よりどりインドネシア

2023年08月24日号 vol.148

続・インドネシア政経ウォッチ再掲(第46~50回)【全文無料公開】(松井和久)

2023年08月24日 08:07 by Matsui-Glocal
2023年08月24日 08:07 by Matsui-Glocal

筆者(松井和久)は、2021年6月より、NNA ASIAのインドネシア版に月2回(第1・3火曜日)に『続・インドネシア政経ウォッチ』を連載中です。800字程度の短い読み物として執筆しています。NNAとの契約では、掲載後1ヵ月以降に転載可能となっています。すでに読まれた方もいらっしゃるかと思いますが、過去記事のインデックスとしても使えると思いますので、ご活用ください。

  • 第46回(2023年4月18日)イスラエル問題はガンジャルの踏み絵
  • 第47回(2023年5月2日) 闘争民主党はガンジャル氏を大統領候補に指名
  • 第48回(2022年5月16日)世界銀行がさらなる貧困削減へ提言
  • 第49回(2023年6月6日) プラボウォ国防相の過去が問われない
  • 第50回(2023年6月20日)根強いロシア寄りの見解

『NNA ASIA: 2023年4月18日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第46

イスラエル問題はガンジャルの踏み絵

3月30 日、国際サッカー連盟(FIFA)は、U-20(20 歳以下)ワールドカップ(W杯)のインドネシア開催中止を決定した。理由は明示されていないが、同大会出場のイスラエル選手団への拒否が原因とされる。インドネシアはイスラエルと国交がなく、スカルノ時代から非同盟主義の立場を堅持し、一貫してパレスチナを擁護してきたが、ジョコ・ウィドド大統領は、政治とスポーツを切り離し、イスラエル選手団の安全を確保しつつ、大会を開催する予定だった。

しかし、イスラム主義勢力に加えて、与党第1党の闘争民主党もイスラエル選手団拒否の強い姿勢を示した。なかでも、大統領候補の下馬評トップだったガンジャル中ジャワ州知事がその急先鋒だった。中止発表後も、中止は残念だとしつつ、イスラエル拒否の正当性を主張し続けた。その結果、彼はソーシャルメディアを通じて多くの批判を浴び、各社の世論調査でも支持率が2月比で10%近く下落した。とくにそれまでガンジャル氏を熱烈に支持していた若者層が離れた。

イスラエル問題はガンジャル氏にとって踏み絵だった。彼はジョコ・ウィドド大統領よりも闘争民主党へ忠誠を示したのである。これで闘争民主党がガンジャル氏を大統領候補と正式決定するお膳立てが整った。大統領周辺は、統一インドネシア連合(KIB)と大インドネシア覚醒連合(KIR)を連合させた大連立を土台に、闘争民主党を巻き込んでガンジャル氏を大統領候補に担ごうと画策してきたが、思惑は外れた。今や闘争民主党が主導してガンジャル氏を担ぎ、大連立を取り込む展開になり得るからだ。そのため、大統領周辺がガンジャル氏を見限り、プラボウォ国防相の擁立へ向かう気配すら出てきた。他方、もう一人の大統領候補と目されるアニス氏は、ガンジャル氏を攻撃する絶好の機会だったにもかかわらず、沈黙を続ける。イスラム主義者の支持を受けているためだ。

結局、U-20 大会の開催は、大統領選挙をめぐる政治的駆け引きでつぶされたのだろう。その材料は、対立関係にある民族主義者とイスラム主義者が唯一協調できるイスラエル問題だった。

 

NNA ASIA: 2023年5月2日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第47

闘争民主党はガンジャル氏を大統領候補に指名

スカルノ初代大統領一族にゆかりの深いボゴールのバトゥトゥリス宮殿は、闘争民主党が政治的な重要決定を行う場所である。初代大統領の実娘(じつじょう)であるメガワティ党首は、断食明け大祭(レバラン)1日前の4月21 日、ここで党の大統領候補にガンジャル中ジャワ州知事を正式指名した。

それまで、党内ではメガワティ党首の長女のプアン国会議長を大統領候補に担ぐ動きもあり、ときに党中央はガンジャル氏へ塩対応さえした。しかし、世論調査で常に上位のガンジャル氏に対し、プアン氏への支持は低迷し続けた。ガンジャル氏は、サッカーのU-20(20 歳以下)ワールドカップ(W杯)のインドネシア開催中止を招くイスラエル拒否発言を撤回せず、それが所属する闘争民主党への高い忠誠度を示す結果となり、大統領指名を勝ち取った。

ガンジャル氏の指名の際には同じく党員であるジョコ・ウィドド大統領も出席して見守り、移動する車にも2人で同乗した。ガンジャル氏は指名受諾演説で現大統領路線の継承を誓った後、翌22 日朝、大統領とともにソロでレバラン初日の早朝礼拝を行い、U-20 大会インドネシア開催を目指した大統領と距離が出たとの見方を否定する振る舞いを続けた。

ガンジャル氏は大統領選挙へ向けて順風満帆なのか。政府与党の開発統一党は早速4月26 日にガンジャル氏を大統領候補に決定した。サンディアガ・ウノ観光・創造経済相、リドワン・カミル前西ジャワ州知事などペアを組む副大統領候補の予想も出ているが、ガンジャル氏の対抗馬となるアニス前ジャカルタ首都特別州知事を警戒し、同氏の票田であるイスラム票の分断を促す副大統領候補を選ぶと見られる。ただ政府与党でも、グリンドラ党やゴルカル党は党首を大統領候補に決定しており、闘争民主党主導の展開へ追随するか、独自路線をとるかの判断を迫られる。

ガンジャル氏は自身の政策意思を明示せず、闘争民主党やジョコ・ウィドド大統領の意向に従う傾向がある。大統領とその周辺は、ガンジャル氏の大統領候補指名は受け入れつつも、大統領の意向と相いれない過度な闘争民主党主導の動きを警戒している。

 

『NNA ASIA: 2023年5月16日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第48

世界銀行がさらなる貧困削減へ提言

世界銀行は5月1日、『インドネシア貧困アセスメント―経済的安全性への道筋』と題する報告書を発表した。過去20 年でインドネシアが貧困削減に大きな成果を上げたことを称賛しつつ、さらなる貧困削減と経済的安全性向上への提言を述べている。

報告書によると、最貧国基準である1日当たり所得1.9 米ドル(約250 円、2011 年購買力平価で測定)以下の最貧困人口の比率は02 年の19%から22 年に1.5%へ低下した。また、低位中所得国基準である1日当たり所得3.2 米ドル以下の貧困人口は同期間に61%から16%へ低下した。02 年時点の貧困人口は都市部46%、農村部73%だったが、22 年には都市部も農村部も16%と同水準になり、貧困人口の56%が都市部に居住する。ただし、マルク・パプア、ヌサトゥンガラの貧困人口削減はその他の地域よりも遅れている。

報告書は、インドネシアが算定する貧困人口基準を現在の1日当たり所得1.9 米ドルから3.2 米ドルへ引き上げるとともに、低生産性を改善し、コロナ禍のようなショックで再び貧困へ陥らせない国民の経済的安全性を高める必要を強調した。そのための方策として、高生産性・低炭素化のよりよい就業機会の創出、将来のショックを見越した社会的保護・金融包摂の改善、貧困層に親和的な投資を促すための効果的な財政システム構築(たばこ税や炭素税の活用など)、正確なデータや知識の活用を提言した。とくに貧困削減のための財政政策として、エネルギーなどへの補助金よりも貧困層への現金給付が効果的であると強調した。

この世界銀行の報告書に対して、スリ・ムルヤニ財務相ら政府側が反応を示した。たとえば、貧困人口基準の3.2 米ドルへの引き上げは貧困人口の数字を増加させる、中ジャワとジャカルタなど地域間の物価水準が大きく異なるので一様に判断できない、インドネシア独自の貧困基準が必要、などの意見が出された。他方、選挙を控えた地方首長が改ざんした貧困人口データでの援助供与で自らへの投票を促す行為があることや、税収が対国内総生産(GDP)比11%と低い背景に税務職員の不正蓄財問題があることも指摘している。

 

『NNA ASIA: 2023年6月6日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第49

プラボウォ国防相の過去が問われない

世論調査によると、グリンドラ党党首のプラボウォ国防相が大統領候補の人気第1位となった。僅差でガンジャル中ジャワ州知事が追い、アニス元ジャカルタ特別州知事は伸びない。ジョコ・ウィドド大統領とその周辺は、前者2人を後継と見なしてどちらでもよいとし、万全を期すため、アニス氏を立候補断念へ追い込む工作を続けている。

今年はジャカルタ大暴動とスハルト政権崩壊から25 年にあたる。この25 年間に生まれた人口は全人口のすでに4割を占める。あのときプラボウォ氏が何をしていたのか、知らない、そして忘れてしまった人々が今の彼の人気を支える。

25 年前、スハルト大統領(当時)の娘婿だったプラボウォ氏は陸軍戦略予備軍(コストラッド)司令官を務めていた。スハルト大統領がエジプトでG 15 首脳会議に出席し、ウィラント国防治安相兼国軍司令官が東ジャワ州視察中の5月12 日、スハルト退陣を叫ぶデモ参加学生6人が銃撃された後、ジャカルタで大暴動が発生した。暴徒が華人商店を襲い、略奪や放火、華人女性への性的暴行さえ起こった。5月20 日にスハルト大統領が辞任、ハビビ大統領就任後、プラボウォ氏はコストラッド司令官を更迭、彼によるクーデターの噂も流れた。陸軍特殊部隊とともにジャカルタ大暴動の黒幕、民主化活動家拉致事件への関与が疑われ、軍籍を剥奪された。国軍内でこの処分を主導したのはウィラント氏と後に大統領となるユドヨノ氏だった。米国も中国もプラボウォ氏を強く非難した。

ヨルダンに退避したプラボウォ氏は2004 年から国内で政治活動を開始、08 年にグリンドラ党を結党、14年と19 年には大統領選挙に立候補し、ジョコ候補に敗れた。19 年、選挙の不正を訴える支持者がジャカルタで騒乱を起こしたが、本人は一転、国防相として政権入りした。

大統領になれば過去の汚名を消し去れる。そのためならかつての敵とも手を組む。従順な姿勢でジョコ大統領に後継者と信じさせた。その一方で、25 年という節目にもかかわらず、プラボウォ氏の過去を問う声は聞こえてこない。人間は忘れる生き物である。

 

『NNA ASIA: 2023年6月20日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第50

根強いロシア寄りの見解

西側の支援を受けたウクライナは、ロシアに対する反転攻勢を開始した。インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は他国首脳に先駆けて2022 年6月末にウクライナとロシアを訪問し、両者間の仲介の用意を表明したが、事態打開に影響を与えなかった。「グローバルサウス」の一角を担うインドネシアは、国連総会でロシアのウクライナ侵攻を批判したが、ロシアとのパイプも維持している。

次期大統領候補の一人であるプラボウォ国防相は6月3日、シンガポールで開催の各国国防相が出席したアジア安全保障会議(シャングリラ会合)において突然、停戦合意、非武装地帯、国連監視軍、紛争地帯での住民投票実施といった停戦案を披露した。すると会議で「同案はロシア寄り」との批判が殺到し、ウクライナのレズニコフ国防相も即座に否定した。他方、ルトノ外相は、主権・領土の尊重、停戦、食糧確保、人道支援の4点がウクライナ問題での外交の基本だと述べ、政府内での調整の不備が示唆された。

国際的な批判を踏まえ、ジョコ大統領は7日、クアラルンプールでプラボウォ国防相と面会した後、9日に大統領官邸へんで事情説明を受けた。大統領は「国防相個人の見解である」として大きく問題視せず、穏便に収めた。次期大統領候補であるプラボウォ国防相を守った形である。

一方、最大与党である闘争民主党メガワティ党首は、西側や北大西洋条約機構(NATO)の支援を受けるウクライナとベラルーシだけが味方のロシアとは不均衡だとし、西側へ支援を売り込み、ロシアに楯突くウクライナのゼレンスキー大統領を批判し、状況に左右されないロシアのプーチン大統領を称えた。

ジョコ大統領にせよ、プラボウォ国防相にせよ、ウクライナとロシアとの和平への意気込みの裏側には、両国からの小麦、肥料、石油燃料などの輸入を確保し、国内経済への影響を抑えるという目的がある。他方、総選挙・大統領選挙を控え、メガワティ党首による西側への不信感の表明は、民族主義者に加えてイスラム主義者からの支持拡大にもつながる。どちらかと言えばロシア寄りの見解が根強く続くことになる。

 

『続・インドネシア政経ウォッチ』過去記事

  • 第1回(2021年6月8日) 輝きを失った汚職撲滅委員会
  • 第2回(2021年6月22日)注目される税制改革案
  • 第3回(2021年7月6日) ガルーダ・インドネシアの経営危機
  • 第4回(2021年7月21日)進まぬワクチン接種
  • 第5回(2021年8月3日) くすぶる大統領批判
  • 第6回(2021年8月18日)経済回復は本物なのか
  • 第7回(2021年9月7日) アフガニスタン政変の影響
  • 第8回(2021年9月21日)インドネシアでの外資は主役交代なのか
  • 第9回(2021年10月5日)アジス国会副議長の逮捕
  • 第10回(2021年10月19日)第20回国体、パプア州で開催
  • 第11回(2021年11月2日) デジタル銀行は戦国時代に
  • 第12回(2021年11月16日)高速鉄道建設は止められない
  • 第13回(2021年12月7日) 雇用創出法は違憲だが有効
  • 第14回(2021年12月21日)ニッケル製錬所の新設を停止
  • 第15回(2022年1月4日)  北ナトゥナ海は波高し
  • 第16回(2022年1月18日) 石炭輸出禁止、すぐ再開の顛末
  • 第17回(2022年2月2日)  新首都法案がスピード可決
  • 第18回(2022年2月15日) 北カリマンタン州の工業団地
  • 第19回(2022年3月1日)  鉱石採掘に係る土地紛争が急増
  • 第20回(2022年3月15日) ロシア―ウクライナ問題への微妙な反応
  • 第21回(2022年4月5日)  食用油価格高騰、大混乱の対応策
  • 第22回(2022年4月19日) 大統領3期目シナリオは消えるのか
  • 第23回(2022年5月10日) パーム油輸出を当面禁止と発表
  • 第24回(2022年5月24日) 過去最高の貿易黒字を記録
  • 第25回(2022年6月7日) インド太平洋経済枠組みへの微妙な反応
  • 第26回(2022年6月21日) 五曜のパインの水曜日に内閣改造
  • 第27回(2022年7月5日)  中央主導でパプア州から3州分立へ
  • 第28回(2022年7月19日) 暴かれたACTの不正資金問題
  • 第29回(2022年8月2日)  コロナ禍でも投資実施額は過去最高
  • 第30回(2022年8月16日) 第2四半期は追い風で5.44%成長
  • 第31回(2022年9月6日) インフレ懸念と燃料価格値上げ
  • 第32回(2022年9月20日) ビヨルカによる個人データ大量漏出
  • 第33回(2022年10月4日) 大統領は副大統領候補になれるか
  • 第34回(2022年10月18日)スタートアップ企業で解雇続出
  • 第35回(2022年11月1日) 高まる法の執行状況への不満
  • 第36回(2022年11月15日)観光客数増加も第3四半期成長を後押し
  • 第37回(2022年12月6日) 大統領支持者15万人集会の波紋
  • 第38回(2022年12月20日)政府悲願の刑法改正案が可決
  • 第39回(2023年1月10日) 雇用創出法代替政令の発布
  • 第40回(2023年1月24日) ニッケル製錬企業で暴動
  • 第41回(2023年2月7日)  再び内閣改造、ナスデム党は閣外か
  • 第42回(2023年2月21日) 計画殺人事件、動機不明のまま死刑判決
  • 第43回(2022年3月7日)  2022 年は5.31% 成長、格差解消は疑問
  • 第44回(2023年3月21日) 裁判所が総選挙延期の判決
  • 第45回(2023年4月4日)  電動バイク・電気自動車への補助金付与
  • 第46回(2023年4月18日)イスラエル問題はガンジャルの踏み絵
  • 第47回(2023年5月2日) 闘争民主党はガンジャル氏を大統領候補に指名
  • 第48回(2022年5月16日) 世界銀行がさらなる貧困削減へ提言
  • 第49回(2023年6月6日)  プラボウォ国防相の過去が問われない
  • 第50回(2023年6月20日) 根強いロシア寄りの見解

(松井和久)

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