よりどりインドネシア

2023年09月23日号 vol.150

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第69信:観客をゾクゾクさせる『沈黙の自叙伝』~それは果たして過去のインドネシアの物語なのか?~(轟英明)

2023年10月01日 00:15 by Matsui-Glocal
2023年10月01日 00:15 by Matsui-Glocal

横山裕一様

9月に入り日本ではようやく暑さがやわらいできました。少し前まで街中ではマスクをつけている人が多数派だった印象ですが、いつの間にかマスクをしていない人のほうが多くなってきました。各種大規模イベントの開催も当たり前となりましたし、再びコロナ禍の頃に後戻りしませんように・・・。

ところで、早いもので私が日本へ本帰国して1年が経過しました。長かったようで短かったような1年でしたが、最新作こそ見られないものの、VPNアプリと動画配信サービスのおかげで、何とか最近のインドネシア映画をフォローできています。今年のインドネシア映画界は絶好調だった昨年と比較すると、興行的な成功作がそれほど多くない模様ですが、内容やジャンルはバラエティに富んでいるようで嬉しい限りです。

そうしたなか、つい先日から日本でも劇場公開が始まった『沈黙の自叙伝』(原題Autobiography、 昨年の東京フィルメックスでの題名は『自叙伝』)をある伝手を頼って自宅で鑑賞しましたが、あまりの完成度の高さに文字通り唸りました。各国映画祭で受賞した、前評判の非常に高い作品とは聞いていましたが、これほどの出来とは予想していませんでした。マクバル・ムバラク監督は本作が長編デビュー作とのことですが、スゴイ手腕をもった監督が出てきたものです。いやはや、参った!

そんなわけで、今号は前回からの続きで結婚コメディを論ずるつもりでしたが、現在日本で公開中の旬の映画をこの場を借りて論ずるほうが時宜に適っていると思い、急遽予定を変更して『沈黙の自叙伝』をじっくり論じたいと思います。観客をゾクゾクさせる、この恐るべき政治スリラーは、ラストシーンこそが作品の肝と私は睨んでいます。よって、未見の方には本当に申し訳ないのですが、ネタバレを含んでの批評となります。既に鑑賞済みの横山さんには特に遠慮する必要もないとは思いますが、何卒ご了承ください。

『沈黙の自叙伝』(Autobiograph) 日本版ポスター。eiga.comから引用。

では、あらすじ紹介から始めましょう。

東ジャワの田舎(ボジョネゴロ付近と思われる)に住む青年ラキブ(ケビン・アルディロヴァ)は、ある邸宅の管理人。半裸で落花生を食べながら、テレビ中継のチェスの国際試合を観ていたところに、邸宅の主である「将軍」プルナ(アルスウェンディ・ベニン・スワラ)が久しぶりに帰ってきます。他に使用人はいないため、ラキブが身の回りの世話をします。早速コーヒーを淹れるラキブですが、「誰がコーヒーを淹れろと言った?」とプルナは詰問し、ラキブにコーヒーを飲むように命じます。

翌日。村のあちこちに選挙看板を設置する手配をラキブはおこない、「よくやった」とプルナから褒められます。退役軍人であるプルナは故郷の県知事選挙に出馬するために帰郷したのでした。

地元住民を集めた選挙運動の集会で、プルナは水力発電所建設の必要性を力強く聴衆に訴えます。集会の出席者の一人で高校生のアグスは、建設計画のために土地を収用される母親の手紙を代読する形で計画の中止を直訴。しかし、プルナはアグスを軽くあしらいます。アグスの存在と発言が気になるラキブ。しかし、プルナの付き人というだけでラキブはVIP待遇の食事にありつき、また自分の運転ミスで村人たちから袋叩きにあいそうになるものの、プルナが姿を現しただけで何事もなくその場を去ることができました。プルナの権威にラキブ自身もとりこまれているのです。

そして、二人は刑務所に入っているラキブの父アミル(ルクマン・ロサディ)と面会します。ラキブの来所を喜ぶアミルでしたが、将軍のお供として来たことを知り、息子に忠告します。「簡単に人を信用するな」。しかし、仏頂面のラキブはアミルと目を合わせようともせず、面会室を出てしまいます。

一方でプルナはアミルに親しげに話しかけます。アミルも彼の父も祖父も、代々ずっとプルナの一族に使用人として仕えてきたこと、アミルが刑務所に入っているのは水力発電所の建設工事を少しでも遅らせるために、重機のバッテリーを盗んだためであることが判明します。

ラキブは実の息子のようにプルナからチェスやライフル射撃の手ほどきを受け、プルナのおさがりの服を身に着けます。「私の若い頃のようだ!」と喜びを隠さないプルナ。

ある日、橋のそばに設置してあるプルナの選挙ポスターが引き裂かれているのを二人は見つけます。引き裂かれたポスターが河原に放置されているビール瓶に突っ込まれていることにラキブは気づきますが、とっさに隠します。しかし、激高したプルナの眼は誤魔化せず、引き裂かれたポスターを見せます。

プルナは自分がかつて引き立て、今は地元の警察署長であるスウィト(ルクマン・サルディ)を自宅に呼びつけ犯人を捜すよう圧力をかけますが、スウィトはあまり乗り気でない模様。スウィトらが帰った後、ラキブは自分が犯人を見つけるとプルナに告げます。

ラキブはプルナに自分の忠誠心を見せるべく、自分が犯人を探し出すと告げるが・・・。 imdb.com より引用。

(ここから先は物語の核心そして結末まで語っていきますので、所謂ネタバレとなります。これ以上読みたくない方は、ここでやめておくことをお勧めいたします)

(⇒ 友人からの情報を元に・・・)

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