よりどりインドネシア

2021年05月22日号 vol.94

コロナ禍での呪術師をめぐるいくつかの物語(松井和久)

2021年05月22日 18:15 by Matsui-Glocal
2021年05月22日 18:15 by Matsui-Glocal

インドネシアの新型コロナウィルス感染状況は、ワクチン接種の始まった2月以降、数字のうえでは抑制傾向を示してきました。1日あたりの新規感染者数も5,000人以下の日が多くなり、1日あたりの新規回復者数が新規感染者数を上回る傾向も顕著になっていました。

しかし、3月以降、マレーシア半島部と近いスマトラ東部を中心に変異株によると推察される感染拡大が起こり、断食明け後にジャカルタやジャワへ拡散し、再び感染拡大へ向かうのではないかとの危機感が出ています。

これまでに、新型コロナウィルス感染者対応の医療従事者が多数亡くなり、もともとの医療体制が地方ではとくに不十分であることもあり、インドネシアの新型コロナ感染者に対する対策は、とにかく感染者を増やさないこと、感染を拡散させないことに注視してきました。

他方、一般国民の立場からは、新型コロナに対するワクチン接種が限定的であり、感染すると差別などを受けやすいため、何とかしてオルターナティブな対処策を採ろうと考えるのではないでしょうか。そこで、彼らが頼れるものの一つは、昔から馴染んできたドゥクン(dukun)と呼ばれる呪術師でしょう。

実際、PCR検査でコロナ陽性が確認され、指定病院に隔離された患者が病院を抜け出し、呪術師のところへ向かうケースがありました。その結果、呪術師やそこに居合わせた患者らに感染し、クラスター化する恐れが出ました。

呪術師は、特別な霊感や能力をもつ賢者であり、ふつうの人間ではあり得ない、人智を超えた奇跡を起こせる存在とみなされています。誰かの運命を占ったり、落とし物の行方を言い当てたり、自在に天気を操って雨を降らせたり、体に取り憑いた悪霊を除霊したり、病気を治したり、科学的に説明できない力を持っていると信じられています。スハルト元大統領をはじめ、今でも様々な政治家が、選挙での勝利祈願を含め、何か大事の際に呪術師の力を借りるということはよくあることです。なかには、呪術師自身が政治家になる場合すらあります。

今回の新型コロナ禍でも、人々のなかには、こうした呪術師に頼って、新型コロナウィルス感染からの回復や、コロナ禍での経済的苦境からの脱出などを求めたケースが多々あったと思われます。そして、人々のそうした不安に付け込んで、呪術師の名による犯罪も起こりました。

今回は、そうした新型コロナ禍での呪術師をめぐるいくつかの物語をオムニバス的に紹介します。最初に、新型コロナウィルスを治すといった「呪術師」の話からはじめ、呪術師の名のもとに起こった犯罪として、「お金を増やす」詐欺と呪術師を名乗ったレイプ事件を取り上げます。最後に、偽者による詐欺や犯罪に対抗するため、呪術師が設立したヌサンタラ呪術師連合について触れます。

呪術師(ドゥクン)のイメージ。(出所)https://www.kompasiana.com/mochamadsyafei/5fe68f748ede484e2e504fa2/kuburan-dukun-santet-mbah-tarjo

●新型コロナを治せる、抑えられる

呪術師を名乗る人物が新型コロナを治せる、抑えられると主張したケースの多くは、感染のまだ初期に見られました。彼らの主張は、YouTubeやFacebookなどの映像で流され、またたく間に口コミで広まりました。

<例1>

2020年3月、クニンガン県レンコン村のアバ・ウウォ(Abah Uwo)という名の呪術師が「インドネシアのコロナウィルス感染拡大を抑えられる」という主張をYouTubeで9.5秒行なった。その後、2本目の2分間のビデオが流されたが、その内容は、警察の立ち会いのもとで「コロナを抑えられると言ったのは嘘」という謝罪だった。彼は、世間の注目を集めて大統領から招かれて面会し、コロナから守る生贄としてのヒツジ40頭をお願いすることが目的だったと証言した。

(出所)https://news.detik.com/berita-jawa-barat/d-5134688/cerita-abah-uwo-soal-corona-kalongwewe-dan-motif-ingin-jumpa-jokowi

<例2>

2020年5月、東ヌサトゥンガラ州南西スンバ県コディ郡タンジュン・タロソ村ガルウィヨ集落には、コロナウィルスを治せるというサムエル・ランガ・バリという名の呪術師がいた。彼の評判はSNSで広まり、彼の家をたくさんの人々が訪れた。サムエルは祈りを捧げるだけではない。精霊から受けたインスピレーションに基づき、薬が欲しい者に対して、ミネラルウォーター1,500ml、白砂糖1/2キロ、十分な量の塩、ミント味のキャンディ「ウィンストン」を持参するよう求める。サムエルはそれらを混ぜて一つにし、訪れた人々に飲用薬として返す。この情報が広まって、郡長や警察がサムエルのところを訪れ、人々に対して、新型コロナウィルス感染拡大防止の観点から、サムエルのところを再訪しないように求めるとともに、サムエルに対してしばらくこの行為を止めるよう要求、5月28日にいったん休止した。しかし、以前ほどの賑わいではないにしても、時間を制限し、衛生プロトコルに留意しながら、事業は続けられた(今も続いているかどうかは不明)。

(出所)https://daerah.sindonews.com/read/49417/717/dukun-sakti-ngaku-sembuhkan-corona-dengan-air-gula-garam-dan-permen-di-sumba-1590642321

東ヌサトゥンガラ州のサムエル氏。(出所)https://daerah.sindonews.com/read/54469/174/ini-pengakuan-dukun-di-ntt-yang-terima-wangsit-buat-ramuan-tangkal-covid-19-1590951963

この頃は、自己流で新型コロナを治したという報道が見られました。たとえば、ブリトゥン県のある人は、ニンニクとレモン汁、ビタミン剤、蜂蜜、それに室内での軽い運動でコロナを克服した、と述べました。これがきっかけで、新型コロナにニンニクが効くらしいという情報が広まりました。また、東ヌサトゥンガラ州知事は、地元の伝統薬が新型コロナに効くと分かったと発表しました。さらに、農業省が新型コロナにユーカリが効くのではないかと研究を進めているという報道もありました。

(出所)https://www.cnnindonesia.com/gaya-hidup/20200511172742-255-502204/cara-indonesia-hadapi-corona-bawang-putih-dan-obat-dari-ntt

コロナに何が効く、という情報は、その後もいろいろ流れましたが、政府はそれらの情報を偽情報であるとして、監視を強め、情報源の特定を進めました。農業省のユーカリの話は聞かなくなりましたが、東ヌサトゥンガラ州知事は2020年10月時点でも「地元のハーブが有効」と主張しています。

なお、呪術師ではありませんが、ユニークなコロナウィルス解釈があったので、この場を借りてご紹介します。披露したのは、東ジャワ州芸術会議会長です。

<例3>

2020年4月、東ジャワ州芸術会議(Dewan Kesenian Provinsi Jawa Timur)議長でスラバヤのアーティストであるタウフィック氏は「コロナの薬が見つかった」と発表した。それはターメリック(ウコン)。ターメリックを食べればよく、息が苦しくなったら、体に塗ればウィルスは体につかない。ターメリックが薬だという理由は、コロナウィルスは黄色だからだ。そしてターメリックも黄色だ。ターメリックがコロナウィルスを殺して、血が黄色くなる。ターメリックは土から生えたものであり、土に眠る亡くなった先祖の力がコロナを殺す。だから、医者は解毒剤としてターメリックを食べるよう勧める。コロナは太陽系の外から来たもので黄色い。コロナは病気になった太陽のかけらである。コロナは空中にあり、空中で広まる。コロナは半分がスピリチュアルなもので半分がフィジカルなものである。コロナは人口を半分にするためのものだ。朝の日光浴はコロナの原因になる。コロナは空中にあるからだ。夜はよく雨が降る。空中のウィルスを洗い流すためだ。昼間の空は快晴だ。コロナが終わった印だ。いくつかの火山が噴火してコロナは終わった。最近の快晴の空がそれを物語る。

(出所)https://borobudurnews.com/ritual-seniman-jawa-temukan-obat-corona-yang-ternyata-sangat-mudah-didapat/

あまりにも荒唐無稽ですが、この手の珍解釈は巷ではたくさんあったと思います。アーティストの想像力とか妄想とかいえばそれまでですが、数は少なくても、こうした珍解釈を信じてしまう人々が存在するのではないでしょうか。呪術師とアーティストの間、いや空想好きな人々との間の距離は意外に小さいのではないかと思えてしまいます。それが故に、普通の人が誰でも「呪術師」を名乗ってしまい、口コミが広まると、いつの間にか呪術師として崇められる存在になるのでしょう。そうしたことが、次のような犯罪が起こる要因ともなります。

(以下に続く)

  • 「お金を増やす」詐欺
  • 呪術師を名乗ったレイプ事件
  • ヌサンタラ呪術師連合の設立
  • 呪術師はまだまだ消えない
この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

いんどねしあ風土記(53):世界遺産「ジョグジャカルタ哲学軸」が示すもの ~ジョグジャカルタ特別州~(横山裕一)

2024年04月23日号 vol.164

ウォノソボライフ(73):ウォノソボ出身の著名人たち(2) ~女優シンタ・バヒル~(神道有子)

2024年04月23日号 vol.164

ロンボクだより(110):晴れ着を新調したけれど(岡本みどり)

2024年04月08日号 vol.163

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)