よりどりインドネシア

2022年08月22日号 vol.124

クィア文学(太田りべか)

2022年08月22日 22:45 by Matsui-Glocal
2022年08月22日 22:45 by Matsui-Glocal

去る3月に、2022年のブッカー国際賞ノミネート作品のロングリストが発表された。ブッカー国際賞は英国のブッカー賞の翻訳部門にあたる文学賞で、英語に翻訳された文学作品が対象となる。2022年にロングリスト入りしたのは、12ヵ国、11言語から英訳された13作品で、そのうちのひとつがインドネシアの作家ノルマン・エリクソン・パサリブ(Norman Erikson Pasaribu)の短編小説集 Cerita-cerita Bahagia, Hampir Seluruhnya の英訳 Happy Stories, Mostly (Tiffany Tsao訳)だった。残念ながらショートリスト入りはならなかったが、1990年生まれのノルマンの作品がノミネートされたことは、他の若手インドネシア人作家たちにとっても大きな希望になったのではないかと思う。

Cerita-cerita Bahagia, Hampir Seluruhnya

Cerita-cerita Bahagia, Hampir Seluruhnya(『幸せな物語、ほぼほぼ』)に収録されている短編の多くにゲイの人々が登場する。同じくノルマンの詩集Sergius Mencari Bacchus(『セルギウスはバッカスを求める』)は、2015年にジャカルタ芸術委員会詩集原稿コンテストで第一席に選ばれ、翌年大手出版社グラメディア・プスタカ・ウタマから出版されたが、これもホモセクシュアリティを主な題材とした作品集だ。この詩集もやはり英訳されて海外での評価も高く、PEN翻訳賞など複数の国際賞を受賞している。

『よりどりインドネシア』第122号(2022年7月23日号)に、石川礼子さんがインドネシアのLGBTQ事情について書いておられて、たいへん興味深く拝読した。宗教的な問題もあって、LGBTQの人々にとってインドネシアは住みやすい国だとは言えないだろう。それでもノルマン・エリクソン・パサリブの上記2作のような作品がインドネシア国内でも高く評価されて多くの読者を獲得し、ジャカルタ芸術委員会というジャカルタ首都特別州政府によって設立された公的機関の主宰するコンテストで優勝したということは、注目に値する出来事だといえるのではないだろうか。

今回は、LGBTQを素材とした作品の中で、ゲイとトランスジェンダーをめぐるものをいくつか覗いてみたい。

●ほぼほぼ幸せな物語 — 大男についてのほんとうの物語

Cerita-cerita Bahagia, Hampir Seluruhnya(『幸せな物語、ほぼほぼ』)には、とても「幸せ」とは言えない11の物語が並ぶ。巻末の著者による謝辞の冒頭で、ノルマンは「この本は、2015年にSergius Mencari Bacchusがジャカルタ芸術委員会のあるコンテストで優勝して以来、経験せざるを得なかった多くの悪意ある出来事からの自己回復プロジェクトである」と書いている。

「大男についてのほんとうの物語」で、語り手の「僕」は、マナドから3時間のところにある僕の地元の小さな町のゲイ・コミュニティの機関誌で、「大男の秘密の歴史」という短編を読んだ。事実に基づく物語だというその短編小説は、オランダ植民地時代の北スマトラで、身長が111メートルに達するまで成長したある男の話だった。

その後、僕はジャカルタの有名大学の歴史学科に合格してジャカルタに移る。インドネシア史概論のクラスで、僕は講義中に非常に活発に質問する優秀な男子学生と出会う。あるときの授業中に、その男子学生が教室にいる皆に向かって、祖父母から聞いたというオランダ植民地時代の北スマトラのタパヌリにいた巨人の若者の話をした。

しばらくしてから学生新聞の活動を通じてその学生トゥングルと親しくなった僕は、高校時代にゲイ・コミュニティの機関誌でその大男の物語を読んだと話す。驚いたように「きみ — ゲイなの?」と尋ねるトゥングルに、僕は答える。「いや、俺の従兄がそうでさ。俺はついてっただけ。そのときは、そいつもはっきり自覚してなくて、まだ興味半分だったんだけど」

やがてトゥングルは財布から一枚の写真を取り出した。そこには成人の男性がもうひとりの人物の巨大な足に手を添えてもたれるようにしている姿が写っていた。トゥングルの曽祖父と大男パルリアンだという。トゥングルの話では、パルリアンはバタック戦争前の1850年代に生きていた。人間とベグ・ガンジャンと呼ばれる巨大な妖怪の間に生まれた子だとも、バタックの伝統信仰の神ムラジャディ・ナ・バロンがこの世に降りてくるときに使う生き梯子だともいわれていた。

タパヌリ地方の征服を目論むオランダ東インド会社(VOC)は、大男パルリアンの存在を恐れた。調査の結果、パルリアンが体は巨大でもいたって穏やかな人物であることがわかり、VOCは宣教師たちを送り込んでパルリアンの懐柔を試みる。イエスの物語に深く感動したパルリアンは、キリスト教徒として洗礼を受けた。やがてVOCがタパヌリに攻め込んだとき、イエスが言ったといわれる「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ」という言葉に従って、抵抗することなく捕らえられ、巨大な鼻の穴に石を詰め込まれて最期を迎えた。

この大男の話を共有することによって、僕とトゥングルの距離はいよいよ縮まった。卒論の準備が始まったころ、僕はトゥングルに好きだと打ち明けられる。僕はゲイではなく、女性の恋人がいることも知ってのうえでの告白だった。僕は、自分のトゥングルに対する好意は男どうしの友情だと正直に告げる。

その後、トゥングルはさりげなく僕を避けるようになった。次第にトゥングルは健康を損ない、怪しげな団体の活動にも深入りしているようだった。そんなようすを目にして僕は苛つき、卒論のプロポーサル作成に手を貸してもらいたかったこともあって、トゥングルに声をかけるが、トゥングルは感情的になって泣き出してしまう。僕はうんざりしてトゥングルをその場に残して去った。

翌日、大学生が電車に飛び込んだという噂を耳にした僕は、それがトゥングルであることを直感的に悟る。トゥングルの死後、トゥングルの卒論のテーマが「バタックの大男パルリアンについての歴史的証拠」であったことを知り、まだ序章しか書かれていなかったその卒論を引き継ぐことに決めた。

僕は北スマトラに赴き、タパヌリを中心に半年かけてあちこちで調査したが、大男についてはなんの手掛かりも得られなかった。ある村で、ウロス織りの老女が祖母の祖母から伝え聞いたという大男の話を語ってくれたが、ただ大男がいたというだけで、バタック戦争の話も宣教師の話もなく、なにを知ることもできなかった。

失望した僕は、歴史を記述することを諦め、大男パルリアンの物語を書くことにして、その要点をノートに書き出す。天に届くまで背が伸びてしまった大男と、幼なじみで終生の友となった痩せた小男の物語だ。日々背が伸びていくパルリアンのために、小男は毎日何時間もかけてパルリアンの体をよじ登り、話し相手になった。そのうちに小男は老いてよじ登ることができなくなり、やがて死んだ。結婚していなかったので、小男の後を継ぐ者もなかった。パルリアンがあまりにも背が高くなり過ぎていたせいで、だれも小男の死を知らせてやることができなかった。孤独になったパルリアンの背はなおも伸び続け、とうとう雲に達した。すると太陽の向こうから神が現れ、その背後からあの小男が恥ずかしそうに姿を現した。そうしてパルリアンと神と小男は、いつまでもいつまでもおしゃべりを続けた。

詩集 Sergius Mencari Bacchus(『セルギウスはバッカスを求める』)の表題作も、この「僕」の書こうとする大男と小男の物語のように、男と男との間の友情以上の絆を描いている。4世紀初頭のローマ皇帝ガレリウスの時代に、ローマ市民でローマ軍の高級将校だったセルギウスとバッカスが密かにキリスト教に改宗したことが露見して拷問を受け、バッカスは拷問中に死亡、セルギウスは斬首刑となった。この伝説を素材にした詩だ。

蛇のように、おまえは非恒久的な皮を脱ぎ捨て

旅を始める、あるいは続ける。今やあの上方からの光が

 

おまえを通り過ぎてゆく。おまえは半透明に輝き、そして遥か西では、

瀕死のローマで、ガレリウスが最期が近づきつつあることを知らずにいる

 

おまえはおまえにとって大切な人を探す。銀の体で

牢のおまえのもとを訪れ、ささやいた人を。踏んばれ

 

俺がずっと見守っているから、と。その人とともに

おまえは天国へ昇り、そのとき初めて親しみを

 

覚えるだろう。おまえたちふたりは手に手を

取って、会う人会う人の前で互いに紹介し合うだろう

Sergius Mencari Bacchus

●ほぼほぼ幸せな物語 — 母たちの物語

Cerita-cerita Bahagia, Hampir Seluruhnya には、息子がゲイであることを知った母親が描かれている短編が収録されていることも注目に値する。

「サンドラ、きみの名は?」では、不倫をしていた夫と別れた後、母ひとり子ひとりでずっといっしょに暮らしてきた息子ビソンを亡くしたサンドラが、ふと思い立ってベトナムへ旅立つ物語だ。それまで海外へは一度も行ったことも、行きたいと思ったこともなかった。ベトナムのこともよく知らない。ただインターネットで “my son”で検索したときにヒットしたのがベトナムのミーソン(Mỹ Sơn)だったのだ。亡き息子の名ビソン(Bison)にも音が通じるその場所へ、行ってみようとサンドラは思い立つ。

ビソンは毒を飲んで死んだ。ビソンに男の恋人がいることを知って、サンドラが、あんたなんかもう私の息子じゃないと言って追い出した後のことだった。

サンドラは結局ミーソンへ向かう電車に乗り損ねてしまうが、ハノイ滞在中に訪れたホアンキエム湖にある寺院に再び足を運んで、伝説の亀の剥製の前で足を止める。そして通りすがりの子連れの中年女に、その亀を指して「これが私の息子なんですよ」と言いながら涙を流すのだった。

別の短編「我らが子孫は空の星のごとく」に登場するのは、息子の同性パートナーとの結婚を認めた母親だ。息子のレオとパートナーのトーマスとジャカルタで同居して7年になる。夫は息子の結婚以前に他界している。結婚を認めたとはいえ、ふたりを心から全面的に受け入れることは難しかった。トーマスには「お母さん」と呼ばせなかったし、親族や近隣の人々の目も気になった。地区のアリサンなどの活動からは、自然と足が遠のいていった。

息子のレオに、提供された精子を人工授精して行う代理母出産がインドで盛んだという話を持ちかけたのは、母親だった。レオの精子を受精して生まれてきた男の子の心臓に問題があることは、実は代理母が妊娠中にトーマスに伝えられていた。レオが堕胎させることを選ぶのではないかと怖れて、トーマスはレオにそのことを話さなかった。

ジェレミーと名づけた赤ん坊をインドから連れて帰ってきて以来、レオとトーマスの関係に変化が生じたことを母親は感じ取る。やがて赤ん坊が熱を出し、医者の診断では風邪だということだったが、トーマスは子どもの心臓に問題があることをレオに打ち明ける。ふたりは言い争いになり、トーマスはその日、実は自分は出版社に仕事の打ち合わせに行ったのではなく、家のローン契約にサインしに行ったのだと告白する。この7年、いろんなことに耐えてきたけれど、もう耐えられない、レオと別れてひとり暮らしをするつもりなのだ、と。レオは取り乱して、トーマスを引き止めようとする。

「母さんのところを出よう。僕もいっしょに行く」

「ひとりになりたいんだ」

「じゃあ、だれがジェレミーの面倒をみるんだよ? 僕ひとりでやれってこと?」

「お母さんに助けてもらえるだろ」

「母さんなんていらない。母さんが問題の根っこなんだ。きみといっしょにいたい」

ふたりのこのやりとりを、母親は物陰から聞いてしまう。結婚して自分のキャリアも捨てて家庭に入り、ひとり息子を大切に育て、その息子がゲイだという事実も、予想もしていなかった同性どうしの結婚もなんとか受け入れようと、できる限りのことをしてきたつもりだったけれど、自分がその大切な息子の人生で、問題という名の木の根に過ぎなかったことを知って、母親は愕然とする。これまでさまざまな未来を思い描いてきたけれど、自分が刺のある黒々とした木となり、黒く苦く虫でいっぱいの実をつけるようになるなどと想像したことが一度でもあっただろうか?

●クィア文学とは

2021年10月に開催されたウブッド・ライターズ・アンド・リーダーズ・フェスティバル(UWRF)のプログラムのひとつ「文学におけるジェンダーのさまざまな顔」にスピーカーとして登壇したのは、ゲイであることを公表している著述家ヘンドリ・ジュリウス(Hendri Yulius)とステビー・ジュリオナタン(Stebby Julionatan)だった。

ヘンドリは詩作のほか、ジェンダーを巡って数多くの学術的著作やノンフィクションを書いている。また、クィアネスをテーマとするノンフィクション・シリーズなどの編集も手がけ、トランスジェンダー・コミュニティーとのコラボ舞台プロジェクトにも参加している。

そんなヘンドリは、「クィア文学」という定義はとても流動的なものだと指摘する。そもそも「文学」というものがなにを指すのかについてもさまざまな解釈が可能だし、「クィアネス」についても、LGBTQという性的マイノリティに関する事柄だけを指すのか、少数民族、障碍のある人や超常能力の持ち主など、さまざまな社会的マイノリティも含めるのか、常に変化していく概念だ。

またそこには、書き手がクィアであること、クィアネスをテーマとしていることだけでなく、読み手があるテクストの中にクィアなものを読み取るという読み手の主観的視線も含まれる。たとえばステビーは、これまでに読んだ「クィア文学」の中で印象に残っているものとして、アユ・ウタミのSamanの続編Larung(『ラルン』)を挙げている。ダンサーのシャクンタラが、幼いころから自分の中にもうひとりの男の自分に気づいていたというくだりだ。シャクンタラがトルコの旋舞のようにくるくる回転しながら踊っていると、女の自分の中から男の自分が飛び出した。もっと長くもっと速く旋回すれば、きっとそれぞれ違う性を持つたくさんの自分が飛び出してくるはずだ、と幼いシャクンタラが考える印象的な場面である。

Larung

(以下に続く)

  • 社会的産物
  • クィア文学のこれから

 

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