よりどりインドネシア

2022年06月09日号 vol.119

ラサ・サヤン(31)~アリサン!~(石川礼子)

2022年06月09日 19:07 by Matsui-Glocal
2022年06月09日 19:07 by Matsui-Glocal

●『アリサン』って何?

インドネシアに住まわれた経験がある方なら、『アリサン』は、一度は聞いたことがある言葉ではないでしょうか。もしかしたら、ご自身も何らかの『アリサン』グループに属されていらっしゃったかもしれません。

『アリサン』は、インドネシアの地域社会、とくに女性の間で行われる行事です。気の合う仲間で『アリサン・グループ』を作り、月に一度集まって、メンバーの生活レベルに合った一定額のお金を出し合い、抽選でその全額がもらえる当選者を決めます。当選者は必ず一巡することになっているので、全員が早かれ遅かれ貰える公平なシステムです。

一度に大金が入ることから、その資金を旅行や、大きな買い物に当てたりすることができます。メンバーのなかで、急な資金が必要な人に対しては、特例として貰う順番を変えたり、借金したりすることも可能です。

“たとえば、15人のグループの場合、一人50万ルピア(約4,500円)ずつ出せば、抽選で当たった人 ―当然、自分が出した50万ルピアも含まれている訳ですが― には750万ルピア(約67,500円)が手に入ることになります。しかし、15人が一巡するまでは、すでに当たった人の名前は削られていくため、15ヵ月目には最後の一人が自動的に750万ルピアを得ることになります。ある意味、投資ともいえますが、金額的には損することも、また得することもありません。一度にまとまったお金が貰える順番が必ず来るのが『アリサン』の特徴です。通常、幹事も持ち回りで、幹事になった人が店やメニューの手配から席順、そして司会進行を担当します。

『アリサン』は、インドネシアの文化の一つと言えますが、他諸国にも似たような慣習があるようです。たとえば、日本では「頼母講」、南米では“Tandas”、西アフリカでは“Susu”、フィリピンでは“Paluwagan”など、インドネシア以外の国でも「相互扶助」の目的から発生した慣習があるようです。

しかし、現代、とくに都市部における『アリサン』は、資金のためというより、普段気軽に会えない人たちとの懇親が目的であり、食事やお茶をしながら、お喋りを楽しむのが、コース料理に例えると「メインコース」と言えます。資金集めはあくまでも「デザート」であり、甘くて美味しい「デザート」を付随させることで、全員参加を奨励するのです。

最近では、様々な形の『アリサン』があるようですが、娯楽の一つになっていると言っても過言ではないと思います。

その『アリサン』に関する興味深い記事が、2022年2月9日付のThe Jakarta Postに掲載されていましたので、翻訳(一部意訳、追記あり)してみました。

●インドネシアのアイコン:『アリサン』集まりの伝統

(2022年2月9日付のThe Jakarta PostのFeatures欄より抜粋)

何十年にもわたる伝統行事から、現代の携帯アプリに至るまで、『アリサン』は社会慣習であり、経済支援であり、楽しい集会であり、またそれ以上のものです。

昨今、ブロックチェーン(ブロックチェーンは情報を記録するデータベース技術の一種で、仮想通貨の1つであるビットコインを実現するための技術として開発された)や、株式・株が投資家層を超えたホットトピックとなっており、インドネシア人の若者は仮想通貨の世界に足を踏み入れています。しかし、これら多くのデジタル・ミューチュアルファンドがトレンドの中において、数十年前から続く『アリサン』は今も生き残っています。

「1982年来、友達とアリサンをやっているのよ」と、バンドン出身、72歳のティエンさんは言います。各々お金を出し合い、友人や親戚など、信頼のおける仲間と抽選で資金を廻していく懇親会です。この慣習は、村落から都市部に至るまで、インドネシアの社会に長い間存在してきました。インドネシアの著名な映画製作者であるニア・ディナタ(Nia Dinata)とジョコ・アンワル(Joko Anwar)による2003年公開の映画“Arisan!” は、大衆文化を描いた名作です。この映画では、社交界に精通した裕福な中年女性たちが『アリサン』に参加します。そして、『アリサン』はゴシップの場でもあることを紹介しています。しかし、実際の『アリサン』は、富裕層だけのものではなく、それ以外の人々の経済を助けるものでもあります。

前述のティエンさんの『アリサン』友達は、ティエンさんが生まれ育った地元の小学校の同級生たちです。1982年、ティエンさんが32歳の時に「私たちの友情の絆をこの先も無くさないよう、アリサンを始めようと思ったの」と、彼女は話します。今日までほぼ半世紀、ティエンさんたちの行事は続いています。ティエンさんと彼女の友達は、それぞれの孫を『アリサン』に連れて来ることもあります。

「お互いの家族の親交は良いものですよ。先日、うちの6歳の孫は、私の友達の旦那さんに飴を戴いたお礼の電話をしたんです」とティエンさんは話します。『アリサン』を通して培われる永い友情は、ティエンさんが大切にしているものです。「私たちの子供たちがまだ幼稚園児の頃から、私たちがまだ若くてヒジャブを被る前から続いているから、私たちはすでに姉妹のようなの」と彼女は笑います。何年にもわたって、彼らが貯めた『アリサン』の資金は、ティエンさんと友達の海外旅行の夢さえ実現させました。

40年続くティエンさんと友達の『アリサン』。(出所) https://www.thejakartapost.com/culture/2022/02/08/indonesian-icons-the-get-together-tradition-of-arisan.html

2003年公開の映画“Arisan!”。(出所) https://en.wikipedia.org/wiki/Arisan

『アリサン』の抽選は決して厳格なものではありません。『アリサン』メンバーの誰かの経済状況が困難な時には、その人を助けるために、故意的にその人に当たるようにします。「それは、もう暗黙の了解です」と、ティエンさんは緊急時の『アリサン』の資金の割当てについて語りました。『アリサン』友達のうち、3人の伴侶はすでに亡くなっており、それぞれが必要な時に『アリサン』資金の支援を受けています。彼らが毎月支払う一定額の資金も、経済的に苦しいメンバーの首を更に締め上げるようなことはありません。「メンバーの一人に経済的余裕が無い場合、定額の半分、または払える範囲の金額を支払い、残りのメンバーも同額を支払うの。私たちに強制という言葉は無いのよ」と彼女は話しました。

様々な国に『アリサン』に似たシステムがあります。ラテンアメリカの“Tandas”、パキスタンの“Kameti”、東アジアや東南アジアの中国コミュニティの“Hui”などです。歴史研究家のアンディ・アフディアン氏は「インドネシアでは、農耕文化のゴトンロヨン(相互扶助)をコンセプトして、アリサンは生まれた」と、説明します。東ジャワにおける『アリサン』の長い歴史を研究しているアンディ氏は、『アリサン』の初期形態は、村人が収穫物を共同納屋に蓄えることであったと説明します。今、私たちが知る現代版『アリサン』は、19世紀のオランダ領東インド時代の都市部で見られるようになりました。「村人たちは生き残ろうと、都会に出て工場労働者やメイドなどになりました。彼らは互いに協力して、家族が亡くなった時や、まとまったお金が必要な場合に、お互いを助けるメカニズムを考えたのです。アリサンは、当時の都市部で暮らす貧しい人々のための一種のセーフティネットになったのです」

その後、『アリサン』は人々を政治勢力として形作るうえで、非常に大きな役割を果たしました。「アリサン形式は、反植民地運動において、人々を組織化するための基礎として使用されました。人々を組織化するという点で、活動家の何人かは当時、アリサンを一種の慣習とさせ、それが政治組織のなかでより大きなものに発展していったのです」と、アンディ氏は説明します。「当時、集団意識は、都市部の労働者、農民、貧困層によって発生しました。そして、それを起こす最も効果的な方法がアリサンだったのです」

世代を超えて今、『アリサン』は良くも悪くも、新たな息吹を得ています。面識のない人たちがメンバーとなるオンライン・アリサンが現在、インターネット上に登場しています。しかし、このオンライン・アリサンに関わる横領事件が多発しています。その一例として、先週、カリマンタンに住む32歳の女性が約2.5億ルピア(約17,500米ドル)をオンライン・アリサンから横領するという事件がありました。「オンライン・アリサンでは、コミュニティを構築するという本来の原則や、社会的な集まりを通じた集合性は存在しません。したがい、一般のアリサンとは異なるものです」と、アンディ氏は話します。

「私のアリサン・メンバーは、従兄弟・従姉妹(いとこ)なの。男性も女性も全員が参加するのよ」と、タンゲランに住む54歳のインダさんは話します。この大きなアリサン家族は、彼女と彼女のいとこの子供たちがお互いを知り、一緒に遊ぶことを可能にしました。インダさんの26歳の娘は、同年齢の再従兄弟姉妹(はとこ)たちと一緒に、別の『アリサン』グループを作っています。

「私は、大学時代の友達と、2018年にアリサン・グループを結成したわ」と、ティアさんは話します。「私たちは皆忙しくて、月に1度でも数人しか来られないので、最近では良くオンラインでアリサンをしているの。その代わり、時々パーティーを開いて皆と会うのよ」と彼女は付け加えました。なぜ今流行りの、利益志向の投資よりも『アリサン』を好むのか、その理由を尋ねられて、彼女は『アリサン』の親密な関係が大好きだと答えました。「基本的に、アリサンはある種の幸福感をもたらすのよ」と彼女は言います。「多くの人が考えるように、アリサンは古くも時代外れでも無いと思うわ」

著者:Radhiyya Indra (The Jakarta Post)

(以下に続く)

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