こちら、コロナ禍でのマスク使用を推奨するポスターです。
「Nyong Wis Maskeran, Deke Wis Hurung???」
「僕はもうマスクをしてるけど、君はどう?」という意味になります。ジャワ語ですが、このあたりの人が見たらちょっとクスッとなる言い回し。ジャワ語の中でも、内陸部の一部で使われる方言で書かれているのです。
多民族国家と言われるインドネシアは、共通語のインドネシア語以外に多数の地方語を抱えています。民族ごとにそれぞれの地方語を持つとされ、人口トップであるジャワ人の話すジャワ語が最大数の話者を持つ言語です。
しかし、ひとくちにジャワ語といっても、そのなかには様々なバリエーションを内包しており、全ての地域で同じ言葉を使っているわけではありません。
インドネシア語とジャワ語が混在する生活のなかで、現代ジャワ人がジャワ語、また方言とどのように向き合っているのか、ひとつの地域の例として考えてみたいと思います。
●ジャワ語、それは深く広い沼
ジャワ語とは、主にジャワ島中部・東部で話されている言語です。ジャワ島以外にもスマトラ島南部や南米スリナムなど、ジャワ移民が多く住みついていった地域でも使われており、話者数は約6800万人(2010年)にのぼります。
その歴史は1000年以上と長く、遺跡などから出土する石碑には古代ジャワ語が用いられている様子が見られます。古代ジャワ語からはカウィ語という文学に特化した言語が生まれ、多くの文学作品に使われました。しかしこちらは19世紀の時点で王侯貴族のなかでも理解できる人は稀少となっていたとあります。
ジャワ語を表記するための独自の文字も持ち、近代まで様々な記述に使われていました。
インドネシアでは学校教育において、インドネシア語以外に各地方の言語も習います。ジャワ文字も授業では取り上げますが、日常的にはほとんど使われていません。『ジャワ文化』や『伝統』などを強調したいときなどに敢えてジャワ文字の表記を使うようです。
ジャワ語で最も特徴的なのは、その複雑な敬語体系。外国人学習者のハードルを上げているのもこの部分でしょう。ざっくりと、口語体に近いNgokoと丁寧なkramaに分けられますが、さらにkramaも何種類かに分類され、『丁寧さの階級』がいくつも存在します。
日本語にも「食べる」を意味する言葉は「食う」「いただく」「召し上がる」などいくつかありますが、ジャワ語では10弱の単語があります。最上級の丁寧さのもの、近しい目上の人に使うもの、同年代の友人や家族に対するもの、動物に対して使うもの・・・などなど、全てニュアンスが違うのです。相手と自分との関係によりこれらを使い分けねばなりません。
全てにおいてこんな調子なので、当然単語数は膨大になります。名詞も、『鶏』と『ひよこ』、『猪』と『うり坊』のような、成体と幼体の呼び分けがほとんどの動物や昆虫に対してあります。植物では、たとえば、日本語の『梅』なら木も花も実も『梅』という名前で表せるのに対し、砂糖椰子(Aren)の木はRuyung、花はDangu、葉はDliring、実はKolang-kaling、といった感じで、部位ごとに別々の名前がついているのです。そんなに繊細な呼び分けがどうして必要だったのか、その背景に思いを馳せれば興味深いのですが、ジャワ語学習者にとっては難関でもあります。
(以下に続く)
- 母語としてのジャワ語
- 表に出にくい方言
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