よりどりインドネシア

2021年05月22日号 vol.94

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第20信:グレン・フレッドリーの音楽と映画の融合(横山裕一)

2021年05月22日 18:17 by Matsui-Glocal

轟(とどろき)英明 様

レバラン(断食月明け大祭)休みも終わり、世間も通常に戻ろうとしています。近年新型コロナ禍になるまでのレバラン休暇の期間中は、友人が経営する西ジャワ州チアンジュールのコーヒーショップで過ごしていました。バンドゥンと同様に朝夕は涼しく、終日インドネシア各地産のコーヒーを楽しむのはなんとも贅沢な気分になれたものです。夜は帰省客もいるため忙しく、大学時代のアルバイト以来で店の手伝いもしてました。

この友人もジャカルタ在住で、「来年こそはまた行けるといいね」と話しています。ただ、現状では日々の感染者数は減少傾向にあるものの、政府の帰省禁止を守らなかった人々が多数いることや、去年我慢した分、今年親戚一同で集まる家族が多いようです。さらにワクチン接種の滞りやインド変異株など感染再拡大の可能性がありまだまだ予断は許せないようですね。

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さて、前回、轟さんの書簡で「インドネシア人の移住労働者を扱った作品はないか」とのことでした。海外出稼ぎや日本の技能実習生などとは意味合いが大きく異なりますが、数十年海外で労働した人物を描いたものとして思いついたのは、『プラハからの手紙』(Surat dari Praha /2016年公開)です。同作品はインドネシアのNetflixで視聴できます。

この作品は昨年、別稿(『よりどりインドネシア』第78号所収の「いんどねしあ風土記 (21)」)でも触れさせていただきましたが、1965年の9・30事件を契機に権力を握り、後に第二代大統領になったスハルト体制を拒否したために事実無根の「共産主義者」のレッテルを貼られて国籍を失った、当時の東欧を中心とした元インドネシア留学生のその後の物語です。

物語はジャカルタに住む女性ララスが、病死した母親の遺言に従い、財産を譲り受ける条件として、チェコ共和国に住むある男性に会って母親が指定した箱を渡し、受け取り状にサインをもらうためプラハへ旅立ちます。

この男性、ジャヤこそが、「エクシル65」(Eksil 65:1965年の事件を契機に国籍を剥奪された人々を指す)といわれる一人であり、ララスの母親の元恋人だった人です。母親に何も知らされぬまま戸惑うララス、ララスの要求を頑なに拒むジャヤ。その後タクシー強盗に一切を盗まれたララスはやむなくジャヤの自宅で宿を借りることとなり、母親の遺言で指示された箱に入っていたジャヤの手紙やジャヤとの会話から、ララスはジャヤの過去、母親の過去を徐々に知ることになっていきます。

ジャヤの場合、国籍を失ったものの当時のチェコスロバキア政府の温情で学費は無料で、働いて生活費を稼ぎながら大学を卒業し、その後数十年プラハで生活しています。作品内では明確にされませんが、おそらくチェコの国籍を取得していると思われ、劇場ホールの清掃員をしています。すでにチェコ語も堪能なジャヤですが、行きつけのバーで親しくなったアルバイトのインドネシア留学生から丁子入りのインドネシアタバコをもらって味わうのが楽しみなように、かつての祖国への思いは失っていないことがわかります。

映画『プラハからの手紙』ポスター(引用:http://filmindonesia.or.id/

この作品に重厚さと魅力を与えている点は、歴史に翻弄された男女の恋愛物語を軸としながらも、その背景設定は史実に基づいて忠実に構成されているのに加え、ジャヤと同じ運命を辿った友人の役として、実際の「エクシル65」である3人も出演していることです。ジャヤの家に友人が定期的に集まり、ピアノやギターでかつての祖国の歌を合唱するシーンがありますが、彼らの表情には望郷の実感がこもっているのが伝わります。それとともに彼らの表情には、別のシーンでジャヤがララスに吐露する以下の言葉が汲み取れるかのようです。

「私はオルデバル(スハルト体制)を拒否した。でも共産主義者ではない。国籍を失ったが、自分の選択は信念に基づいたものだ」

信念を貫いたことに悔いはない一方で、ジャヤの場合、愛する人と思いを遂げられなかったことをはじめ、親の死に目に会えなかったことなど、彼らの祖国に対する心の葛藤が様々なシーンに散りばめられています。

エクシル65を含めインドネシアでの大量虐殺など、9・30事件を契機に起きた一連の事件は、インドネシア史上最大の政治的・社会的・人権的問題で、その多くは未だ解決に至っていません。エクシル65問題では、政府は事件から約40年経った2006年に対象者の国籍復帰を認めますが、彼らの多くは事件の真相究明を求めて受け入れていないのが現状です。彼らも現在80歳前後の高齢となり、問題解決を見ぬまま時間の経過に淘汰されようとしています。

映画『プラハからの手紙』ではエクシル65問題に対して、ジャヤと元恋人の娘を通して、事実の真相や彼らの深層心理に至るまで克明に描かれていること、その一方で、ジャヤの元恋人に対する恋愛感情やララスを取り巻く複雑な親子関係など人間ドラマとしても十分見ごたえのある作品に仕上がっています。

同作品の公開当初(2016年)、タイトルだけから私は当時流行っていた海外旅行ブームを背景に製作された、ヨーロッパを中心とした名所が舞台のラブロマンスかと思い、興味が惹かれなかったのが正直なところです。しかし、テレビの情報番組でどうやらそれとは違うものだと気づいて映画館で鑑賞して以降、作品の魅力にとりつかれ、気がつけば3回劇場鑑賞したほどです。

その理由としては、既述のような現在につながる歴史的事実がベースとなった人間ドラマとして優れていることだけでなく、その登場人物の心情やテーマ性を高めるうえで、挿入歌が非常に効果的に取り込まれ、エンターテイメント作品としての完成度も高く感じられたためだと思われます。

ここで、今回のサブタイトルにも書かせていただいた、昨年惜しまれながら44歳という若さで急逝したインドネシアの代表的な歌手の一人、グレン・フレッドリー(Glenn Fredly)の存在が大きく浮かび上がってきます。

『プラハからの手紙』では、グレン・フレッドリーはエグゼクティブプロデューサー、そして音楽プロデューサーとして参加していて、過去のインタビューで、「歴史という赤い糸とある愛の物語を結びつけて、インドネシアのシネマトグラフィーに新風を吹き込みたいと考えてきた」と話しているように、彼自身作品のモチーフ段階から深く関わっていたようです。

グレン・フレッドリー(Glenn Fredly)(引用:https://www.unreservedmedia.com/bidding-one-last-goodbye-to-glenn-fredly/

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