領の言動が象徴しています。さらには、本来弱者を守るべき立場の警察の対応です。担当署員は署内で卓球を興じ終わるまでマルリナを待たせた挙句、被害報告に対してもレイプの診断報告書が必要だとか、車両が出払っているため自宅の実況検分は数日後だと事務的な態度に終始します。警察でさえ当てにならない、自らの安全は自分自身でしか守れないという諦観が強調されています

またこの作品ではマルリナの自宅の居間の片隅に、亡き夫のミイラが伝統織物にくるまれ、座って安置されている姿が画面内に再三登場します。これはスンバ島の民族伝統風習で、墓を建てる費用が貯まるまでの措置ですが、亡き夫のミイラの存在が、盗賊に独り立ち向かう女性・マルリナを救う者が誰もいない孤独な状況を際立たせています。前述の『ロテ島の女』での謝罪の伝統風習と同様、両作品では伝統風習を巧みに引用してテーマ性を高める効果をあげています。

映画『オルパ』公開時ポスター(引用:https://21cineplex.com/

そして、もう一つの作品『オルパ』はパプアの山岳地帯が舞台です。小学校卒業間近の少女オルパはある日突然、父親から金持ちの第二夫人として嫁ぐよう命じられます。貧困率が国内で最も高いパプアでは実際に結納金目当てで親が低年齢の子供に結婚を強いるケースが多々あり、深刻な子供の人権問題ともなっている現実がベースになっています。

読書好きで勉強熱心なオルパは、ジャングルにある植物の薬用効果に興味を持っていて、進学して植物医学の道へと進みたいという夢がありましたが、父親は進学どころか卒業間近の小学校も行く必要はなく、即刻主婦業に入れと言い放ちます。夢を諦めきれないオルパは家出を決意し、希望する専門学校のある山岳地帯の都市ワメナへ行くべくジャングルに分け入っていく物語です。

実際にはオルパのように行動できる少女はほとんどいないでしょうが、作品では少女オルパの慣習に反発し、強い意志を持った勇気ある姿を通して、少女の人権問題や女性の自立に対する強いメッセージが込められています。こうしたメッセージはオルパの夢を諦めない姿に加えて、家出途中に出会う、ジャカルタから自然音の録音のために来て遭難した若者とのジャングル行からも窺えます。GPSがあっても入り組んだジャングルでは使いこなせない若者に対して、オルパは慣れ親しんだジャングルを確実に見極めながら誘導し、経験と知識から食事のための火を起こしたり、消毒効果のある木の葉を探して自らの怪我を手当てするなど的確な対応をしています。

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(⇒ これら3作品に共通した点は、・・・)

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