よりどりインドネシア

2023年07月07日号 vol.145

スラウェシ市民通信(4):マカッサル・カレボシ広場と7基の墓(2007年4月翻訳)(ニラム・インダサリ /松井和久 訳)

2023年07月07日 22:14 by Matsui-Glocal
2023年07月07日 22:14 by Matsui-Glocal

●象が突然に暴れ出す

はっきりした理由は分からないが、何年も調教されてきたサーカスの象が何頭も突然に暴れ出した。サーカスのオーナーにはその原因が全く分からない。その日、カレボシ広場でのサーカス公演は大混乱のまま中止された。サーカスのテントの防護柵も破壊された。40歳ぐらいのインドゥラという女性は、1984年に起こったこの事件について「カレボシの『守護神』に許しを請わなかったからよ」と語った。

ある夕方、私はカレボシ広場のそばにある小さなワルンでインドゥラに会った。彼女は暴れ出したサーカスの象の事件についてだけでなく、カレボシの守護神についても話してくれた。様々な奇妙な事件と守護神と称しているものとの関係について信じている様子で、カレボシ広場の中央にある7基の墓について語り始めた。

かつてのカレボシ広場。(出所)https://www.kompasiana.com/idrisirwan/560723fb0e9373bf08277bab/terngiang-karebosi-yang-dulu

●7基の墓へ行ってみる

7基の墓というのも私の好奇心をそそる話である。スディルマン通りにある小学校にまだ通っていた頃、体育の授業は学校のすぐ目の前にあるカレボシ広場でよくあったのだが、そのとき、私は友だちとそこに7基の墓があるのを見た。そして今回、2006年4月のある木曜日の夜、私はそこへ行き、7人の参拝者に出会った。

真っ暗な夜にその7基の墓を見つけることは、実は思っていたほど難しくなかった。広場のなかでブラブラしている一人の男が「ロウソクを灯せば大丈夫」と教えてくれたのだが、実はそれぞれの墓の上にロウソクが立てられていたのだ。その場所に着くと、私は普通の墓参りのときと同じように墓に向かってあいさつをした。

カレボシ広場の7基の墓(Ilham Halimsyah 撮影)

その夜に出会った参拝者たちは信心深く見えた。暗がりのなか、ロウソクのゆらゆらと揺れる灯りと薄暗い水銀灯の光の間で、彼らがそれぞれの墓の上にタイバニ・エジャと呼ばれる一本の赤いロウソクを立てて火をつけ、花を手向け、墓の土の上に水を撒くのを見ていた。加えて、ピサン・ラジャ(pisang raja)という種類のバナナ、若い椰子の実、地鶏の若鶏(anak ayam kampung)のお供えを運んできていた。

カディル・ダエン・ナバという名の墓守が説明してくれたので、私はその参拝者集団のことについて少し知った。墓守によると、彼らはカレボシ広場を囲む道路の一つに面したワルンの所有者であった。そこで翌日、ワルンを訪ねてインドゥラと出会い、彼女がその墓守について話してくれた。

インドゥラの姪のアンディ・アニは、前日の晩の参拝の話を補完してくれた。アニによると、あの参拝者集団が参拝する数日前に、彼女の伯母にあたるスリという女性が急に精霊に取りつかれた。それをみた彼女の家族の一人が「伯母が治れば、7基の墓に参拝いたします」と祈りを捧げた。

サーカスの象が暴れた事件はカレボシ広場で起こった様々な奇妙な出来事の一つに過ぎない。彼女はそう信じていた。そしてそう信じているのはインドゥラだけではなく、周りに座っている人々も、イベント会場が突然に崩れて混乱のまま中止となるといった奇妙な出来事は、カレボシの守護神が介入したからである、と信じていた。

おそらく、カレボシ広場で何かをしたいときにはまず守護神さまに許しを得るのがよろしいと広く信じられているので、式典、スポーツ競技会、ナイト・マーケット、ミュージック・コンサートなどがあるときには、いつも多くの人たちがこれらの墓にあらかじめ参拝するのである。参拝することで、カレボシで催されるイベントがつつがなく行われるよう、許可をもらった印になると、彼らは確信しているのである。

7基の墓へ向かって彼は何を祈っているのだろうか(Ilham Halimsyah 撮影)

●7基の墓の不思議

イベントを実施するための許可をもらう必要から参拝する以外に、一部の人々は次のように信じている。すなわち、この7基の墓の所有者は人間と神との媒介者であり、だからこの場所での祈りはかなう可能性が高いのだ、と。こう信じているのはその多くがムスリムであるマカッサル族だけでなく、華人系のなかにもここでいつも祈りを捧げる者がいる。「参拝者は、ビジネスがますます儲かりますようにとか、結婚相手が早く見つかるようにとかまで、いろんなことを祈るのさ」とインドゥラは言う。

それでは、いったい誰がこの7基の墓を埋葬したのか。なぜ一般の墓地に埋葬されなかったのか。実はずっと前から私はこのことが疑問だった。小学生の頃、カレボシ広場の周辺を走る行事で、広場の東口から入ると、いつも走る速度が落ちるのだが、広場の草っ原に墓の列が見えると、なぜか恐くて、走る速度が逆に速まったものだ。

マカッサル市博物館にある地図を見ると、カレボシと呼ばれる場所は昔、ゴワ王国の領地で水田だった。もし昔のカレボシが水田だったとすると、水田地域に7基の墓があるというのは奇妙な感じがする。後にこの場所は開放広場になり、街の中央広場へと機能を変えていくのだが、それでも7基の墓がずっと存在してきたのは不思議だ。

●7基の墓の詳細を尋ねてまわる

ダエン・ナバは7基の墓の詳細についてはよく知らないとのことなので、ゴワ県スングミナサにあるゴワ王国の宮殿「バッラ・ロンポア」(Balla' Lompoa)で情報を探してみるように勧められた。そこへ行くと一人の案内人に出会った。7基の墓については多くを知らないが、墓に埋葬されているのは7人の兄弟であるとのことだ。彼によると、7人はマカッサル市の南方60キロ離れたタカラール県のガレソンで埋葬され、それが理由で「ガレソンの7人」(Tujua ri Galesong)と呼ばれている。

意外なことに、この7人兄弟は頻繁に乱暴をふるうので、一人の高僧が懲らしめた。この懲らしめによって、7人兄弟の魂はこの世とあの世の間をさまよっていた。彼らの死後、人々は、彼らの魂を、他人を使って悪用するために利用した。このような心の持ち主は、7人兄弟の末っ子に援助を願うのが常だった。この末っ子が7人のなかで最も乱暴だったのである。末っ子は人の体に取りつく能力を持っていた。

バッラ・ロンポア博物館の階段で話し終えると、案内人からバッラ・ロンポアからそう遠くないところに住むアンディ・ジュフリ・テンリバリ(通称ダエン・ピレ)という男性に会うよう勧められた。

●ダエン・ピレから話を聞く

私が来たのをダエン・ピレはしかめっ面をしながら見た。当然だろう。知り合いでは全然ないのだから。会いに来た理由を尋ねられたので、7基の墓について知りたいと伝えた。すると彼は、閉じた口を手で押さえ、しかめっ面のままじっと私を見つめた。長々と説明したくない様子で、7基の墓についての質問を紙に書くように求めた。「どれに答えられるか選ぶからな」と彼は言って、2日後に回答すると約束した。

2日後、もう一度彼に会った。しかし回答は全くなかった。この2日間、私が紙に書いた質問に答えるのを遮るような雰囲気を常に感じていた、と彼は打ち明けた。「答える前に許可を得なければならぬ」「瞑想しながら許しを請うのであなたの名前を教えてくれ。それを7基の墓の持ち主に伝えるから」「許しをもらったら、答えてあげる。現世の者の怒りに触れるほうが、この世にいない者の怒りに触れるよりはましだから」。ダエン・ピレはこのように言った。

彼は、決まった時々に喧騒から離れ、ゴワ県スングミナサの自宅で瞑想する。瞑想は通常、満月の夜にする。瞑想の前に、最低でも3房のバナナ、若い椰子の汁、長さ1メートルの白い布を用意する。瞑想のなかで、ダエン・ピレは7基の墓の所有者と対話する。時間が経つにつれ、墓の所有者と赤い糸でつながる感じがしてくる。そして誰の墓なのか、どこから来たのか、いつからあるのか、を知らされるのである。

3日目、全部ではないが、ついに答えを聞くことができた。実は、ダエン・ピレは約9年前からしばしば墓へ参拝に行っていた。彼が出会った何人かの語り部の話を信じたからだ。語り部の話はみな同じだった。すなわち、いずれマカッサルとその周辺は大変な騒ぎに見舞われる。その騒ぎの中心はカレボシだ。そこで人々は殺し合い、土は血で覆われ、それは足首まで浸かるほどになる。そしてそれを鎮められるのは、空から舞い降りる7人の神の使いだ。彼らはちょうどあの墓の上に舞い降りる、と。

語り部は、この出来事をコーランに書かれた話にも結びつける。コーランには、偽預言者ダッジャール(Dajjal)が現れてこの世を大混乱に陥れるとの話がある。彼らによれば、ダッジャールによる混乱状態のときに空から7人の聖者が降りてくる。

しかし、ダエン・ピレを確信させた話はそれだけではない。ロッテルダム要塞で観光案内をしたこともある彼は、古文書の中にその墓についての情報があるかもしれないと思っていろいろ探してみた。

(以下に続く)

  • 7基の墓をめぐる歴史
  • カレボシという名前の由来
  • 7人の聖人は再びやってくる
  • 訳者による解説
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