よりどりインドネシア

2022年01月08日号 vol.109

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第33信:2021年最大の問題作 De Oostの衝撃 ~オランダから見たインドネシア独立革命戦争の「真実」~(轟英明)

2022年01月08日 23:24 by Matsui-Glocal
2022年01月08日 23:24 by Matsui-Glocal

横山裕一様

新年明けましておめでとうございます。本年2022年もよろしくお願いいたします。

前回原稿を仕上げてからさらに1ヵ月ほど日本に滞在し、インドネシアに再入国したのはクリスマスイブの12月24日、その後10日間のホテル隔離を経て、2ヵ月ぶりにチカランの自宅へ戻ってきました。

これほど自宅を離れたのは何年かぶりで、不在だったのはほんの短い期間ではありましたが、家に入った瞬間は何とも言えない奇妙な感覚を覚えました。自分の家なのに、はてこんなに狭かったか、あるいは広かったか、という、空間を把握する感覚が微妙に狂ったような錯覚。おそらくホテルの一室という閉鎖空間に10日間も滞在していたためなのでしょう。幸いオミクロン株とは今のところ無縁です。私も横山さん同様、日本で2回ワクチン接種を受けてきたので、今はこの状態がずっと持続して欲しいなあと願うほかありません。

横山さんが日本滞在中に観られたという『くじらびと』、私の知り合いや友人の間でも話題になっており、是非とも劇場で観たかったのですが、残念ながら滞在期間中は都合がつかず見逃してしまいました。いわゆる自然系辺境系ドキュメンタリーの中でも、同作ほど長期間取材したものはなかなかなく、また石川梵監督が語っているように、狩る方の人間側の視点だけでなく、狩られる鯨の視点も最新技術を駆使して取り入れたことは画期的と呼ぶほかありません。文字通りの本格派記録映画であり、かつ教育的側面も非常に強いことから、こうした作品こそ、第25信で言及したタマン・ミニ・インドネシア・インダー内のIMAX劇場Keong Emasで常時上映して欲しいものです。

紹介されたもうひとつの日本映画『神様はバリにいる』も私は未見ですが、どうもあらすじだけ聞くと、実話をベースにしているからバリを舞台にしているものの、別にバリでなくても物語は成立するようにも思えます。ある種の文明批判もののようでもあるので、舞台となったバリ島とバリ人の描写がどのようなものか、注意深く確認してから別途論じさせてください。

さて、今回は1980年代インドネシア映画黄金時代の怪奇映画を何作か取り上げ、「ガドガド・ホラー」1.0がどのように現在の2.0にバージョンアップしていったのか、解き明かすつもりでした。が、2021年の年末に至り、インドネシア独立革命戦争を宗主国オランダ側の視点で描いた『東』(De Oost)の紹介を忘れていたことに気づきました。

2021年にそれほど多くの映画を観たわけではなかったものの、それらのなかでもダントツの問題作、是非とも『よりどりインドネシア』の読者に紹介すべきと確信させる衝撃作でしたので、すでに新年2022年になってしまったものの、急遽予定を変更し、今回は同作を論じたいと思います。

なお、第31信で私が取り上げた『悪魔の奴隷』2017年新版の解釈について、横山さんは前回第32信で明確に私の解釈を否定されました。私自身、だいぶ筆が滑ったと認めることはやぶさかではなく、痛いところを突かれたと思いましたが、一方で、再反論の余地を許す程度には『悪魔の奴隷』新版にはまだ謎が多々残されていることも事実です。これについては『東』を論じた後で、前回とは違う角度から再反論を試みたいと思います。いつもと違う順番となりますが、ご了承ください。

オランダ映画『東』(De Oost)2021年公開。インドネシアでは動画配信サービスMOLAで配信中。オランダや米国ではAmazon Prime Videoで鑑賞可。日本での配信は未確認。

さて、オランダ映画『東』についてです。問題作であり衝撃作と先述しましたが、その理由を述べる前にまずはあらすじ紹介から。

霧の中をゆく船上で重苦しい表情の主人公ヨハン。周りはみな東インド(インドネシア)での戦闘に参加した帰還兵たちだが、彼らはインドネシア独立を支持すると思しき民間人のボートから罵声と赤ペンキを浴びせられる。呆然とするヨハンは、インドネシアでの出来事をその上陸時に遡って回想し始める・・・。

https://www.youtube.com/watch?v=MabbAe4x0hc、『東』冒頭部分。

スマランの港で下船するヨハン。同世代のオランダ人たちと自己紹介しながら登録を終えたヨハンたちは、その夜オリエンテーションに参加。その場で将校は新兵たちにこう語りかける。

「アメリカ軍のおかげで、日本のナチ野郎は敗北した。しかしこの地に平和はもたらされたか?ノーだ。日本の毒はこの美しい植民地に既に広がってしまった。そして同じ毒が日本の傀儡スカルノの精神にも注がれている。そう、スカルノだ、この卑怯者のテロリストは日本占領下の恐ろしい年月から解放された東インドを緊張させ、ゴロツキどもを各地に送って殺人、略奪、レイプとやりたい放題だ。しかし、この恥辱は君達の到着でもうおしまいだ!」

インドネシア人にしてみれば噴飯もののスピーチですが、当時のオランダ人とオランダ軍の認識を正確に表現している台詞ですので、あえて訳出してみました。以後、あくまでもオランダ側の視点で最後まで物語が進むのが本作の特徴です。

『東』の一場面。行軍中のヨハンたち。ムーイ・インディと呼ばれた麗しの東インドの風景画を思わせる構図。

兵舎に到着したヨハンたちは、その後、治安維持活動として村々や農園を巡回。行軍中は仲間たちと猥談で盛り上がり、休暇では街へ繰り出して酒を飲み、バリ舞踊を鑑賞し、娼婦を買う日々。しかし、時として「敵」の残虐行為に嘔吐し、見えない「敵」から突然の銃撃を受け戦友を失います。やがてヨハンは自分が何のために東インドに来たのか、他人には明かせない動機と向き合うことになります。どうすれば自分の「罪」から逃れ、「汚名」を晴らすことができるのか?

そんなある日、街中での日本軍兵士との諍いにおいて断固たる態度を日本兵に示し、鮮烈な印象を残したオランダ人将校レイモンド・ウェスターリングが、捕虜尋問のために兵舎にやってきます。官僚的な他の将校と違い、峻厳な態度で敵に臨み、拷問にも夜間の襲撃にも全くためらいを見せないウェスターリングのカリスマ性に徐々に魅せられていくヨハン。彼の強さこそが自分を救ってくれる、彼こそが自分を正しい道へ導いてくれるメンターではないのか?

https://www.youtube.com/watch?v=BBAFoe1zieM、『東』前半部。鈴木伸幸さん演じる日本軍兵士と対峙するヨハン、そしてウェスターリング。

そして、軍や政府のトップから密命を受け、特殊部隊を編成したウェスターリングは、東インドの地に「平和」をもたらすためにスラウェシの村落部へ赴きます。彼に心酔し付き従うヨハンがそこで何を見聞し体験することになるのか、そして最終的に彼は自分の「罪」にどう向き合い、償うのか?

『東』の中盤、ヨハンがウェスターリングから「洗礼」を受ける場面。ヨハンは幾度も自分の「罪」と「汚名」を洗い流そうと試みるが・・・。

以上、後半部のあらすじ紹介は未見の方のためにあえて詳細を伏せました。ただ、何も予備知識なしで観る人にはかなりショッキングな場面が最後まで続くことは申し添えておきます。十分暴力的でシリアスな作品であるため、鑑賞後に気分が落ち込む人がいることは確実でしょうし、このような作品を観ることを拒絶した女性を私は個人的に二人ほど知っています。

(⇒しかし、だからこそと言うべきか、・・・)

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