よりどりインドネシア

2023年08月24日号 vol.148

ウォノソボライフ(66):プラナタマンサ観察記録2022~2023(後編)(神道有子)

2023年08月24日 08:06 by Matsui-Glocal
2023年08月24日 08:06 by Matsui-Glocal

前回は、毎年6月22日の夏至(※インドネシアのある南半球では冬至となりますが、便宜上ここでは日本式に夏至とよびます。12月22日は冬至とします)から始まるプラナタマンサという農事暦の概要についてお話しました。

今回は、それを踏まえ、2022年6月22日から一年間、実際にプラナタマンサを観察してみてどうだったのかの記録を見ていきたいと思います。

それに先立ち、まず観察地の詳細を確認しておきましょう。

●ウォノソボの位置と気候

観察は、主に自宅と生活圏である自宅から10 km圏内で行いました。座標でいうと、南緯7度、東経109度にあたります。ジャワ島は中部ジャワ州の、さらに真ん中あたりに位置する山岳地帯です。

標高はおよそ700~800 mであるため、気温はジャワの平均的な気温より常に何度か低い数値が出ます。そのため、毎回のマンサの気温では参考までにソロとジョグジャカルタの気温も併記します。

年間の雨量も多いほうです。雨季と乾季を語るのには本来はもっと平均的な地域で観察したほうがいいのかもしれませんが、今回はあくまでウォノソボでの現状ということでご了承ください。

●使用したアプリなど

いくつかの事象を観察するにあたり、今回は手軽にアクセスできるスマートフォン用アプリを使用しました。特に星などは天候により全く見えないこともあるので、アプリを通して表示された星を『そこにあるもの』として記録しています。あくまでアプリの情報が正確であるという前提ですが、星座は日本とは向きが違って特定も難しかったので、こうしたサポートを取り入れました。また、気温は他地域の気温も記録したかったので、温度計ではなく各地の天候を表示するアプリ内の数字でとっています。

星座早見表アプリ『Sky Tonight

アメリカのソフトウェア開発会社Vito Tecnologyが開発した天体観測用のアプリで、同社はこれまでにStar Walkなどの全世界で使われている天体観測アプリで知られています。Sky Tonightでは、GPS機能と連動して自分の現在地から見ることができる星がリアルタイムに表示されます。特にAR(拡張現実)と呼ばれる機能で、カメラで映し出された映像にその向こうの空に今現在見えるはずの星や星座の画像を重ねて見せてくれる仕様が特徴です。カメラを空にかざせば空に、また地面に向ければ今立っている地球のその向こうの宇宙にあるはずの天体が足元に見えるのです。昼間の星や地面の向こう側の星など、本来は見ることができないはずのものまで、360°くまなく知ることができ、ちょっとしたバーチャル空間を楽しむことができます。時間や空模様にも関係なく星の位置を把握できるので、肉眼の観察では難しい場面で重宝しました。

天気アプリ

天候の情報に関しては、iPhoneに最初から入っている毎日の天気を表示するアプリを使用しました。気温、湿度、日の出・日の入、天気、降水確率、その他様々な項目を見ることができます。また現在地だけではなく、指定した地域のそうした情報も見ることができるので、地域ごとの比較も容易です。

●夏至から冬至まで 第一のマンサ~第六のマンサ

それでは、まず前半となる6月22日から12月22日を見ていきます。

◆第一のマンサ

プラナタマンサ最初の月であり、カサ(Kasa)またはカルティカ(Kartika)と呼ばれます。6月22日から8月1日までの41日間の期間があり、晴れの季節(Mangsa Terang)、そして乾季(Katiga)にあたります。

このマンサでは、『太陽は東にあり、昼は暑く、夜は寒い。多くの家畜が病気になる。木々は乾いて葉が落ちる。ワルク(Walubi)の星が出ると、稲刈り後に残っていた稲の茎を焼き、畑を耕しパラウィジャ(Palawija)を植え始める』とされています。

ワルクの星とはオリオン座のことです。かつては、オリオン座が夜明けに見えるようになるとプラナタマンサの最初の月の始まりの合図とされてきました。ワルクとは、牛に牽かせて田畑を耕す棃(すき)のことです。インドネシアではオリオン座は横倒しになって見えるため、オリオンの腰の部分にあたる3つ並んだ星が棃の本体となっています。夜明けのワルクが、田畑を耕す時期を示しているようです。

パラウィジャとは、豆、トウモロコシ、芋類などの穀物のことを指します。プラナタマンサでは稲は1年に1回の収穫を前提としているため、水稲以外の時期にはこうしたパラウィジャや陸稲を植えるスケジュールとなっています。

カサのマンサを表す言い回しとして、『指輪から外れた宝石(Sotya murca ing embanan)』という言葉があります。何か足りないものがある、つまり雨が降らなくなった自然環境のことを指しています。こうしたフレーズをチャンドラ(Candra)と呼び、全てのマンサに各チャンドラがあります。端的にそのマンサがどういう季節であるのかを伝えるためのものです。

以下、カサの最初の日である2022年6月22日の状況です。

気温:ウォノソボ最高/最低気温 28℃/17℃ (ソロ33℃/22℃、ジョグジャ32℃/22℃)

雨:暦のうえでは乾季のはずだが、雨がよく降っており降水確率も60%~90%あった

星:夜明けに太陽に寄り添うようにしてオリオン座が昇ってきた。黄道上には太陽を挟んで上に牡牛座、下に双子座が控えていた。また、カサを表す星として『グマラン牛(Sapi gumarang)』という星があるが、これは牡牛座のことと考えられる。この日牡牛座は黄道上で太陽の前にあったので、日の出前の東の空に牡牛座を見ることができる。

正午の影:地面に落ちる影は北東向きであった。

現在では年中稲を植えられるため、プラナタマンサ上ではパラウィジャの作付の時期ですが、田植えがされていたり、すでに青々とした稲の葉が揺れている田んぼが見受けられました。

第二のマンサ

カロ(Karo)またはプサ(Pusa)と呼ばれる月です。8月2日から8月24日までの23日間であり、晴れの季節を過ぎた飢餓の季節(Mangsa Peceklik)、そして乾季(Mangsa Ketiga)です。

ここでは『太陽はちょうど東にあり、夜は寒い。土も冷たい。月の最後には風が吹く。いよいよ枯渇した季節であるが、カポック(棉の木)やマンゴーは花をつけ始める。パラウィジャに充分な水をやれるかどうかは灌漑にどれだけの水が貯えられているかによる』とされています。

カロを言い表すチャンドラは『ひび割れた土(Bantala rengka)』です。乾ききってバキバキとひび割れてしまう大地、とても想像しやすい枯渇した季節の象徴です。

気温:ウォノソボの最高/最低気温28℃/18℃(ソロ34℃/23℃、ジョグジャ32℃/22℃)

雨:気温はあまり先月と変わらないが、雨は確実に減って乾燥した空気になっている。

星:太陽はカニ座と重なるように伴われて昇ってくる。カロを象徴する星は『Tagih』で、これはいわゆる一番星、金星のことだと考えられる。これは夜明け前に明けの明星として東の空に見ることができた。

正午の影:南東向きに、先月よりやや短くなっていた。

比較的湿度の高いウォノソボですが、徐々に乾燥してさらさらした爽やかな空気になってきていました。

第三のマンサ

カトゥル(Katelu)またはマンガスリ(Manggasri)と呼ばれる月です。8月25日から9月17日までの24日間であり、ここから苦痛の季節(Mangsa Semplah)に入ります。また、乾季(Mangsa Ketiga)としては最後の月です。

ここでは『太陽はやや南へ傾く。昼は暑く夜は寒い。水がないため新しいものを植えることはできないが、芋が蔓を這わせ、パラウィジャが収穫され始める。』とあります。

チャンドラは『息子が父に従う(Sata manut ing Bapa)』です。これは、パラウィジャが収穫され始めて食べ物が手に入るようになったため、子供たちが親を尊敬し、いうことを聞くようになるという意味、もしくは芋類や豆などの蔓が添え木に巻きついていく様子が、親を頼り寄り添う子供のように見えるという意味などの解釈が説明されています。

気温:ウォノソボの最高/最低気温28℃/17℃(ソロ34℃/24℃、ジョグジャ32℃/22℃)

雨:ウォノソボではまだ雨が降っていたが、ジョグジャなどは降水確率0%の日が続いていた

星:太陽は獅子座と共に昇ってくる。カトゥルを象徴する星は『南十字星(Lumbung)』で、これは日没後に南西の空にあった。

正午の影:カトゥル初日当日からしばらくは正午が曇り続きで全く影を見ることができなかった。8月29日にやっと確認できた影はやはり南東向きであり、先月よりさらに短くなっていた。

先月に引き続き乾いて肌寒い時期です。田んぼには黄色くなった稲穂もよく見られました。

第四のマンサ

カパット(Kapat)、またはシトラ(Sitra)と呼ばれる月です。9月18日から10月12日までの25日間あり、引き続き苦痛の季節(Mangsa Semplah)、そしてここからは乾季から雨季への移行期(Labuh)に入ります。 

ここでは『太陽は南に向いていく。昼はそれほど暑くなく、夜も寒すぎない。風は北西から南東へ向かって吹く。少しずつ雨が降るがそれほど多くはない。農民は陸稲を植えるための準備を始める。スズメのような小鳥は巣作りをする』とされています。

チャンドラは『涙は心の中に沈む(Waspa kumembeng jroning kalbu)』、雨が降るがそれはまだ地中に吸い込まれるだけであり、地表に流れ出てくることはないという意味です。

気温:ウォノソボの最高/最低気温27℃/18℃(ソロ34℃/23℃、ジョグジャ31℃/23℃)

雨:中部ジャワは、北部は降水確率が50%以上の日々が始まったが、南部ではやや低めだった

星:太陽は獅子座と乙女座に挟まれるようにして昇る。カパットを象徴する星は『Jaran Dawuk』だが、これが何のことなのか、明らかにならなかった。jaranは馬という意味であるため、ペガサス座かケンタウロス座のことではないかと考えたが、ジャワ独自の馬を模した星座があるのかもしれない。念のため、ペガサス座は日没後に北東に、ケンタウロス座はやはり日没後に南西の方角から出てきた。

 

正午の影:南東向きに、先月よりさらに短くなって現れた。

このあたりが、毎年ちょうどモンスーンの向きが変わる時期にあたります。それまで北半球に向かっていた風が南半球へ。ジャワ島では東モンスーンから西モンスーンへと切り替わります。それとともに雨季が訪れるのです。インドネシアでは、よく「berのつく月(September、October、November、December)は雨季だ」というのを聞きますが、あながち間違っていないようです。

2022年は、例年よりもやや早く、中部ジャワ州は9月には雨期に入ったと発表されました。2022年いっぱいは激しい雨が降るから注意するようにとの警告もありました。なんだかずっと雨が降っていて、乾季がいつだったのかハッキリしないような年でした。

第五のマンサ

カリマ(Kalima)、またはマンガカラ(Manggakala)と呼ばれる月です。10月13日から11月8日までの27日間です。最後の苦痛の季節(Mangsa Semplah)であり、乾季から雨季への移行期(Labuh)です。

ここでは『太陽は南へ向く。気温はやや下がり昼はさほど暑くないが、夜になると蒸し暑い。雨の降る時期であり、洪水を起こすこともある。もし雨が少なければ風がよく吹く。風は北西から南東へ、強くときに大雨を伴って吹く。農民は水田の準備を始め、灌漑を整備する。陸稲が育ってくる。マンゴーが実り、蝿やイモムシや蛇が現れる』とされます。

チャンドラは『世界に黄金が降り注ぐ(Pancuran Emas sumawur ing jagad)』。黄金とは雨のことです。待ちに待った恵みの雨が大地に降り注ぐ、農民にとってまさに光り輝く黄金なのでしょう。

気温:ウォノソボの最高/最低気温26℃/19℃(ソロ28℃/21℃、ジョグジャ29℃/23℃)

雨:月の前半は激しい雨が続いたが、後半は快晴の日々になった。まだ雨季になりきっていない移行期であるような気まぐれさが垣間見えた。

星:太陽は乙女座と共に昇る。カリマを象徴する星は『Banyak angkrem』という星で、インターネット上にはサソリ座のことであるという意見があった。banyakはジャワ語のガチョウやハクチョウのことで、サソリ座をジャワでは卵を抱くガチョウの形として見ていたという。合っているのかわからないものの、サソリ座は日没後の南西の空に出ていた。

正午の影:なかなか正午に晴れている日がなく、10月22日にやっと確認することができた。ほぼ東向きでほぼ真下にできるとても短い影だった。

実は、影が完全に真下にできる現象はジャワではトゥンブック(tumbuk)と呼び、太陽がジャワ島のほぼ真上にくるときに起きるものです。具体的には、秋分の日に赤道に乗った太陽が南回帰線に向かう途中の10月中旬頃、そして南回帰線から再び赤道に向かい春分の日となる前の3月初旬頃に起こるとされています。ジャワ島のなかでも緯度によって多少の日にちの違いがあるのですが、本当に真上にくると、井戸の中にある水面に映る太陽を見ることができるほどだとか・・・。これはトゥンブックからだいぶズレてしまいましたが、かなり短い影を見ることができました。

トゥンブックもまた、雨季と乾季の訪れを告げる兆しとされていました。秋分の後に起こる10月のトゥンブックは雨季の、そして春分の前に起こる3月のトゥンブックはそろそろ雨季が終わって乾季に移り変わっていく印なのだとか。なるほど太陽の動きでモンスーンが起こって雨季乾季が決まる以上、こうした影によってもそうした季節を読み取れるのですね。

第六のマンサ

カヌム(Kanem)、またはナジャ(Naja)と呼ばれる月です。11月9日から12月21日までの43日間であり、ここと次のマンサは雨の季節(Mangsa Udan)です。また最後の雨季から乾季への移行期でもあります。

ここでは『太陽は完全に南に向く。日中もやや涼しい。雨季となり、ラロン(羽蟻)が出現する。風は西から東へ強く吹く。雨は雷を伴った激しいものに。果物の季節となり、ドリアンやランブータンなどが穫れる。田に充分な水を得られるようになったので、稲の苗作りを始める』とされます。

チャンドラは『良い行いにより幸せを得る(Rasa mulya kasucian)』、恵みの雨、次々となる果物、ここから豊穣へ向かうという季節で幸福にあふれています。

気温:ウォノソボの最高/最低気温28℃/19℃(ソロ32℃/23℃、ジョグジャ31℃/23℃)

雨:連日の激しい雷雨。雨季らしい雨。午後の降水確率は90%~100%になる。

星:太陽は乙女座に伴われて昇る。カヌムの星は『Gotong mayat』。直訳すると遺体運びという意味だが、ジャワ文化のなかではこれは三姉妹を表すフレーズである。ジャワでは、怪物の捕食対象となってしまうという子供の兄弟姉妹構成がある。子供が3人で全員が女の子(三姉妹)というのもその条件の一つで、これをgotong mayitと呼ぶ。どうやら3つ直線に並んだ星をgotong mayitというらしい。サソリ座をガチョウに見立てていると上記で説明したが、gotong mayitもそのサソリ座の一部か、サソリ座近くにある星のことらしい。どの星かはっきりしなかったが、サソリ座は日没後に西の空に見えた。

正午の影:11月18日にやっと確認できた。東向きの影で、先月のものよりは長いが短めの影であった。

雨季になり、日中は大体午後から雨となるため先月に引き続きあまり最高気温が上がらなくなりました。日の出の時刻もだいぶ早まり、第一のマンサの頃は5時半頃だったものが、この頃には5時前にはもう明るくなっています。ウォノソボでは、ドリアンはこの月よりもう少し早く10月初旬には始まっていました。ラロンは雨の夜には地面から出てきて明かりという明かりに集まってきます。今も昔も雨季の風物詩なのですね。

(以下に続く)

  • 冬至から夏至まで 第七のマンサ〜第十二のマンサ
  • プラナタマンサは現代で使えるか
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