よりどりインドネシア

2021年05月22日号 vol.94

フォーマット小説-イラナ・タン四季4部作(太田りべか)

2021年05月22日 18:17 by Matsui-Glocal

『よりどりインドネシア』第92・93号の「往復書簡-インドネシア映画縦横無尽」第18・19信で、横山裕一さんと轟英明さんが映画『ウィンターイン東京』を取り上げておられた。この映画の原作となったのはインドネシア人作家の手になる小説だということだったので、興味を覚えてその原作小説を読んでみた。

作者はイラナ・タン(Ilana Tan)。恋愛小説のベストセラー作家ながら「謎の作家」と言われているらしい。著書の巻末についている著者プロフィールにもウィキペディアにも、どんな著作があるかが紹介されているほかは、趣味は映画と読書と外国語、ジャカルタ在住ということぐらいしか書かれていない。

映画の原作となった“Winter in Tokyo”は、インドネシアの大手出版社グラメディア・プスタカ・ウタマから「メトロポップ」シリーズとして出版された「四季4部作」のうちの第3作である。四季4部作の構成と初版出版年は次の通り。

  • 第1作 “Summer in Seoul”(2006年)
  • 第2作 “Autumn in Paris”(2007年)
  • 第3作 “Winter in Tokyo”(2008年)
  • 第4作 “Spring in London”(2010年)

 写真は初版本の表紙。(出所)http://jennyfercrystal.blogspot.com/2017/08/review-novel-by-ilana-tan-summer-in.html

題名は英語だが、すべてインドネシア語で書かれている。題名からもわかる通り、もしも今のインドネシアの若い人たちに「世界で行ってみたい町は?」と訊いたらベスト10に入りそうな町を舞台として、ある年のある季節に起きた出来事を描いている。主に若い女性をターゲット読者層としたと思われる恋愛小説で、四作ともそれぞれ10万部を超えるベストセラーとなったらしい。

四作とも主人公の揺れる心情が繊細に表現されていて、テンポよく楽しく読めるのだが、読んでいるうちに、この連作は「フォーマット小説」と呼んでいいのではないかという気がしてきた。つまり一定のフォーマットがあって、人物名や地名を入れ換えれば、ほぼどこの国の物語にも作り変えられる小説だ。もちろんワンパターンだと言っているわけではない。一定の枠組みはあっても、肝心なのは中核となる部分をどう展開していくか、細部をどう埋めていくかであって、そこが作者の腕の見せどころだ。その点、この作者は才能溢れるストーリーテラーといっていいだろうし、そもそもこの四部作を構成するに当たって、そういうフォーマットを用意したのは(先にそれを計画的に用意したのか、結果的にそうなったのかはわからないが)、なかなか有効な作戦だったのではないかと思う。

この四部作に共通するフォーマットがどんなものなのかを見てみよう。

<フォーマット1:主人公>

主人公は20代の男女一組。女性は母方がインドネシアにルーツを持つ。男性は若くして特定の分野で才能を発揮する容姿端麗な青年。

<フォーマット2:舞台>

観光地としても人気の高い場所を有する大都会。有名な地名や場所がいくつか登場する、または言及されるが、情景描写などはごく一般的なものに留める。

<フォーマット3:物語時間>

ある年のある季節。それぞれの季節の描写は、ごく一般的なものに留める。

<フォーマット4:因縁>

主人公の男女の間には実はある因縁がある。物語の展開とともにそれが徐々に明らかにされていき、その因縁の発見や克服が物語の重要な鍵となる。

<フォーマット5:世間は狭い>

登場人物のうちの幾人かが口にする通り、世間は狭い。登場人物どうしが思わぬところでつながっていたり、さまざまな偶然が起こったりする。

<フォーマット6:事故/事件>

主人公のうちの一人、または二人ともが事故または事件に巻き込まれる。それが契機となって物語が大きく展開する。

<フォーマット7:支援者>

女性主人公には、非常に思いやり深く親身になって支援してくれる友人がいる。

<フォーマット8:ライバル>

恋愛小説には欠かせない恋敵。第2作ではあまりあからさまではないが、それ以外はしっかりライバルが登場する。

<フォーマット9:人物リレー>

終盤に、次作の主人公となる人物がちらっと登場する。冒頭近くで、前作の主人公について言及される。全四作を通じて、それぞれの主人公のうちの一人が次作の主人公と繋がりがあり、言うなればスピンオフ的に次作に繋がっていく。第4作と第1作も男性主人公どうしが繋がっている。

それでは、このフォーマットに従って、四季4部作を一作ずつ見ていこう。

●第1作 “Summer in Seoul”

<フォーマット1:主人公>

女性主人公:サンディ(ハン・ソヒ)。母はインドネシア人、父は韓国人。ジャカルタで生まれるが、10歳のときに父の転勤によってソウルへ転居。5年前に再び父の転勤により両親はジャカルタへ戻るが、サンディはソウルに残って大学に通いながら有名デザイナーのスタジオで働いている。物語前半では明かされないが、実は父親違いの姉がいた。母の故前夫(インドネシア人)との間に生まれた娘で、サンディとは仲の良い姉妹だったが、一家がソウルに引っ越したとき、ジャカルタの祖母のもとに残った。

男性主人公:チョン・テウ。韓国の人気歌手。4年前のファンの集いで、ファンの女性が一人死亡する事故が起きたため、しばらく活動を自粛していたが、4年ぶりにアルバムを出して本格的に活動を再開することになった。

<フォーマット2:舞台>

ソウル。アックジョンドン(狎鴎亭洞)やミヨンドン(明洞)などのショッピング街の地名は出てくるが、詳しい描写はない。ゴシップ紙の記者たちの目を逃れてソウル近郊の海岸へ行く場面もあるが、海岸や海についても特に描写されない。主人公たちが家で焼肉をして箸で食べる場面などはあるが、ソウルらしい情景描写などはほとんど見られない。

<フォーマット3:物語時間>

ある年の夏。何月かは不明。夏らしい描写もない。海へ行く場面でも、夏場のソウル近郊の海岸ならかなりの賑わいを見せていると想像できるものの、なにも描写されない。

<フォーマット4:因縁>

サンディとチョン・テウの出会いは、二人が偶然同機種で着信音も同じ携帯電話(スマホはまだ登場せず、フラップ付きの携帯電話だったころの話だ)を持っていて、それがふとした手違いで入れ替わってしまったのがきっかけだった。4年ぶりのアルバム発売前にゲイ疑惑をゴシップ紙に流されて困惑していたチョン・テウは、携帯を返しに行ったサンディとそれを見送る自分の姿が写真に撮られてゴシップ紙に掲載されたのを利用して、ゲイ疑惑を払拭するためにサンディに自分の恋人のふりをして写真を撮るのに協力してほしいと頼む。協力することに同意はするものの、どこかぎこちない態度をとるサンディ。それが物語の後半になって明かされる秘密の伏線になっているのだが、その割には唐突に馴れ馴れしく振る舞ったりして、ちょっと不自然だ。この物語は著者にとっては最初の長編小説らしいので、まだキャラクター作りに不慣れなところもあったのかもしれない。

物語後半になって明かされるその秘密とは。実は4年前のチョン・テウのファンの集いでの事故で死んだのは、サンディの父親違いの姉リサだった。リサはチョン・テウの熱烈なファンで、コンサートに行くためにソウルの妹を訪ね、ファンの集い終了後に出待ちをしていたときに人混みで押され、低速で動き出していたチョン・テウの乗った車(ハンドルを握っていたのは運転手だった)の前に倒れて頭部を強打し、亡くなったのだった。

秘密を抱えつつも、事故のことやテウがどんな人物なのかを知りたい気持ちから、サンディは自分の名前と顔を出さないことを条件に、テウに協力することにする。いつしか二人は惹かれ合うようになるが、やがてサンディの名前と顔が世間に知られてしまい、亡くなった姉の復讐をするためにテウに近づいたという中傷記事がネットに出回るようになる。

<フォーマット5:世間は狭い>

二人の携帯の入れ換わり、テウが帰宅してふとテレビをつけると、サンディの住むアパートの火災がニュースで中継されている、いろいろなところでサンディの元彼と鉢合わせするなど、偶然がたくさん起こる。

<フォーマット6:事故/事件>

サンディの住むアパートのビルで火事が起き、偶然そのニュースをテレビで見たチョン・テウが現場に駆けつけて、着のみ着のまま焼け出されたサンディを家に連れ帰る。

ネットの中傷記事から起きた騒動のなかで、サンディはチョン・テウとしばらく距離を置いたほうがいいと判断し、ジャカルタの実家に帰る。ソウルへ戻る直前に、乗ったタクシーが事故を起こしてサンディは数日間意識不明となる。それを知ったテウはもちろんジャカルタに駆けつけ、意識を取り戻したサンディと想いを確かめ合い、サンディの家族がテウに対して悪感情を抱いてはいなかったこともわかって大団円。

<フォーマット7:支援者>

サンディの親友カン・ヨンミ。サンディの一家とは家族ぐるみの付き合いをしていたようだ。気のいい明るい性格で世話好き。チョン・テウの大ファンだが、サンディとテウの関係を知った後も、嫉妬せずに協力してくれる。

<フォーマット8:ライバル>

サンディの元彼イ・チョンス。他に好きな人ができたと言ってサンディを振ったにもかかわらず、今ではそれを後悔していて、未練たっぷりに始終サンディに電話をかけてきたり身辺に出没したりする。

<フォーマット9:人物リレー>

物語の前半に、第4作 “Spring in London”の主人公ダニーがちらっと登場する。サンディは携帯が入れ換わったことに気づかずに、かかってきた電話に出るが、その相手がダニーだった。ダニーは人気者の広告モデルで、チョン・テウの友人。姉は有名デザイナーで、テウとサンディがそのブティックへ行ったときに、そこでダニーと会って短い会話を交わす。

物語の終盤、ジャカルタに帰郷したサンディは、従姉妹のタラと会う。タラは普段は父のいるパリに住んでいるが、そのときはたまたま母親のいるジャカルタに遊びに来ていた。タラは明るく物怖じしない性格で、語学に優れている。インドネシアには短期間しか住んだことがないにもかかわらず、ジャカルタの若者言葉まで流暢に使いこなす。

サンディがソウルへ戻る日時をヨンミに伝えるべく電話をしようと思ったところ、携帯のプルサが切れていたので、タラの携帯を借りてヨンミに連絡した。ヨンミの携帯にその着信履歴が残っていたため、サンディが予定の日を過ぎても戻って来ず、連絡も取れないことを心配したヨンミがタラに電話をかけ、サンディが事故に遭ったことを知らされる。

このタラが次作の主人公となる。

(以下に続く)

  • 第2作 “Autumn in Paris”
  • 第3作 “Winter in Tokyo”
  • 第4作 “Spring in London”
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