よりどりインドネシア

2022年08月22日号 vol.124

ウォノソボライフ(54):極寒の!?ディエン高原(神道有子)

2022年08月22日 22:45 by Matsui-Glocal
2022年08月22日 22:45 by Matsui-Glocal

8月となり、日本での猛暑のニュースを涼しい当地で聞く季節がまたやってきました。毎年のことではありますが、日本が暑い暑いと呻いている時期は、インドネシアは比較的過ごしやすくなっております。オーストラリアからの季節風が吹き乾季となるためです。夏休みは南国のインドネシアへ避暑の旅へ・・・というと変な気がしますが、実際にオススメできる季節ではないかと思います。

標高の高いディエン高原では、この時期に気温が氷点下を下回り、霜が降りることがあります。雪などとは無縁のインドネシアでは、霜が見られる場所、時期は非常に限られています。物珍しさから観光のネタにもなっている霜。それらやディエン高原の『寒さ』について、現地の様子や古い文学作品、人々の生活などを見ながら実態に迫ってみましょう。

●一面の霜がもたらすもの

7月から8月にかけて、地元ニュースを伝えるメディアではSNSにこんな投稿が見られるようになります。

 

「ディエン高原が再び凍りついた!」

草についた朝露が白い霜となっている様子をアップで伝えるものです。たまにこれらを『雪』と表現することもありますが、空から降ってくるものではなくあくまで地表の水分が凍りつくものなので、霜というのが事実に即した呼び方かと思います。とくに有名なロケーションは、アルジュナ寺院遺跡群のある平原。芝が真っ白な絨毯のようになり、その背景に古代の寺院が聳えるさまが幻想的だと言われているのです。プロの写真家からSNS映えを狙うインフルエンサーまで、様々な人々が訪れるスポットとなっています。

実は、先月と今月に私も2度ほど現地へ赴いてみたのですが、残念ながら霜は見られませんでした。霜ハントは賭けでもあります。毎日氷点下になるとは限らず、冷え込む夜がきたら翌日早朝にディエン高原まで駆けつけてみる、という方法でしか確かめられないのです。私などはまだマシな方で、遠くスマランからわざわざ霜を見るためだけに来たという家族もいました。中部ジャワ州知事であるガンジャルがSNSで言及していたため、家族総出で来たのだそうです。しかもこの数年かは毎年来ているが、一度も霜にお目にかかったことはないのだと。

「まぁ多分来年もまた来るよ。いつか見てみたいけど運が良ければだろうね」

と一家のお母さんは笑っていました。氷点下にこそなっておらず、普通の朝露しかなくても、早朝のディエン高原というのはかなり冷え込みます。屋台で揚げたてホクホクのポテトやヒユ菜やキノコの揚げ物、それに熱いお茶を注文し、暖をとらずにはいられません。それほどまでに霜が人を惹きつけるものだとは・・・。見られないとなると、却って興味をそそられるのかもしれません。

ところで、SNSではもてはやされる霜ですが、地元民、とくに農家にとっては悩みのタネでもあります。霜が作物をダメにしてしまい、収量が減ってしまうからです。霜ハントに訪れた場所でも、すでに、霜にあたって枯れてしまっている箇所がありました。

この辺りでは昔から霜はブン・ウパス(Bun Upas)=毒の露、と呼ばれています。霜に晒されたあとに作物が黒く変色し枯れてしまう様子が、毒にやられたように見えたのでしょう。

特にディエン高原の特産品となっているジャガイモは霜害に弱い作物です。過去には5ヘクタールものジャガイモが一度に枯れてしまったこともありました。

そういえば、日本では寒い時期には畑に藁を敷いて霜を防いでいたのをよく見ましたが、ここではそうした対策はあまり行われていないようです。観光の目玉として人を呼び寄せる魅力を持つ霜は、現地の農家にとっては厄災でもあり、その出現は決して手放しに喜べるものではないのです。

(以下に続く)

  • 19世紀に描かれたディエンの寒さ
  • 温暖化は進む・・・?
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