よりどりインドネシア

2023年10月23日号 vol.152

ウォノソボライフ(68):新時代の侵略者? TikTokショップが破壊したもの(神道有子)

2023年10月23日 17:12 by Matsui-Glocal
2023年10月23日 17:12 by Matsui-Glocal

先日、ウォノソボの街の中心部でパレスチナ支援を訴えるデモを見かけました。

所用で車を駐車していた間にそのすぐ近くでデモが始まっており、戻ったときには私の車は人波に埋もれていました。とにかく車を出さなければいけないので、顔馴染みの交通整理のお兄さんに誘導してもらい、なんとかデモ隊の中から抜け出して帰宅した次第です。デモとは言ってもジャカルタなどの大都市のそれと比べたら規模もごく小さく、参加者も野次馬もどこかのんびりした雰囲気ではあります。それでも、慣れ親しんだインドネシアのものではない国旗がはためいているのは、やはり物々しさがありました。

インドネシアは以前からイスラエルを国として認めておらず、国民感情としても親パレスチナ、或いは反イスラエルの声が強い傾向にあります。今年の初めに、インドネシアで開催予定だったサッカーの世界大会がイスラエルの選手受け入れを巡って問題となり、大会開催自体が中止に追い込まれたのも記憶に新しいところです。

今月に入ってイスラエルとパレスチナの情勢が急展開を迎えてからは、あちらこちらでパレスチナ応援を表明するムーブメントが見られるようになりました。メッセージアプリやSNSのアイコンをパレスチナ国旗に変えたり、パレスチナ解放を訴えるポスティングをしたり。

大多数がイスラム教徒であるインドネシアでは、パレスチナに対して宗教面での親近感を抱きやすいという要素はもちろんあります。先のデモでもパレスチナ国民のことを「我々の兄弟」と表現していました。しかし、それ以外にも『侵略者、占領軍を絶対に許してはいけない』という、過去の経験に基づく感情もあるように見受けられます。独立がいかに価値のあるものか、インドネシア人はよくわかっているのです。

さて、こうしたパレスチナ問題が浮上する少し前、10月初頭。ジョコ・ウィドド大統領はこのような発言をしました。

「我々は、新時代の侵略行為にやられるわけにはいかない。現代の植民地主義をくらうわけにいかない」

一体何のことを言っているのでしょうか?

そのすぐ後に、ある界隈にとって非常に衝撃的な政府決定がもたらされました。それが「TikTokショップの閉鎖」です。動画投稿アプリであるTikTokでは、アカウントを通じて商品の売買が出来る「TikTokショップ」という機能がついていました。それが、10月4日をもって全インドネシアで廃止となったのです。ジョコウィ大統領の言う「侵略者」とは、TikTokショップのことでした。

過去に長期間の植民地時代があったインドネシアにとって、侵略という表現はかなり強い意味を持ちます。一国の大統領が一SNSの機能に対してここまでの言い方をし、さらに国を挙げて閉鎖の措置を採るというのは、果たして何が起きているのでしょうか?

コロナ禍以降に急速に高まったオンライン依存体質、その肥大化する影響が国内市場にもたらしたものなどを、ウォノソボから見える現状を織り交ぜつつ見ていきたいと思います。

TikTokショップとは?

まず、そもそもTikTokとは中国のIT企業ByteDanceが運営する動画投稿専門のSNSです。2016年に中国国内で、2018年には全世界へ向けサービスが開始され、今やインドネシアでも老若男女問わず親しまれる人気ぶり。数秒~1分程度の動画を簡単に作成、編集することができ、BGMにするための音楽も多数用意されています。音楽に合わせて踊ったり歌ったり、また関心のあるトピックについて語ったり、料理する様子や綺麗な景色を流したりなど、使い方は多種多様。

同じく動画に特化したYouTubeと比べると、基本的に縦長の動画であるためスマホの画面で見やすい、1本あたり数秒~数十秒なのでじっくりひとつの作品を見るのではなく、サッサと次から次につまみ食いするかのように視聴するスタイルであるというのが特徴です。

また、こうした普通の投稿のほかに、TikTokライブと呼ばれる、いわゆる生配信(事前に撮影したものではなくリアルタイムな生放送を流すもの)の機能もあります。ライブでは視聴者が有料のステッカーを投げ銭として配信者に送ることができ、配信者は後から受け取ったステッカーの金額分をもらうことができる仕組みです。人気の配信者になればかなり稼ぐことができるとして、少しでも視聴者を集めようと様々な工夫が各配信者によって行われています。

さて、こうした動画投稿のプラットフォームであるTikTokですが、商品の売買も出来るTikTokショップという機能もありました。

インドネシアでは “keranjang kuning”(黄色いカゴ)の愛称で親しまれてきたものです。動画内の黄色いカゴマークをクリックすると、商品のリンクページが開き、そこから注文をすることができました。

出典 : https://sumsel.tribunnews.com/amp/2023/05/29/arti-keranjang-kuning-dalam-belanja-online-tiktok-shop-begini-cara-transaksi-bagi-pemula

支払いは電子決済か、あるいは商品到着時に現金で支払う代引き払いかを選択可能。

動画やライブ配信の中で商品を紹介したり、または衣服などであればそれを身につけて踊ったりしてアピールし、視聴者が気に入れば簡単に黄色いカゴマークから購入する。そうしたオンラインショッピングの場としての面もあったのです。

ちなみに、このTikTokショップの機能は日本ではまだ実装されていません。TikTokの公式サイトによれば、「TikTok Shopは現在インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・タイ・イギリス・アメリカ・ベトナムで利用可能です」と記載があります。

インドネシアのものは現在閉鎖されたので、現状では7ヵ国で使用されているようです。

これだけであれば、ただのオンラインショッピング機能付のSNSです。インドネシア国内でもオンラインショッピング専用のアプリはたくさんあります。では一体、TikTokショップのどこがそれほどまでに問題視されたのでしょうか?

(以下に続く)

  • 様変わりしたタナアバン市場
  • 小規模事業者は生き残るのか?

 

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