よりどりインドネシア

2023年09月08日号 vol.149

インドネシア政治短信(4):アニスがムハイミンを副大統領候補に選んだことの意味(松井和久)

2023年09月08日 20:21 by Matsui-Glocal
2023年09月08日 20:21 by Matsui-Glocal

8月末、正副大統領候補レースに予想もしない大きな変化が起きた。有力な大統領候補3人のうちの一人、アニス・バスウェダン前ジャカルタ首都特別州知事が、副大統領候補に民族覚醒党(PKB)のムハイミン・イスカンダル党首を選び、9月2日、スラバヤのマジャパヒトホテルで公式発表したのである。

スラバヤのマジャパヒトホテルにて、ナスデム党のスルヤ・パロ党首(中)とともに、アニス(左)=ムハイミン(右)の正副大統領候補を発表。民主党は欠席。(出所)https://news.detik.com/pemilu/d-6917761/pks-di-koalisi-anies-absen-2-kali-belum-didatangi-pkb

アニスは、ナスデム党、民主党、福祉正義党の3党の連立である「統一のための変革連合」(Koalisi Perubahan untuk Persatuan: KPP)の推す大統領候補である。今回、アニスと組む副大統領候補となったムハイミンが党首を務める民族覚醒党は、この連立に加わっていないどころか、別の有力な大統領候補であるプラボウォ国防大臣を担ぐ「統一インドネシア連合」(Koalisi Indonesia Bersatu: KIB)で当初からプラボウォが党首を務めるグリンドラ党と連立を組んでいた。すなわち、民族覚醒党が何の前触れもなく、いきなりプラボウォからアニスへ鞍替えした。なぜ、このようなことが起こったのか。

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これを仕掛けたのは、ナスデム党のスルヤ・パロ党首だった。その背景には、アニスへの支持が彼の予想に反して伸びない状況がある。このため、票を稼げる有力な副大統領候補が必要と考えた。連立を組む民主党のアグス党首の人気は上り調子であるものの、自党も含め、連立から有望な人物は浮かんでこない。とくに、大票田である東ジャワ州や中ジャワ州に強い副大統領候補となると、国内最大のイスラーム社会団体であるナフダトゥール・ウラマ(NU)の有力者になる。そこで浮かんできたのが、東ジャワ州のコフィファ知事やアブドゥルラフマン・ワヒド(グス・ドゥル)元大統領の娘のイエニー・ワヒドだった。

一方、民族覚醒党は、プラボウォを推す「統一インドネシア連合」をグリンドラ党と立ち上げたにもかかわらず、存在感を薄めていた。国民信託党(PAN)やゴルカル党がプラボウォ支持に加わり、連立内での影響力を高めたからである。支持勢力が広がったプラボウォを推す連立は、その名称を「先進インドネシア連合」(Koalisi Indonesia Maju: KIM)へ変更したが、その変更に当たって民族覚醒党との協議はなかった。

そもそも、民族覚醒党がプラボウォを推したのは、党首のムハイミンがプラボウォの副大統領候補になるためだった。しかし連立内では、エリック・トヒル国営企業大臣、リドワン・カミル前西ジャワ州知事、そしてジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)大統領の息子であるソロ市長のギブランの名前まで挙がり、民族覚醒党のムハイミン党首がプラボウォの副大統領候補として有力視されることはなくなった。

前述のように、ナスデム党のスルヤ・パロ党首は、副大統領候補として、大票田である東ジャワ州や中ジャワ州に強いNU有力者を探していた。そして、民族覚醒党のムハイミン党首がプラボウォの副大統領候補になれなさそうな状況に目を付けた。民族覚醒党のムハイミン党首は、長年NUトップだったグス・ドゥル元大統領の甥なのである。副大統領候補になりたいムハイミンと一緒に民族覚醒党を「統一のための変革連合」に取り込めば、アニス支持勢力の拡大につながると考えたのだろう。スルヤ・パロが失意のムハイミンを救った形である。

ムハイミンは副大統領になれそうもないプラボウォを見限り、確実になれるアニスへ鞍替えしたのである。不思議なことに、この鞍替えに対して民族覚醒党内部から反対の声が聞こえない。また、プラボウォ側からも非難するコメントがなく、「政治のダイナミクスの一端だ」と是認すらしている。ゴルカル党や国民信託党が加わったプラボウォ側は、民族覚醒党を戦力としてもはや重視する必要はなくなったのである。民族覚醒党は、ムハイミン個人の党であった。

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アニスがムハイミンを副大統領候補に選んだことに関して、「統一のための変革連合」の3党はどのような反応を示したのか。党首が主導して両者を組ませたナスデム党は、もちろん、完全に賛同している。

また、イスラーム主義勢力を支持層に持つ福祉正義党は、明確な賛同を示してはいないが、民族主義を前面に出すガンジャル、かつては支持したが政権入りしてイスラーム主義者を裏切ったプラボウォの両者へ乗り換えることはできず、アニス支持を堅持すると見られる。

これら2党に対して、アニスの決定に激怒したのが民主党である。その理由として民主党が挙げるのは、民主党に何の相談も協議もなく、アニスが一方的にムハイミンを副大統領候補に決定したプロセスへの批判である。民主党は8月29日、ナスデム党のスルヤ・パロ党首がムハイミンを副大統領候補とすることを画策し、アニスがそれを了承したとの情報をつかみ、怒りが爆発した。なぜなら、民主党によると、8月25日付で、副大統領候補には民主党のアグス党首にお願いするとの手書き書簡を受け取っていた。その「約束」をわずか数日で反故にされたと認識されたのである。

アニスがムハイミンを副大統領候補に選んだことを受け、9月4日、記者会見する民主党のアグス党首。一方的な決定と批判、連立離脱を表明するとともに、党員には平静を呼びかけた。(出所)https://kabar24.bisnis.com/read/20230905/15/1691643/duet-anies-cak-imin-demokrat-kecewa-demokrat-terima-demokrat-move-on

民主党は一貫して副大統領候補に、党創設者のユドヨノ元大統領の長男であるアグス党首を選ぶよう、連立内でアニスへ強く求めてきた。実際、世論調査でも、アニスにふさわしい副大統領候補としてアグスはムハイミンよりもはるかに高い支持率を持っていた。民主党はアニスへ早く副大統領候補を決めて発表するように迫ってきたが、アニスはそれを渋り続けてきた。それが民主党内に苛立ちさえ引き起こしていた。

アニスは、ムハイミンを副大統領候補とする件について民主党へ説明しようと試みたが、コンタクトできなかったと弁明した。しかし民主党は、そのようなアニスからのコンタクトは一切なかったと否定している。もっとも、これまで、アグス党首を副大統領候補に担ぎたい民主党は、ナスデム党が副大統領候補として提案したNU有力者のコフィファやイエニー・ワヒドも拒否してきており、仮にムハイミンを打診・相談されても、同様に拒否した可能性が高い。

結局、民主党は、大統領候補としてのアニスへの支持を撤回するとともに、ナスデム党、福祉正義党との連立「統一のための変革連合」からも脱退することを正式に決定した。民主党は、大統領候補としてガンジャルとプラボウォのどちらを支持するか、検討を始めた。

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アニスがムハイミンを副大統領候補として選んだことは、単なる政党連合の合従連衡や有力な大統領候補3人の支持率の変動だけを意味するものではない。結論的にいうと、今回の変動によって、大統領選挙はなお一層、波風の立たない、政策論争やイデオロギー対立が起こらない、ジョコウィ路線が確実に継承される状況を作ったのである。

(⇒ 第1に、ジョコウィ政権・・・)

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