シンガポールの目と鼻の先にあるバタム島。その隣に位置し、バタム島と橋でつながる小さな島、レンパン島が今、国内外のメディアの注目を集めています。
2023年9月7日、レンパン島の住民数千人がバタム自由貿易・自由港湾区運営庁(Badan Pengusahaan Kawasan Perdagangan Bebas dan Pelabuhan Bebas: BP Batam。以下、BPバタムと称す)前に集結してデモを行い、軍・警察と衝突しました。軍・警察は住民に対して催涙弾や放水で応戦、催涙弾が向けられた中学校の中学生や居合わせた乳児が催涙弾を浴びて一時呼吸困難になりました(乳児死亡との情報は誤報、中学生は警察のトラウマ・ヒーリング中)。その後、デモは9月11日にも再発、再び軍・警察と衝突し、警察発表によると、この2回のデモで43人が逮捕されました。
バタム市内でのレンパン島住民らによる抗議デモ。(出所)https://www.cnbcindonesia.com/news/20230918141630-4-473396/intip-hunian-sementara-buat-warga-rempang-yang-direlokasi
この激しい抗議デモが起こったのは、レンパン島の16慣習村(kampung adat)の住民が立ち退きに反対しているためです。彼らの多くは漁民ですが、インドネシア建国前の1834年から住み着いているとされます。
立ち退き騒動の原因は、レンパン島での大規模開発計画が動いているためです。「レンパン・エコシティ」(Rempang Eco-City)という名の事業で、そこに中国最大のガラス製造企業である信義玻璃控股有限公司(Xinyi Glass Holdings Limited)が世界第2位の規模の太陽光パネル工場を建設する予定です。実際、工場の建設予定地は島全体のわずかな範囲なのですが、そこに慣習村が含まれているため、住民は9月28日までに立ち退くことを求められているのです。
バタム市政府とBPバタムは、対象住民に対して、レンパン島のさらに隣のガラン島へ移ることを求めていますが、実は現時点で、彼らの代替住居や土地は現段階でまだ用意されていません。このため、とりあえず、住居や土地が用意されるまで、既存の家屋などに仮住まいすることが要請され、そのためのつなぎ資金を提供するとしていますが、この政府のずさんな対応にも住民は怒っています。
政府側には、住民に立ち退きを要求する大義名分があります。なぜなら、「レンパン・エコシティ」は国家戦略プロジェクト(Proyek Strategi Nasional)に指定されているからです。国家戦略プロジェクトは国家が最優先で進める重要プロジェクトであり、国内外からの投資促進の観点からも、その実施が速やかに進むよう、様々な法的措置が採られています。実際、政府は、国家戦略プロジェクトの実施によって、道路や通信や物流などのインフラ整備により、国民の生活が豊かになり、インドネシア経済が大きな恩恵を受けた、と自画自賛しています。
政府からすれば、国家戦略プロジェクトの実施を妨害する者は、たとえ住民であっても誰でも、国家に刃向かう者と見なされ得るのです。
でも、その国家戦略プロジェクトは誰がどのようなプロセス、基準で決定しているのでしょうか。国家戦略プロジェクトの決定プロセスに対象地の住民はどのように関わっているのでしょうか。住民を交えた公開ヒアリングは行われているのでしょうか。
実際、レンパン・エコシティは、その構想が公表されてからわずか4ヵ月半で国家戦略プロジェクトに決定され、その1ヵ月後までに住民は立ち退かなければならないのです。投資の迅速な実施が必要とはいえ、これはあまりにも早すぎるとはいえないでしょうか。
今回は、レンパン島住民の抗議デモの背景を探りながら、国家戦略プロジェクトの持つ恣意性について少し詳しく見ていくことにします。
(以下に続く)
- 国家戦略プロジェクトの法規改訂の推移
- レンパン島開発をめぐる変遷
- 事態は急に動き出した
- 国家戦略プロジェクトの実施は堅持だが・・・
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