よりどりインドネシア

2023年02月08日号 vol.135

パプア州知事汚職と武装犯罪グループ(松井和久)

2023年02月08日 21:38 by Matsui-Glocal
2023年02月08日 21:38 by Matsui-Glocal

2023年2月7日早朝、パプア州内陸部のンドゥガ(Nduga)県のパロ空港で、武装犯罪グループ(KKB: Kelompok Keriminal Bersenjata)がスシ・エア(Susi Air)のセスナ機を焼き、ニュージーランド人のパイロットと乗客5人のほか、建設労働者15人を誘拐・拉致する事件が起こりました。2月8日時点で、彼らの行方は分かっていません。

この事件の主犯は、ンドゥガ県でたびたび襲撃殺害事件を起こしてきたエギアヌス・コゴヤ(Egianus Kogoya)とみられており、彼らは、「インドネシアがパプアを独立させるまでパイロットらを釈放しない」と述べています。シギット国家警察長官は国軍と警察の合同チームを派遣し、行方不明のパイロットと乗客の捜索を行うと述べました。

武装犯罪グループ(KKB)は、インドネシアからの分離独立を目指す独立パプア運動(OPM: Organisasi Papua Merdeka)と同じ勢力を指す言葉ですが、インドネシア政府はOPMではなく、KKBという用語を使うようになり、KKBを「テロリスト」と指定しています。また、スシ・エアはチャーター機会社で、この日は、KKBからの脅迫を受けている保健所職員を避難させるために向かっていました。スシ・エアのオーナーは、違法操業の外国漁船を拿捕して沈めたスシ元海洋漁業大臣です。

メディアでは、この事件を引き起こした武装犯罪グループ(KKB)への非難が渦巻いていますが、政府はこの行為に対して非難しつつ、今回はなぜか「テロリスト」という用語の使用を避けています。パイロットらの救出へ向かう国軍・警察合同チームは和平作戦チーム(tim Operasi Damai Cartenz di Papua)と命名しています。なぜ「テロリスト」という用語を使わないのか、という批判もメディアに現れています。

でも、この事件は明らかにテロです。記事をいくつか読むなかで、気になる記述がありました。それは、パプア州警察が「本事件とパプア州知事汚職事件とは関係がない」と言った、という記述です。

分離独立志向とされる武装犯罪グループの起こした事件とパプア州知事汚職とが関係がない、とは、いったいどういう意味なのか。逆に、何か関係が仄めかされるような話があるのか。急に興味が湧き、いろいろ関係記事を読んでいたところ、両者の関係を匂わせる話が色々出てきました。そして、なぜ政府が「テロリスト」という用語を避けているかの理由も想像できました。

『よりどりインドネシア』ではこれまで、パプア分離独立運動に関する記事をいくつか書いてきました。そして、その運動が統一主体による一貫したものではなく、主力も若者となり、純粋な分離独立運動の体をなしていないことを指摘してきました。武装犯罪グループにわたる武器や銃弾の流通には政府職員までも関わり、中央政府の国家予算から国内の全村落へ配分される村落資金(Dana Desa)さえも購入資金として使われる例もありました。そのあたりの話は、「パプアへの武器・銃弾密輸を追う」(『よりどりインドネシア』第122号(2022年7月23日発行))で詳しく触れました。

なぜ、警察が否定するにもかかわらず、このセスナ機事件とパプア州知事汚職事件とが関連付けて見られてしまうのでしょうか。パプア州知事とはどのような人物なのでしょうか。武装犯罪グループとパプア州知事とは何か関係があるのでしょうか。今回は、これらについて考えてみることにします。

ンドゥガ県・パロ空港での2月7日に焼かれたセスナ機の現場検証。(出所)https://wartabanjar.com/2023/02/07/diduga-disabotase-pesawat-susi-air-dibakar-di-nduga-begini-nasib-pilot-dan-penumpang/

●パプア州知事汚職捜査の経緯

汚職撲滅委員会(KPK)は2022年9月5日、パプア州のルカス・エネンベ(Lukas Enembe)知事を収賄の容疑で容疑者に指定しましたが、実際に逮捕して取り調べができたのは2023年1月10日でした。

ルカス知事の汚職容疑が明らかになったのは、2017年の金融取引分析報告センター(PPATK: Pusat Pelaporan dan Analisa Transaksi Keuangan)報告書でした。この報告書によると、ルカス知事の金融取引はシンガポールのカジノへの現金支出や高級腕時計の購入などを含め、数千億ルピアに達していました。同じ頃、国家警察犯罪捜査局も、2014~2017年度のパプア州予算における、州政府予算事業に関する汚職の捜査を行いました。

その5年後、2022年9月5日に汚職撲滅委員会(KPK)はようやくルカス知事を10憶ルピアの汚職容疑者と指定しますが、それ以降、ルカス知事とその支持者が抵抗運動を開始しました。

KPKは9月12日、ルカス知事に出頭を命じますが、病気を理由に出頭を拒みます。9月23日、ルカス知事の医師団が診断書を示して取り調べの延期を求めます。9月25日、KPKは再び取り調べのための出頭をルカス知事に求めますが、病気を理由に拒否されます。そして、ルカス知事は、パプア慣習社会の求めにしたがって公開の場で取り調べを行うよう求めました。

9月26日、ルカス知事の弁護士は知事が金鉱を保有することを明らかにしましたが、知事による所有資産報告書には記載されていませんでした。2021年の所有資産報告書によると、ルカス知事の所有資産は337.8億ルピアで、前年よりも25億ルピア増えました。9月27日には、ルカス知事が3ヵ国のカジノで遊ぶ姿の写った写真が公開されました。

11月3日、汚職撲滅委員会(KPK)はインドネシア医師会のチームを伴ってルカス知事の自宅を訪問しました。

事態が動いたのは2023年になってからでした。1月5日、汚職撲滅委員会(KPK)はルカス知事への贈賄の容疑で建設会社社長を逮捕しました。

1月10日、汚職撲滅委員会(KPK)は州都ジャヤプラのレストランでルカス知事を逮捕しました。KPKにはルカス知事がトリコラ県へ向かい、そこから国外逃亡を図るとの情報がありました。逮捕後、ルカス知事はパプア州警察に拘置され、ジャカルタの国家警察へ移送する前の取り調べを受けましたが、ルカス知事の支持者が押しかけ、投石など激しく抵抗しました。その後、ジャカルタへ移送するためにルカス知事が待機したセンタニ空港では、彼の支持者が多数押しかけ、滑走路へ侵入したり、空港施設を破壊したり、投石や弓矢で抵抗するなどして、警官隊と衝突しました。警官隊は威嚇射撃などを試みましたが効かず、発砲したため、ルカス知事の支持者の1人が死亡、数人が負傷しました。

1月11日、ジャカルタに到着したルカス知事は、そのままガトット・スブロト陸軍病院に入院し、2月7日時点で汚職撲滅委員会(KPK)に拘留中です。

汚職撲滅委員会(KPK)に逮捕されたパプア州のルカス・エネンベ知事。(出所)https://news.detik.com/berita/d-6509194/5-fakta-lukas-enembe-ditangkap-kpk-saat-makan-papeda

以上のように、汚職撲滅委員会(KPK)はルカス知事の汚職容疑を固めたものの、病気を理由にルカス知事は取り調べを拒み、彼の支持者の激しい抵抗運動もあり、現在に至るまで彼の取り調べは進んでいない状況です。

ルカス知事と言えば、前プンチャック・ジャヤ県知事としてパプア州知事選挙に立候補し、「山のパプア」の代表的存在として勝ち抜き、2013年4月9日から逮捕された2023年1月10日までの州知事2期を務めました。パプア州では、州都ジャヤプラなどに代表される「海のパプア」勢力が政治の中心を担ってきましたが、ルカス知事の誕生で勢力地図が大きく変わりました。

同時に彼は、野党・民主党の州支部長も務めていました。強面で強権的な姿勢がみられ、2021年10月には国体を初めてパプアで開催し、会場の競技場を自身の名前のルカス・エネンベ競技場に改称するほどでした。

(以下に続く)

  • パプア州知事汚職への武装犯罪グループの反応
  • パプア州知事の武装犯罪グループに関する発言
  • ルカス知事と武装犯罪グループの関係?
  • おわりに
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