よりどりインドネシア

2023年10月23日号 vol.152

いんどねしあ風土記(50):水上マーケット物語 ~南カリマンタン州バンジャルマシン~(横山裕一)

2023年10月23日 17:13 by Matsui-Glocal
2023年10月23日 17:13 by Matsui-Glocal

小舟に野菜や果物などを載せて売買する水上マーケットは、「川の街」・南カリマンタン州バンジャルマシンを代表する民族色豊かな光景である。古来より川と共に生活してきた人々を象徴するものであり、外国交易の拠点として繁栄したバンジャル王国を支える役割も担ってきた。陸上移動や輸送が主流となった現代社会では水上マーケットの規模も縮小し、観光色が強まっているものの、約700年続く伝統は現在も息づいている。川に生きる街の歴史と人々の物語。

●朝焼けのなかの水上マーケット

水上マーケットは現地では「(水に)浮いた市場」(Pasar Terapung)と呼ばれている。かつては南カリマンタン州の最大都市バンジャルマシン(旧州都、2022年に隣接都市バンジャルバルに州都移転)や周辺地域の河川で複数箇所開かれていたが時代の流れで無くなった場所も多く、現在最も大規模に開かれているのはバンジャルマシンを流れるマルタプラ川の上流で、東隣のバンジャル県ロックバインタンだけである。

ロックバインタンの水上マーケットは夜明け前の午前5時半頃から約3時間開かれる。バンジャルマシンからはエンジン付きの船でマルタプラ川を小一時間遡る。川は蛇行するものの東進するため、行手の空には明けの明星が水先案内のように一際輝く。やがて東の空が赤らみ始める頃、水上マーケットが開かれるロックバインタンに到着する。

夜明け前のマルタプラ川を遡上

午前5時過ぎから小船が集まり出す

薄暗闇の川面にはすでに数艘の手漕ぎ舟がいて、周囲を見渡すと上流や下流から女性たちが舟を漕いで集まり始めていた。手漕ぎ舟は長さ4~5メートルで、漕ぎ手であり商売する人はほとんどが女性たちだった。ここでは結婚後、子供を一人二人と出産してから水上マーケットで商売を始める人が多いという。まさに水上マーケットはお母さんたちの仕事場だった。

乗ってきた船の舳先で見ていると、あっという間に4艘の小舟に取り囲まれ、お母さんたちが果物など売り物を手にしながら同時に声をかけてくる。

「バナナはどう?」「ランブータンは?」「ケガキあるよ」「朝ご飯にナシクニン(サフランライス)食べる?」

勢いに気圧されるほど、お母さんたちは元気だ。差し出された売り物を見ただけで、「一つにする?二つにする?」と畳み掛けてくる。皆笑顔で、顔には白い粉をつけていた。米をパウダー状にしたもので、顔に清涼感を与えるためだという。果物などを少しずつ購入して一息ついたかと思いきや、先程のお母さんたちの舟の隙間にすうーっと舳先を器用に入れて、次のお母さんたちが進み出てくる。あたりを見渡すとわずかの間にお母さんたちの舟は数十艘にのぼり、賑やかな水上マーケットが出来上がっていた。朝日も昇り、オレンジ色に染まった川面一帯は活気さを増していく。

日の出とともに賑わうロックバインタン水上マーケット

お母さんたちは多くが農家で、自分たちで栽培した作物や他の農家から購入したものを販売しているという。さらには水上マーケットでお母さん同士が物々交換や購入して販売もしている。色とりどりの果物や野菜以外にも、竹網の手提げ袋や小物などのお土産もある。さらには朝食用の飲食物を売る舟も。ほとんどが観光客相手だが、地元の人向けに米などを載せた舟もあった。

明るい表情で販売するお母さんたち

観光客を乗せた船が来ると、お母さんたちは舳先に立ち上がって、観光客船に身を乗り出しながら商売を始める。観光客船の船腹から半円状に広がるお母さんたちの数艘の小舟はまるで川面に花びらが開き、花を咲かせたようにも見える。停船して売り買いは続くが川に全体が流され、水上マーケットは少しずつ川下へと移動していく。

観光船を取り囲む水上マーケットの小舟とお母さんたち

ロックバインタンの水上マーケットは毎日開催されている。9月下旬のこの日は約百艘の販売舟が集まったが、ちょうど稲の収穫期と重なったため少なめで、多い時は200艘以上集まる時もあるという。水上マーケットは現在でこそ観光名所として有名だが、本来、バンジャルマシンを中心とした地域で川と共に生活してきた人々の文化で、それはバンジャルマシンの独特な街並みや歴史からも窺い知ることができる。

●「川に生きる」バンジャルマシン今昔

バンジャルマシンの街並み。マルタプラ川など多数の河川沿いに住居がひしめく

バンジャルマシンはカリマンタン島南部を流れる大河、バリト川の下流域にある。市内にはバリト川の支流が大小合わせて約百筋も流れていることから、昔から「川の街」と呼ばれてきている。中心部の街並みは大通りの両脇にビルディングが立ち並ぶ、インドネシアのどこでも見かけられる地方都市のようだが、古い民家はほとんどが数多くの河川沿いに密集して立ち並んでいる。

建物は高床式で2つの玄関を持つ。一つは陸上の河岸側で、もう一つは河川側にある。これは古来より交通手段が舟だったためで、現在も河川側の玄関は川面へと続く階段が設けられていたり、手漕ぎ舟や船外機のついた舟が備えられている家もある。さらには豊富な河川の水を生活水として利用するためで、現在でも川の水を使って洗濯や水浴びなどをしている光景を日常的に目にする。

河川沿いの住居は高床式で、川へと通じる出口や階段が設けられている

川の水で洗濯や朝の水浴びをする住民たち

このようにバンジャルマシン一帯の人々は川と共に生活する歴史を続けてきている。現代においても、緊急患者を運ぶ救急スピードボートがインドネシアで初めて設置されたのもバンジャルマシンで、「川の街」ならではのものだといえる。こうした環境の中で水上マーケットが生まれたのは自然の流れといえるかもしれない。

水上マーケットは一般的には、イスラム教国であるバンジャル王国が1526年に政権の中心を正式にバンジャルマシンに置いたのがきっかけで始まったといわれている。バンジャル王国はそれ以前、ヒンズー教王国として現在の南カリマンタン州の内陸部から東海岸域で栄えていた。16世紀に後継者争いに巻き込まれたサムドラ皇子が西部のバンジャルマシンに逃れ、1520年、独自にバンジャル王国を立ち上げた。このため旧王国と戦争が起き、サムドラ皇子はジャワ北岸のドゥマック王国の援軍を得て旧王国を滅ぼした。サムドラ皇子はドゥマック王国が援軍を出す代わりに求めた条件を受け入れて、1526年、バンジャル王国をイスラム教国にし、自ら初代王としてスリアンシャ王を名乗った。

スリアンシャ王肖像画(スリアンシャ王霊廟資料館所蔵)

スリアンシャ王イスラム教寺院。近くに王宮があったとされる

新たなバンジャル王国が王宮を置いたのが現在のバンジャルマシン北部の北クイン地区で、その名残を示すように現在もスリアンシャ王が在位中に建てたとされるイスラム教寺院が残されている。王の名を冠したスリアンシャ王寺院だ。このイスラム教寺院は大河バリト川の支流、クイン川の河口近くにある。のちにスリアンシャ王となるサムドラ皇子が逃れてきた当時、この地はバンダルマシィまたはバンジャルマシィと呼ばれていた。「バンダル」は港、「マシィ」とはムラユ民族を意味する。ムラユ民族の集落、またはムラユ民族の港と、古来から交易が盛んだったことを窺わせる地名の由来を発している。諸説あるがこれがのちに現在の都市名バンジャルマシに変化したとされている。

現在のバンジャルマシンがある地域は大河バリト川の河口から約20キロ上流に位置し、古来からマラッカやアラブ、中国、ジャワなどから来た商船がカリマンタン島東部へと渡る際の中間交易地として栄えてきた。新しいバンジャル王国がここに都を置いたことで、王国は国際交易拠点としてさらに発展した。

またバンジャルマシンの街自体もバリト川の支流が縦横に巡る地形的特性から河川を通じての物流も活発となり栄えていった。その中で水上マーケットも発生したといわれている。最初に水上マーケットが始まったのが、バンジャル王国の王宮が建てられた現在のクイン地区を流れるクイン川の河口地域だとされている。外国商船が停泊したであろう港のある地域で、地元住民同士の取引だけでなく、外国商船との海外からの物品の売買、地元物産の売買も小舟を介して行われたとみられている。

クイン地区のスリアンシャ王イスラム教寺院の近くにバンジャル王国の初代王、スリアンシャ王らが眠る霊廟がある。敷地内には霊廟やその周辺から出土した遺物の展示室があり、当時の交易を窺わせる中国製の皿や壺、さらには刀剣などが展示されている。その中に当時のスズ製の貨幣も数種類あり、球状や錠前の形をしたものとともに、小舟の形をあしらった貨幣がある。

スリアンシャ王霊廟

スリアンシャ王霊廟の資料館所蔵の小舟型の貨幣

これは貨幣のモチーフになるほど小舟が移動手段に加えて交易や売買の際に使用されていたこと、小舟文化として象徴的な存在だったことを表している。同資料室によると小舟型の貨幣は9~15世紀に使用されたものだという。こうしたことなどから、水上マーケットはバンジャル王国がこの地に建国される以前からバンジャルマシンに存在していたという説もある。

(以下に続く)

  • 水上マーケット発祥の地、ムアラクイン
  • 水上マーケットを復活させた吟遊お母さんたち
  • バンジャルマシン生誕祭にて
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