よりどりインドネシア

2022年01月08日号 vol.109

続・インドネシア政経ウォッチ再掲 ~第1~6回(2021年6~8月)~(松井和久)【無料全文公開】

2022年01月08日 23:26 by Matsui-Glocal
2022年01月08日 23:26 by Matsui-Glocal

筆者(松井和久)は、2021年6月より、NNA ASIAのインドネシア版に月2回(第1・3火曜日)に『続・インドネシア政経ウォッチ』を連載中です。800字程度の短い読み物として執筆しています。NNA ASIAは法人契約が主で、個人で契約するには高額なので、なかなか一般の方々に読んでいただけないのが悩みの種です。

そこで、折に触れて、『よりどりインドネシア』にも転載してみることにします。NNAとの契約では、掲載後1ヵ月以降に転載可能となっています。すでに読まれた方もいらっしゃるかと思いますが、過去記事のインデックスとしても使えるかと思いますので、ご活用ください。

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『NNA ASIA: 2021年6月8日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第1回

輝きを失った汚職撲滅委員会

2002 年の設立以来、汚職摘発に辣腕(らつわん)を振るってきた汚職撲滅委員会(KPK)は今やその輝きを失った。

大統領直属機関としての特権で盗聴やおとり捜査などを駆使し、憲法裁判所長官、大臣、州知事ら大物を次々に現行犯逮捕したKPKは、国民多数から圧倒的な支持と信頼を得てきた。

そんなKPKに対峙(たいじ)したのは国家警察だった。メディアはそれをトカゲ(KPK)とワニ(警察)の戦いと評した。本来なら一緒に汚職撲滅を目指すはずの警察。KPKにも警察出身の捜査官が少なからずいる。それなのに、なぜ警察はKPKを目の敵としたのか。

話は2015 年にさかのぼる。次期国家警察長官の人事でブディ・グナワン副長官の就任が有力視され、国会承認も得ていた。しかし、彼をKPKが汚職容疑で捜査した影響で就任はかなわなかった。KPKは警察による身分証明書電子化事業の大規模な汚職捜査を今も継続中だ。 

尊大なKPKに危機感を覚えた政治家は、国会で19年に汚職撲滅委員会法を改正し、KPKへの監視機関を設けるとともに、独立を旨としたKPK職員を国家公務員化させた。併せて警察出身の幹部や捜査官が増えて、事実上、警察がKPKを乗っ取るような形になった。

かつてKPKに汚職容疑で捜査され、長官になれなかったブディは、闘争民主党のメガワティ党首の大統領時代の副官であり、今は諜報(ちょうほう)を司る国家情報庁(BIN)長官という要職にある。

6月1日、1,271 人のKPK役職員が国家公務員に任命された一方、国家忠誠意識調査に落ちた75 人のうち51 人が罷免され、残りは指導付き要観察となった。罷免された51 人のなかには、数々の汚職摘発で有名な敏腕捜査官が多数含まれる。審査にはBINも関わっていた。

外部に漏れ伝わった国家忠誠意識審査の試問内容は驚きだった。「コーランとパンチャシラ(建国五原則)のどちらを選ぶか」「ポルノ映画を見るのは好きか」「恋人はいるか」など倫理上問題となりそうな内容もあった。通常の公務員試験とは違うとの指摘もある。

汚職と戦った敏腕捜査官ら51 人が排除され、残った役職員は牙を抜かれて国家公務員となり、KPKは完全に弱体化した。ワニがトカゲに勝ったのだ。

 

NNA ASIA: 2021年6月22日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第2回

注目される税制改革案

6月に入って世論をにぎわせているのが、租税法(法律1983 年第6号)の第5次改正案である。この税制改革案は政府発表前にリークされ、国民の不安を高めた。

2021 年国家予算では、新型コロナ対策で財政赤字を対国内総生産(GDP)比5.7%まで許容するが、23年には3%へ戻す。厳しい財政状況が続くなか、国家歳入の82.8%を占める税収増の必要性が一段と高まっている。その施策としては、富裕層向け所得税率の引き上げと付加価値税の課税対象拡充が主となる。

所得税では、最高税率を30%から35%に引き上げる。対象は年間所得50 億ルピア以上の富裕層である。富裕層人口は今後5年で41%増加するとの試算もあり、国内の貧富格差はますます拡大する。ただ、所得税の最高税率35%は、中国の45%、インドの42.7%よりも低い。政府は富裕層向けの所得税率を引き上げる一方、投資促進のため、法人税率は現在の22%から22 年には20%へ引き下げる。

付加価値税では、生活必需食料品が免税でなくなる。これらにはコメ、トウモロコシ、サゴやしでんぷん、大豆、食塩、肉、卵、牛乳、果物、野菜、芋類などが含まれる。また新たに教育や医療が課税対象となる。付加価値税の税率は現在の10%から12%へ引き上げる。貧困線算定条件の73%を占める生活必需食料品などに付加価値税が課税されれば、コロナ禍でただでさえ苦しい国民生活は一層苦しくなり、消費は冷える。これが国民の不安を高めた原因である。

これに対して政府は、税制改革案が正しく伝えられていないと憤慨する。政府によると、付加価値税の税率は単一税率から複数税率へ変更され、12%を基本としつつも、物により5~25%と幅を持たせる。同じ肉でも和牛への税率は高く、一般肉へは低くする。免税から課税対象となっても税率ゼロの場合もある。教育や医療でも、富裕層向けサービスのみに課税する。

コロナ収束後の実施を念頭に、税制改革案は今後、国会で議論される。税収増につながるか、付加価値税の税率設定で恣意(しい)性を排除できるか、政治の影響も含め、注視する必要がある。

 

『NNA ASIA: 2021年7月6日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第3回

ガルーダ・インドネシアの経営危機

新型コロナ禍で国営企業は厳しい経営難に直面している。国営企業省によると、2020 年の国営企業の収益は前年の124 兆ルピアからわずか28 兆ルピアへ激減した。部門別では石油ガス・エネルギーの減少が激しく、インフラ・建設、観光、金融、通信、鉱業、物流が続いた。他方、保健、保険・年金、食糧、農園は収益増となった。エリック・トヒル国営企業相は「国営企業の10%しか生き残れない」と発言、セクターごとに持ち株会社を設けて経営を効率化し、国営企業数を現在の143 社から40 社程度に減少させる計画である。

ほとんどの国営企業が膨大な負債を抱えているが、メディアでは、特に航空会社ガルーダ・インドネシアの経営危機が注目された。6月21 日の国会での同社社長証言によると、20 年末での連結最終損益が20 億ドルの赤字となり、負債総額は70 兆ルピアで債務超過状態となっている。ガルーダ・インドネシアの株価は下がり続け、6月25 日に222 ルピアまで下がって取引停止となった。

ガルーダ・インドネシア救済のシナリオとして、国営企業省は5月時点で、継続的な資金注入、倒産回避のための再建・リストラ、新航空会社設立、民間航空会社への移譲の4案を提示した。その後の検討を経て、現時点では第2案の再建・リストラが選択された。

国営企業省は「再建迅速化チーム」を立ち上げ、国営銀行3行等を通じた短期債務の返済猶予・長期債務への転換を進める。ガルーダ・インドネシアは債権者との間で返済猶予の協議を行い、270 日以内の合意を目指す。同時に、リース期間終了前返却などで所有機材数を142 機から66 機へ削減、約5,700 人対象の早期退職募集、路線数を111 から73 へ削減などコスト削減に努める。しかし、これで再建策は十分なのだろうか。企業統治の透明化にも不安が残る。

余談だが、ガルーダ・インドネシアは、スカイトラックスの「コロナ禍における航空会社安全評価」で、東南アジアの航空会社で初めて全日空や日本航空と並ぶ5つ星を獲得した。この評価は少しでも再建にプラスとなるのかどうか。

 

『NNA ASIA: 2021年7月21日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第4回

進まぬワクチン接種

恐れていた事態が発生してしまった。新型コロナウイルス感染症は、ジャカルタなどジャワ島を中心に急激な勢いで広まった。1日当たり新規感染者数が5万人を超え、7月14 日時点でブラジルやインドを抜き世界最多となった。感染はジャワ島から全国各地へ拡散しつつある。

インドネシア大学公衆衛生学部と国立エイクマン研究所による血清学標本調査の推計では、6月末時点でジャカルタの人口の49.2%、520 万人が感染者であり、政府発表の67 万人との乖離(かいり)が大きい。推計数字が正しければ、集団免疫による感染抑制へ向かうはずだが、現実はそうでない。専門家によると、感染収束は早くて2022 年半ば、状況次第ではパンデミック(流行)からエンデミック(常在状態)になるとの見方もある。

感染抑制の決め手はワクチン接種だが、難航している。政府は、シノバック製による通常接種とシノファーム製の職域接種の2本立てで接種加速化を図るが、職域接種が進まない。職域接種はインドネシア商工会議所に接種希望を登録した企業の従業員1,500 万人が対象だが、7月6日時点で実施済みはわずか28 万1,600 回分である。職域接種では、1人2回で87 万9,140 ルピアという公定のワクチン購入・接種費用を企業が負担しなければならない。

政府は、職域接種で余るワクチンを使って国営キミア・ファルマで7月12 日から有料接種するとしたが、準備不足を理由にすぐ撤回し、中止となった。昨年12月16 日にジョコ・ウィドド大統領が「ワクチン接種は政府が負担」と断言したことが職域接種の遅滞と有料接種への反発を招いた。

政府は、医療従事者への3回目ワクチン接種としてモデルナ製の調達を開始した。2~5月にシノバック製2回接種済みの医療従事者が10 人死亡し、感染拡大でシノバック製の有効性への不信感が増している。日本政府も、在留邦人14 人死亡の報道などを受けて希望者帰国へ向けての便宜を図るとともに、羽田・成田でファイザー製ワクチン接種を8月1日から開始する。状況は予断を許さず、厳重なリスク対策を進める必要がある。

 

『NNA ASIA: 2021年8月3日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第5回

くすぶる大統領批判

デルタ株による急激な新型コロナ感染拡大を受け、インドネシア政府は社会活動制限(PPKM)の期限を当初の7月25 日から8月9日まで延長した。1週間の新規感染者数が10 万人当たり150 人以上の県・市にはレベル4が適用され、授業や不要不急活動は在宅、飲食はテークアウトのみ、宗教施設での集合礼拝禁止などの措置が採られる。ジャカルタや西ジャワの感染は落ち着き始めたが、中・東ジャワ、バリはまだ増加、ジャワ島以外の外島へ感染が拡大している。1日当たり死亡者数も7月27 日に初めて2,000 人を超えた。

長引くコロナ禍でPPKMが再々延長されるなか、学生などから大統領批判が出てきた。6月末、インドネシア大学学生評議会(BEM―UI)が「ジョコウィはリップサービスの王様」という風刺画を会員制交流サイト(SNS)に投稿する事件があった。大学側はすぐに評議会幹部を呼び出して厳重に注意し、退学処分の可能性も示唆した。これに対してジョコ・ウィドド大統領は、民主主義下での批判精神の表れであるとし、大学には学生への制裁を行うなと命じ、学生には礼儀を重んじた節度ある意見表明を促した。

大統領のソフトな対応とは裏腹に、政府は大統領批判へ敏感に反応した。新型コロナ対策への批判に乗じて、反政府勢力が学生らの動きを利用することを警戒したからである。実際、何者かがSNSで7月24 日に「ジョコウィ・エンドゲーム」と題するPPKM適用拒否の全国行動を呼びかけていた。警察は先んじて7月23 日に容疑者6人を逮捕した。

それだけではない。大統領支持者グループがSNS上でデモ賛同者を特定し、個人情報をバラまいて犯罪者のように制裁した。また、バンドンの私立大学では、学生評議会が反政府デモを呼びかけたとする偽情報が流された。大統領批判を警戒する政権側によるマッチポンプの可能性も否定できない。いずれにせよ、こうしてSNS上では大統領批判をしにくい雰囲気が高まった。

新型コロナ対策の失敗は大統領批判に直結しやすい。政府が治安秩序維持に神経質になるゆえんである。

 

『NNA ASIA: 2021年8月18日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第6回

経済回復は本物なのか

8月5日、中央統計局(BPS)は2021 年第2四半期の国内総生産(GDP)成長率が7.07%、上半期の成長率が3.10%だったと発表した。7.07%は近年まれにみる高成長であり、新型コロナ禍による経済停滞からの力強い回復を印象づける数字となった。はたして、これは本物なのだろうか。

1年前の20 年第2四半期のGDP成長率はマイナス5.32%とどん底へ落ち、それ以降、21 年第1四半期までマイナス成長が続いた。実質GDP(2010 年不変価格=基準年)で見ると、21 年第2四半期の2,772 兆8,000 億ルピアはようやく19 年第4四半期のレベルに戻った。セクター別で高成長率を記録したのは運輸・倉庫(25.10%)とホテル・レストラン(21.58%)だが、両セクターとも実質GDPではまだ19 年第4四半期のレベルに戻っていない。

高成長を支えた産業セクターは、安定成長の農林水産業とともに、マイナス成長から復活の気配を見せる鉱業、そしてサブセクターの構造変化がみられる製造業である。鉱業で成長が顕著だったのは石炭と金属鉱石だった。製造業では、輸送機器(自動車・二輪車)の45.7%を筆頭に卑金属、機械、ゴム・プラスチック、化学・薬品などが高成長を記録した半面、繊維、木製品、製紙はマイナス成長だった。家具を除き、かつての稼ぎ頭だった労働集約型製造業の低迷が続く。

支出別GDPでみると、久々に民間消費が5.93%、総固定資本形成が7.54%と力強いプラス成長となった。それらを上回る30%以上の成長を記録したのが輸出・輸入である。20 年5月を底として、それ以降は着実に増加、貿易収支も黒字基調を続けている。地域別ではマルク・パプア(8.75%)やスラウェシ(8.51%)などインドネシア東部地域が高成長を記録し、ジャワが7.88%と力強い成長で支える。低成長の続いたカリマンタンも6.28%と復活した。

金属鉱石、卑金属、輸出・輸入、マルク、スラウェシという今回の高成長要素を並べると、政府の重視するニッケル製錬の影響がうかがえる。電気自動車(EV)用リチウム電池生産がそれに続く。産業構造変化を伴えば、もしかすると経済回復は本物になっていくかもしれない。

(松井和久)

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