よりどりインドネシア

2024年03月08日号 vol.161

プラボウォ=ジョコウィ関係の行方:~選挙不正疑惑と新政権をめぐる二人の思惑~(松井和久)

2024年03月08日 15:49 by Matsui-Glocal
2024年03月08日 15:49 by Matsui-Glocal

総選挙委員会(KPU)による開票確定結果の発表はまだ少し先だが、2024年10月20日に任命される正副大統領は、プラボウォ=ギブラン組でほぼ確実という情勢となり、インドネシア政治もポスト・ジョコウィを見据えた動きへとシフトしつつある。通常であれば、内閣も国会も残務処理の雰囲気が漂うのだが、今回は、10月までの8ヵ月の間に様々な動きが現れそうな気配である。

どうしても大統領になりたかったプラボウォ国防相はこれまで、ジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)大統領の長男ギブランを副大統領候補に就けるなどして、ジョコウィ路線の忠実な継承者を極端なまでに自認し、アピールしてきた。一方、ジョコウィ大統領は、自らが所属する闘争民主党(PDIP)や同党のメガワティ党首からの介入を嫌い、あらゆる方法で自身の権力基盤を築き上げてきた。プラボウォ国防相は大統領になるためにジョコウィ大統領に擦り寄り、ジョコウィ大統領はPDIPやメガワティの呪縛を離れるためにプラボウォ国防相を立てた。ジョコウィ人気を自党の得票増につなげたい政党はジョコウィ大統領に忖度し、大統領の推すプラボウォ国防相を支持した。正副大統領選挙終了まで、彼らの思惑は一致していた。

しかし、プラボウォ=ギブラン組の当選がほぼ確実になった今、そろそろ関心はその後へ移った。ジョコウィ大統領は引退後もプラボウォ氏を実質上制御できるようにするためのポジション取りを始めた。プラボウォ=ギブラン陣営の支持政党は、新たな政権での閣僚ポストの獲得へ向けて動き始めた。どの政党がいくつ閣僚ポストを取るかは、国会議員選挙での獲得議席数が指標となるため、総選挙委員会(KPU)による議席数確定まで様々な駆け引きが繰り広げられる。

本稿ではまず、今回の選挙で大問題となっている構造的かつ組織的で大規模な不正と票集計アプリSirekapの不正疑惑を取り上げる。次に、それら選挙での不正を追及するための国会でのアンケート権確立をめぐる政党間の動きについて触れる。さらに、次期政権に対しても影響力を行使し、自身の権力を何らかの形で維持したいジョコウィ大統領の思惑、新大統領目前のプラボウォ国防相の思惑とジョコウィ大統領との関係如何などの諸点を考えてみたい。

投票するジョコウィ大統領夫妻。(出所)https://kabar24.bisnis.com/read/20240215/15/1741150/jokowi-akui-sudah-bertemu-dan-ucapkan-selamat-ke-prabowo-gibran

●構造的かつ組織的で大規模な選挙不正

構造的かつ組織的で大規模な選挙不正については、これまで様々なメディアが指摘してきた。まず、軍・警察、行政官僚、村長に至る国家機構全体によるプラボウォ=ギブラン組への投票の緩やかな強制があり、それに従った公務員には昇級や昇給が、従わない者には汚職嫌疑がかけられる場合があった。村長が従わない場合は、国家予算から各村へ配分される村落資金(Dana Desa)の使途をめぐる汚職嫌疑への不安が駆り立てられた。同様に、汚職嫌疑は大小問わず相手をプラボウォ=ギブラン組への得票に促す緩やかな強制手法として多用された。

また、ジョコウィ人気にやや陰りの見えた2023年10月頃から、国家予算を使った対応も本格化した。とくにプラボウォ=ギブラン陣営支持へのテコ入れが必要とされた地域を重点に、国家予算由来のコメの配給や資金供与を行う社会的支援(Bansos)が大規模に行われた。そこでは、エルニーニョ対策が銘打たれたり、通常は3月に終了するBansosを6月まで延長したりする異例の措置が採られた。正副大統領選挙の決選投票が行われた場合、それは6月なのである。

さらに、ニッケルや石炭などの鉱業事業許可(IUP)を政治家や実業家へ盛んに配分した。ジョコウィ大統領は2021年からバフリル投資相をトップとする投資促進、土地利用、投資用土地配分の特別促進チーム3本を編成し、事業進捗の見られない事業者の投資許可2,600件以上を事前通告も協議もなしにいきなり破棄し、別の事業者へ配分した。本来、鉱業事業に関してはエネルギー鉱産資源省が担当する事案だが、それを無視し、特別促進チームで対応した点で違法性が問われている。また、バフリル投資相自身は、破棄されたIUP復活を求める事業者に対して資金や株式の提供を求めたと伝えられている。

これにより、プラボウォ=ギブラン組の支持政党の政治家が少なからぬ恩恵を受けただけではない。国内最大のイスラーム社会団体で得票に大きな影響力を持つナフダトゥール・ウラマ(NU)もまた鉱業事業許可(IUP)を受けるという話になった(受けたかどうかは未確認)。2021年、ジョコウィ大統領はランプンでのNU大会の開会挨拶でIUPをNUへ配分すると述べたが、NUは「過去の話で選挙とは無関係」としたが、逆に選挙への周到な準備を印象付ける。しかし、2023年11月にプラボウォ氏がNUとの会合でその話を取り上げ、その後、NUは中立の立場を放棄し、プラボウォ=ギブラン組支持へ雪崩を打った。

憲法裁判所長官にジョコウィ大統領の義弟アンワル・ウスマンを据え、結果的にジョコウィ大統領の長男であるギブランがプラボウォの副大統領候補に就けたこともまた、国家機関の恣意的利用として非難されている。この件について、憲法裁諮問会議(MKMK)は「重大な倫理違反を犯した」としてウスマン長官を解任するが、判事職に留まった。その際、選挙関連の事案の担当から外れたが、その後、通常業務に復帰した。選挙で紛争が生じた際、最終決定を行う憲法裁判所もジョコウィ大統領の息がかかる状態である。

2024年は2月の正副大統領、国会(DPR)、地方代議会(DPD)、州議会、県・市議会の議員選挙のほか、11月27日に統一地方首長選挙の投票が全国一斉に行われるが、それ以前に任期終了の地方政府には、大統領任命の地方首長代行が配置される。それは2021年頃から行われてきた。したがって、この地方首長代行は大統領の意向を受けた動きをすることになる。前述の軍・警察、行政官僚、村長に至る国家機構全体によるプラボウォ=ギブラン組への投票の緩やかな強制の指揮を執る立場でもあった。

以上から分かるように、ジョコウィ大統領は2期目の初め頃、2021年頃から自らの権力基盤を強めるための方策を次々に打ち、あたかも詰め将棋のごとく、あるいは石橋を叩いて渡るが如く、慎重にかつ隙なく、国家機構があたかも自分の思うように動く形を整えた。自身の3選出馬が無理となった後は、自身の推す候補者の当選のために選挙マシンとしてフル回転させてきた。プラボウォ国防相やその支持政党は、ジョコウィ大統領が築いてきたその選挙マシンの上に乗り、勝利を確実にしたのである。

●票集計アプリSirekapをめぐる不正疑惑

構造的かつ組織的で大規模な選挙不正がマクロレベルでの現象とするならば、実際の投票所や集計におけるミクロレベルでの不正も注目する必要がある。

従来から、投票や集計をめぐる不正については指摘があった。たとえば、投票日当日の早朝に有権者へ金品を渡す「夜明けの攻撃」(serangan fajar)、投票所担当者を買収しての票操作、予備の投票用紙の使用、候補者間または政党間での得票交換、などが知られる。また、末端から中央へ進む各集計段階で不正が行われやすいとも言われる。

ご承知のように、インドネシアの選挙の開票は、まず、有権者を含む衆人環視の下、投票所(KPPS)ごとに行われ、その結果はフォームCに記載される。記載終了後、投票所担当者はスマホでフォームCの写真を撮る。スマホの票集計アプリSirekapでフォームCの写真をOCR/OMRで読み取り、読み取り結果がフォームCの結果と相違ないことを確認する。そして投票所から、投票所ごとに登録済みの証人(政党などの代表)と監視者に対して、Sirekapが用意するリンクまたはバーコードを送り、フォームCの写真と読み取り結果を確認してもらう。そのうえで、郡(kecamatan)選挙委員会(PPK)へ結果を送付する。

このように、各投票所の開票結果データは郡選挙委員会へ集められ、さらに上位の県・市選挙委員会に集められ、州選挙委員会に集められ、総選挙委員会(KPU)に集められることになる。KPUのサイトにある得票結果は、票集計アプリSirekapで集計されたデータである。

ところが、この票集計アプリSirekapをめぐって様々な疑惑が生じた。たとえば、フォームCの数字とSirekapの集計数字が合わない。ある投票所の登録有権者が300名のはずなのに、その投票所に関するSirekapの集計数字が300を超えている。Sirekapの結果を集計したフォームC1に修正が入っていて証人の署名がない。Sirekapの作動中にエラーが頻発し、集計作業が頻繁に中断する。以上のような状況が投票所の現場から報告された。

票集計アプリSirekapと投票所担当者。(出所)https://harian.disway.id/read/763057/apa-itu-sirekap-kpu-pemilu-2024-ini-penjelasan-dan-cara-kerjanya

総選挙委員会(KPU)は投票日翌日の2月15日、票集計アプリSirekapがフォームCやC1とは別の異様な数字を示すことについて、OCR/OMRの読み取り精度に問題があることを認め、早急の改善を約束した。しかし、状況は一向に改善せず、異様な数字が出る状況は変わらなかった。

そんななか、票集計アプリSirekapのデータサーバーがシンガポール、フランス、中国にもあることが明らかになり、サーバーを国内に置くという規定に違反しているとの批判が起こった。総選挙委員会(KPU)は、これらのサーバーはSirekapへのアクセス集中の負荷を抑えるためで、本データ自体は国内にあると弁明した。中国系のアリババ・クラウドを利用しており、海外からの不正アクセスやハッカー対策への不安を煽ることになった。闘争民主党(PDIP)などはSirekapの使用中止を求めたほか、Sirekapを製作したバンドゥン工科大学(ITB)の学長や製作チーム長でもあった副学長の責任を追及する動きも起こった。

3月に入ると、票集計アプリSirekapに基づく集計結果のなかで、ジョコウィ大統領の次男カエサン氏が党首を務めるインドネシア連帯党(PSI)の票だけが増加する現象が現れた。民間調査会社各社のクイックカウントでは2%台だったのが、3月1~3日時点で3.13%へ上昇し、国会議席を得られる4%に接近するかのような動きだった。この異様な現象はなぜ起こったのか。

実はかなり数の投票所において、無効票の数字とインドネシア連帯党(PSI)の得票とが取り替わっているのが確認された。たとえば、中ジャワ州のある投票所では、票集計アプリSirekapに基づくPSIは50票、無効票は2票だったが、元々のフォームCをチェックすると、PSIが2票、無効票が50票だった。また、東カリマンタン州のある投票所において、SirekapではPSIが50票、無効票3票に対して、フォームCではPSIが0票、無効票53票となっていた。

これは単なるシステム上の問題なのか。OCR/OMRの読み取り精度の問題だけでは済まないのか。なぜ、インドネシア連帯党(PSI)の票だけが無効票と取り替わるのか。ジョコウィ大統領が次男の率いるPSIの国会議席獲得を熱望していることは認めるにしても、まさか、集計アプリにまで何らかの細工を施させたりするのだろうか。

総選挙委員会(KPU)は3月6日から票集計アプリSirekapに基づく開票状況をサイトで公開しなくなった。我々が開票状況を確認するには、全国82万ヵ所の投票所の各々のフォームCの写真を一つ一つ照会しながら、その数を集計していく気の遠くなる作業をしなければならない。

今後、再び総選挙委員会(KPU)のサイトにSirekapに基づく開票状況が公開されたとき、その結果を我々は信用できるのか。KPUに対しても、またこの問題を追求する姿勢を明確にしていない総選挙監視庁(Bawaslu)に対しても、国民の不信感は高まらざるを得ないだろう。ジャカルタでは連日、KPUやBawasluの前でデモが続いている。

(以下に続く)

  • 選挙不正追及のアンケート権確立をめぐって
  • グリンドラ党の停滞
  • ジョコウィ氏の思惑
  • プラボウォ=ジョコウィ関係の行方
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