よりどりインドネシア

2023年07月23日号 vol.146

ウォノソボライフ(65):プラナタ・マンサ観察記録2022~2023(前編)(神道有子)

2023年07月23日 23:03 by Matsui-Glocal
2023年07月23日 23:03 by Matsui-Glocal

6月中旬。インドネシアでは学年末となり全てのカリキュラムが修了、もしくは卒業のシーズンです。今年もあちこちの建物で着飾った学生たちの卒業式が行われ、ああ年度末だな、と感じる雰囲気となりました。学業はここで一区切り、1年で最も長い休みに入ります。

しかし、私にとってはもう一つの区切りでもありました。それは、農事暦プラナタ・マンサがここで1年を終え、また次の1年へと入っていく時期だからです。

実は、昨年の6月中旬からこの1年、プラナタ・マンサを観察してみようという夏休みの自由研究のようなことをしていました。以前、『よりどりインドネシア』第98号にて、ウォノソボで使われている様々な暦について書かせていただいた際、プラナタ・マンサは現在では異常気象などにより、農事暦としてはあまり参考にならなくなっている、というBMKGの発言を紹介しました。そこで、実際にプラナタ・マンサで説明される季節と現実の季節は、それぞれどのようになっているのか、記録をつけてみることにしたのです。

また、プラナタ・マンサで説明されているのは、気象や動植物の様子ばかりではありません。地面に落ちる影や天体の運行なども関係してきます。異常気象があっても、星の動きは一定のはずです。そうしたことも見てみたくなりました。

本当は、毎日の気温や日の出日の入りの時刻、降水量、星の観察、そして何より稲の観察をすれば、ちゃんと何かを分析できるようなデータになるのだと思います。が、私にそこまでのキャパシティもスキルもありませんので、毎月季節の変わり目にのみ記録をつけ、あくまで生活の範囲で自然に目にすることができる事象をメモする程度となりました。

それでも「ここはプラナタ・マンサとほぼ同じだな」とか「ここは違うな」という点が見えてきました。消えいくかもしれない農事暦がどんなものなのか、その輪郭だけでも捉えられるのではないでしょうか。

●プラナタ・マンサの歴史

まず、プラナタ・マンサ(Pranata Mangsa)とは何か。直訳すれば季節(マンサ)を整頓するもの、決めるもの、という意味になります。つまり暦、カレンダーそのものを指すのでしょう。主に稲作の指針となる季節を見分けるものとして使われてきました。

太陽の動きを基準にした太陽暦で、1年は365日(閏年は366日)あります。それを12のマンサに分け、6月から1年を巡るものになっています。

一体いつから出現したものなのか、ハッキリとはわかっていません。ずっとずっと遠い昔から、ジャワ人の先祖が使ってきたものだと言われます。それこそ、ジャワ島にヒンドゥー教が伝わってくる前からあったのだという説も・・・。

マタラム王国のスルタン・アグン(Sultan Agung 在位1613~1645年)の時代には、ジャワ暦と一緒に使われていたという記録があるようです。ジャワ暦は月の動きを取り入れた暦なので、太陽暦のプラナタ・マンサと一緒に使うことで、より精度の高い情報が得られます。

広く農民の間で使われていたプラナタ・マンサを今の形にしたのは、1856年、スラカルタ王家のパク・ブウォノ7世(Sri Susuhunan Paku Buwana VII)でした。それまでは地域によって一年の開始の時期や月ごとの日数に多少のバラつきがあったものを、6月22日を1年のスタートと決めます。

『ジャワ誌』を執筆したイギリス人植民地行政官ラッフルズは、著書の中でジャワの農民が農作業の目安とする暦についても書いています。ひと月の日数や月ごとの自然現象の特徴がプラナタ・マンサにとてもよく似ているのですが、ラッフルズはそれをウク暦だとしています。また一年の始まりが8月か9月なのだそうです。ラッフルズがジャワ島に滞在していたのは1811年から1816年にかけてであり、パク・ブウォノ7世が現在の形に整えるより前ですので、ひょっとしたら古いバージョンのプラナタ・マンサの例なのかもしれません。ウク暦は1年が210日の暦なのでプラナタ・マンサとは別物ですが、複数の暦を並行して使用するのはよく行われることで、プラナタ・マンサもウク暦の情報を取り入れながら見る使い方もします。そのため、双方まとめてウク暦と呼ばれていたのかもしれません。当時は村で農作業の時期を決めるのは、宗教指導者の役割だったのだそうです。

プラナタ・マンサの目的は、年間を通しての気候や動植物の動向の変化を知ることで、不作をできるだけ防ぎ、収穫量アップを図ることです。温暖な気候、肥沃な大地と言われるジャワ島ですが、何もせずにバンバン作物が穫れるわけではありません。作付けの時期を間違えれば、花が咲く時期に激しい雨に当たって花が落ち、実がならなくなったり、必要な日照時間と気温が確保できず小さく貧弱な実ができてしまったりということが起こります。激しいスコールが連日起こる雨季、何ヵ月も続く乾季が毎年やってくるなかで、環境に適応して上手に自然と対話しようという姿勢が窺えます。

(以下に続く)

  • 天体の動きと気候
  • プラナタ・マンサにおける季節の分け方
この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

いんどねしあ風土記(53):世界遺産「ジョグジャカルタ哲学軸」が示すもの ~ジョグジャカルタ特別州~(横山裕一)

2024年04月23日号 vol.164

ウォノソボライフ(73):ウォノソボ出身の著名人たち(2) ~女優シンタ・バヒル~(神道有子)

2024年04月23日号 vol.164

ロンボクだより(110):晴れ着を新調したけれど(岡本みどり)

2024年04月08日号 vol.163

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

2024年04月27日

いつも『よりどりインドネシア』をご愛読いただき、誠にありがとうございます。 2…