よりどりインドネシア

2022年08月22日号 vol.124

独立記念式典における大統領の民族衣装(松井和久)

2022年08月22日 22:44 by Matsui-Glocal
2022年08月22日 22:44 by Matsui-Glocal

8月17日は、1945年同日にスカルノとハッタがインドネシア共和国の独立宣言をした記念日です。この日は毎年、朝の国旗掲揚から始まり、独立記念式典、祝賀行事、夕方の国旗降納に至るまで、独立のために戦った先人を偲び、独立国家インドネシアを改めて祝う一連の行事として、全国ほぼすべての政府機関、企業、学校、社会団体などで一斉に執り行われます。もちろん祝日なのですが、まる一日、これらの行事で満たされることになります。

政府行事としては、8月17日、大統領官邸に各界代表や在外公館代表らを迎えて、大統領が指揮する独立記念式典が行われます。そして、その前日には、国会(DPR)と地方代議会(DPD)からなる国民協議会(MPR)への大統領演説、および国会での次年度予算案に関する大統領演説が行われます。今回も、2022年までの成果と首都移転を含む2023年以降の開発の方向性が示されました。2023年度予算案では、国家歳入2,443兆ルピア、国家歳出3,041兆ルピア、財政赤字598兆ルピア(国債や外国借入で補填)で財政赤字を対GDP比で2.85%とし、目標の3%以下に抑えることができる、健全財政が可能、としました。

ただし、今回、本稿で取り上げるのは、開発の方向性や予算案の分析ではありません。注目するのは、8月17日や8月16日に式典指揮や演説を行う大統領の服装です。ジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)大統領は1期目の2017年から、政府行事の際、積極的にインドネシア各地の民族衣装を着るようになりました。今回ご紹介する独立記念日式典とその前日の演説のときだけでなく、地方に関する様々な政府行事の場でも、その地方に即した民族衣装を着ることが頻繁になりました。

ちなみに、今年(2022年)の8月17日の独立記念式典で、ジョコウィ大統領が着用したのは、ドロマニ(Dolomani)という東南スラウェシ州のブトン族の民族衣装でした。また、前日の8月16日、ジョコウィ大統領は、国民協議会での演説ではバンカ・ブリトゥン州の民族衣装を、国会での予算案演説では通常のスーツを着用しました。

今回は、2017年から2022年までの独立記念日関連でジョコウィ大統領が着用した民族衣装に焦点を当てます。そのうえで、大統領が着用した衣装の民族の現状に想いを馳せるとともに、大統領が民族衣装を着用する意味について少し考えてみたいと思います。併せて、大統領の民族衣装ファッションショーをお楽しみください。

2022年8月17日の独立記念式典で着用したドロマニ。(出所)https://news.detik.com/berita/d-6240717/pakaian-adat-jokowi-17-agustus-2022-ini-serba-serbi-baju-adat-dolomani

●ブトンのドロマニ(2022年)

今年(2022年)の8月17日にジョコウィ大統領が着用したドロマニは、東南スラウェシ州のブトンの民族衣装です。このドロマニは、政府の儀式や結婚式など特別な機会でしか着られることはなく、地元ブトンでも日常的に見ることはまずありません。

ドロマニはブトンのスルタンなど代々の王族が着用してきた衣装で、そこに描かれるモチーフや装飾の一つ一つに象徴する意味や哲学が込められています。たとえば、可憐だが触ると棘があって痒くなるロンゴ(rongo)という花が下から上へ、そして上から下へ描かれています。これは、常民から指導者へ上り詰めるが、その後は下りて常民へ戻る、ということを意味するといいます。権力者に対する戒めともいえ、ブトンのスルタンは、このロンゴの花の描かれたドロマニを着用していました。このほかにも、コピアと呼ばれる帽子に描かれた花とMaulanaという文字の装飾の意味、腰巻き(sarung)の長さや止め方の作法など、それら一つ一つに哲学的な意味が込められているということです。

ドロマニを仕立てるほぼ唯一の職人であるブトン市在住のフサイン氏によると、そうした一つ一つの哲学的な意味を踏まえると、間違いは絶対に許されないので、通常ならば、仕立てあげるのに2〜3週間はかかるということです。ところが、8月11日夕方、突然、「それを2日間で仕立ててほしい」との連絡が、ブトン市長夫人からフサイン氏に入りました。

無理な注文ではありますが、ブトン市長夫人からの要請であり、かつ大統領が8月17日の独立記念式典に着用するのですから、何がなんでも間に合わせなければなりません。そして、仕立てるフサイン氏にとっても、またブトン市やブトン市長にとっても、大統領がドロマニを着用するということは大きな名誉でした。

大統領のサイズはあらかじめ伝えられていたので、とくに問題なかったものの、通常は黒をベースとするのが、独立を祝うために紅白をベースにするという注文がありました。通常と同じ材質での赤い生地が入手できなかったため、別の生地で代用しました。ブトン市長夫人からは「まだか、まだか」と8回も電話で急かされ、ようやく8月13日夜までにドロマニを完成させることができました。こうして、ブトンのスルタンが着用していたものと同じとは言えない、やや突貫工事的に仕立てたドロマニは、独立記念式典の当日までに間に合い、ジョコウィ大統領によって着用されたのでした。

●初の民族衣装はタナブンブ(2017年)

ジョコウィ大統領が初めて民族衣装で独立記念式典に臨んだ2017年8月17日の衣装は、南カリマンタン州タナブンブ県の民族衣装でした。正確には、タナブンブ県バトゥリチン郡のパガタンの民族衣装です。

2017年8月17日の独立記念式典で着用したパガタンの民族衣装。(出所)https://m.tribunnews.com/lifestyle/2017/08/18/ternyata-baju-adat-banjar-yang-dikenakan-jokowi-di-upacara-hut-kemerdekaan-didapatkan-dari-sini

このパガタンは、18世紀以前にスラウェシ島から移住して来たブギス族によって作られたパガタン王国(1775~1908)がもとになっています。マカッサル海峡に面するパガタン王国は、バンジャル族によるパンジャル王国の傘下で自治を認められていました。

2017年にジョコウィ大統領が着用した民族衣装は、本来はパガタン王国のブギス族王族のみが着たもので、4つのモチーフ(Bebbe / Sabbe are / Sabbe sumelang / PanjiまたはPassulu)があると言います。

衣装のそれぞれにも象徴的な意味があります。たとえば、腰巻き(sarung)は熟練した勤勉な人間の象徴であり、ラウン(laung)と呼ばれるターバンのような頭上の被り物は権威と強大さの象徴であり、ボタンなしの上着は徳の高さ、常に違いを尊重する姿勢を象徴しており、ズボン(celana)は忠実、ベルトは簡素を象徴しています。

ちなみに、2017年8月16日の国民協議会(MPR)での演説では、ジョコウィ大統領はブギスの民族衣装を、ユスフ・カラ副大統領(当時)はジャワの民族衣装を着用しました。ジャワ族のジョコウィとブギス族のユスフ・カラが互いの出身種族の民族衣装を着るというユニークな形となり、注目されました。

●アチェのリント・バロ(2018年)

2018年8月17日の独立記念式典では、ジョコウィ大統領はアチェの男性用民族衣装であるリント・バロ(Linto Baro)を着用しました。リント・バロは慣習的な儀式のほか、政府の儀式などでも着られ、結婚式での新郎の衣装でもあります。この衣装は、8世紀頃、マラッカ海峡に面するアチェ東部沿岸に立国したペルラック王国やサムドラ・パサイ王国に由来すると見られます。

クピア・ムクトッ(Kupiah Meukeutop)と呼ばれる頭上の被り物は木綿でできており、黄・緑・赤・黒の4色が使われます。これら4色には意味があり、黄色は王、イスラームの色である緑は平和、赤は勇敢さ、黒は庶民性を表しています。クピア・ムクトッの上部には金または銀の装飾物がつけられます。次に、絹でできた黒い服はムクサ(Baju Meukeusah)と呼ばれ、偉大さを表しています。また、シルム(Celana Sileumeu)という黒いズボンは木綿製で、マレー系の伝統衣装と同じです。

2018年8月17日の独立記念式典で着用したアチェの民族衣装リント・バロ。(出所)https://jakarta.tribunnews.com/2018/08/17/linto-baro-dan-koto-gadang-pakaian-adat-presiden-jokowi-dan-iriana-di-hut-kemerdekaan

なお、2018年8月16日の国民協議会(MPR)での大統領演説では、ジョコウィ大統領は民族衣装を着用せず、通常のスーツ姿で演説しました。

(以下に続く)

  • クルンクンのパヤス・アグン(2019年)
  • 南中ティモールの民族衣装(2020年)
  • ランプンのペパドゥンの民族衣装(2021年)
  • 大統領が民族衣装を着用する意味は何か
  • いくつかの懸念

 

 

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