よりどりインドネシア

2021年05月07日号 vol.93

いんどねしあ風土記(27):トカゲの危機-汚職撲滅委員会の行方 ~ジャカルタ首都特別州~(横山裕一)

2021年05月07日 22:38 by Matsui-Glocal

2021年4月、汚職撲滅委員会(KPK: Komisi Pemberantasan Korupsi)の弱体化露呈を懸念するニュースが相次いだ。家宅捜索の事前情報漏洩疑惑と警察出身のKPK捜査官による汚職発覚である。汚職撲滅委員会の弱体化につながると国民から反発を受けた、2019年の汚職撲滅委員会法の改正による影響だとの指摘も報道されている。2003年の発足以降国民の強い信頼と支持を受けてきただけでなく、海外からも評価を受けてきた汚職撲滅委員会の危機ともいわれる現状とは。

●汚職撲滅委員会の弱体化露呈

2021年4月9日、汚職撲滅委員会(KPK)は税務処理に絡んだ汚職容疑で南カリマンタン州の石炭輸出・採掘機器リース企業の事務所2ヵ所を家宅捜索したが、書類など証拠物件を押収できなかったと発表した。これを受けて各メディアはKPKの家宅捜索の情報が事前に漏れていた疑惑が強いことを報じた。

今回の疑惑ついて、非政府組織のインドネシア汚職監視団(ICW: Indonesia Corruption Watch)は、2019年に汚職撲滅委員会法が改正された影響が大きいと指摘する。改正汚職撲滅委員会法では監督者評議会が新設され、家宅捜索も事前に同評議会の許可を得なければならなくなったためだ。これにより、家宅捜索の許可プロセスに時間がかかり、被疑者に証拠隠滅の猶予を与えるだけでなく、捜査現場外部の監督者評議会が絡むことで情報漏洩の可能性を広げることになるためである。

さらに汚職監視団の分析スタッフによると、KPK内でも家宅捜索を監督者評議会に許可申請するための担当者が「情報を知る者」として増えたことを指摘している。この担当者は3人だが、現在全て警察出身者が担当しているという。

「内偵で証拠物件があることがまず間違いないと確認したものの、家宅捜索で消えているということは、KPKの内部関係者からの情報が事前に漏れていたと考えざるをえない。再発防止のためにも組織内部の精査が必要である」

家宅捜索の失敗は2020年の年明けにもあった。地方選挙での汚職事件に絡んで、政権与党でもある闘争民主党の地方本部の家宅捜索を試みたものの、同本部から拒否され実施できなかった件だ。これについても汚職監視団は、家宅捜索実施までの内部プロセスが煩雑になった弊害だと指摘している。

情報漏洩疑惑からまもない4月中旬、警察出身のKPK捜査官が北スマトラ州タンジュンバライの副市長から同市での汚職捜査を中止する見返りに金銭を受け取ったとして逮捕された。この事件はその後、逮捕された捜査官と副市長を引き合わせたのが国会副議長で、場所は副議長の自宅官舎だった疑いも強まり、中央政界も巻き込んだ汚職に発展している。過去2年での警察出身のKPK捜査官による汚職関与はこれで2件目となる。

この事件から改めて警察出身のKPK捜査官のあり方が問われ始めている。汚職監視団(ICW)によると、2019年に改正された汚職撲滅委員会法以降、KPK内では捜査官約150人を含む全職員における警察出身者の割合が増加傾向にあるという。従来、KPKは独自採用した捜査官が主流で、公的組織や公権力とのしがらみなく汚職捜査を進められたことが強みであり、国民から信頼を得てきたゆえんだった。しかし、今回の事件で、法改正以降、明らかに捜査組織内部が揺らぎ始めていることが窺われる。

国民の強い信頼と支持を受けてきたKPKが発足から約20年経った現在、なぜこのような危機ともいえる状況に直面したのか。KPKが辿ってきた過去の経緯をみるとその背景が浮かび上がってくる。

●レフォルマシ時代の公正さの象徴・汚職撲滅委員会

「汚職は文化」とまで揶揄されるほどインドネシアでは独立以来、汚職がはびこり、一般国民に対する行政サービスの低下を含め、インフラ整備をはじめとした国の近代化の遅れや国家としての信頼度に影響を及ぼしてきたとも言われている。一方で、取り締まるべき警察や検察が汚職の温床になっているとの批判の声も国民から根強くあがっていた。

スハルト大統領による長期独裁政権が崩壊し、レフォルマシ(改革)機運の高まりを背景に2002年、汚職撲滅委員会法が制定された。これに基づき汚職撲滅委員会(KPK)が翌年発足した。KPKは他の行政機関とは一線を画した独立捜査機関で、正副大統領や閣僚をはじめとした政府高官や議員、警察官、検察官、裁判官らを独自に捜査、訴追できる強大な権限が付与された。組織体制は国家警察や最高検察庁からも職員が派遣されたが、捜査員を含め多くはKPKが独自に一般から採用した。

発足当時の汚職撲滅委員会本部ビル(南ジャカルタ)

捜査は国家の損害額10億ルピア以上の汚職事件が対象で、政治家や政府高官、実業家などを独自に内偵したうえで、賄賂授受の現場を踏み込んで現行犯逮捕するスタイルが度重なり報道され、国民の信頼や期待が高まっていった。汚職摘発件数は年々増加し、2017年には一年間で汚職摘発によって没収した現金や資産が総額約3兆ルピア(当時レートで約250億円)相当にまでのぼり、国庫に納付されるなどしているほどだ。

有力国会議員、政党幹部の相次ぐ逮捕などKPKが成果を上げ、公正な世の中を求める国民の期待を背負うレフォルマシ時代の象徴ともなった一方で、権力をもとに利益を模索する政治家らにとってKPKの存在は目の上の大きなコブとなり、国会を通じてKPKの活動に制限をかける試みが度々行われた。さらに、同じ捜査機関である警察もKPKと度々対立してきた。

KPKと政治家、警察との対立。とくに警察との対立は、巨大な組織を持つ警察に対して小規模組織であるKPKを例えて、「トカゲ(KPK)対ワニ(警察)」と呼ばれるようになった。小さなトカゲが社会の正義と公正さのために巨大な権力に立ち向かう姿に、政府や警察、検察に不信感を抱く国民は支持を寄せるようになっていった。

●「トカゲ対ワニ」三幕にわたる対立攻防

「トカゲごときが、なぜワニに逆らうんだ」

これは2009年、当時の国家警察犯罪捜査局長が雑誌『テンポ』のインタビューに答えたものである。当時、同局長はセンチュリー銀行を巡る汚職に絡んだ疑いでKPKから盗聴捜査を受けていたことが発覚した後で、怒りを露わにしての発言だった。以後、KPKと警察の確執は「トカゲ対ワニ」と例えられるようになった。

この発言があってほどなく、警察はKPKの副委員長2人を別の汚職容疑で逮捕したが、裁判に提出された証拠は容疑裏付けに乏しいものだった。このためこの副委員長逮捕は、KPKが警察幹部を捜査したことに対する警察の報復措置の可能性が高いと一般にみなされた。これが「トカゲ対ワニ」の第一幕となった。

「トカゲ対ワニ」第二幕を特集した雑誌『テンポ』表紙(26 Jan-1 Feb 2015号)

第二幕は2012年に起きた。7月末、KPKは免許取得のための運転シミュレーター導入計画にまつわる汚職事件容疑で、南ジャカルタにある交通警察事務所を家宅捜索し、交通部隊長ら幹部2人を容疑者認定した。これに対し警察は「警察も同じ容疑事件を捜査中だった」として、警察独自による捜査を進めたうえで「汚職の事実はなかった」と結論づける発表をした。

そして3ヵ月後の10月、警察は逆にKPKの本部ビルを取り囲み、警察の汚職事件を担当していたKPKのノフェル・バスウェダン捜査官を逮捕した。容疑はノフェル捜査官が警察官時代の2004年に取調べで容疑者に暴行したというものだった。

これを機にKPKと警察の確執が再燃した、とマスコミをはじめ有識者、国民間で論議が起こった。その後事態を収拾すべくスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領(当時)が乗り出し、ノフェル捜査官に対する警察の捜査を終了させている。ノフェル捜査官は警察から派遣されたKPK捜査官だったが、この騒動を経て2014年に「本籍」である警察を退職したうえで、改めてKPK独自採用のKPK捜査官として正式に再就職している。

「トカゲ対ワニ」第三幕はジョコ・ウィドド大統領が就任して間もない2015年年明け早々に起きた。新しい国家警察長官の候補にブディ・グナワン氏の名前が上がった直後に、KPKが前職場で汚職があったとしてブディ氏を容疑者に認定したのに端を発する。

ブディ氏が容疑を否認する一方で、警察はブディ氏の捜査を主導したKPKのバンバン・ウィジョヤント副委員長(当時)を彼が弁護士時代に偽証教唆容疑があったとして、さらにアブラハム・サマッド委員長(当時)を文書偽造容疑で相次いで逮捕した。再三にわたる警察の報復ともとれる逮捕劇に反発し、学生や市民団体によるデモが相次ぎ、警察への批判が高まった。

第三幕の特徴は政治的背景も多分に含まれていた点である。汚職容疑のかけられたブディ氏は、ジョコ・ウィドド大統領の所属政党、闘争民主党のメガワティ党首が大統領だった時代の副官でもあり、ブディ氏の国家警察長官就任は同党首からの強い要請があったとされている。ジョコ・ウィドド大統領は、一度はブディ氏を国家警察長官候補として受け入れながらも、KPKと警察の対立激化と国民論議高まりの挙句、最終的には別の新しい候補者を選任した。

当時就任直後で、クリーンさが人気の要因の一つでもあったジョコ・ウィドド大統領にとっては、ブディ氏に汚職容疑がかけられた段階で警察長官候補者として貫く訳にはいきづらく、さらには「大統領はメガワティ党首の操り人形」との批判を打ち消す機会にしたいとの意向が働いたものとみられている。

一方で同大統領は警察の体面を保たせるためか、警察に逮捕されたKPKの正副委員長2人を停職処分にし、一見「喧嘩両成敗」とも取れる形でKPKと警察の対立に幕を引いた。しかし、KPKの正副委員長の停職には国民が反発し、当時大統領の支持率低下につながった。逮捕され、停職処分を受けたKPKの正副委員長は翌2016年、不起訴処分になっている。またブディ・グナワン氏は2016年、大統領から国家情報庁(BIN)長官に任命されている。

大規模汚職事件を専門に手がける目的で組織されたKPKだけに、捜査対象の多くが政府、政治家、警察、司法など強大な権力を持つ者たちであるため、KPKが成果を上げた事件はいずれも社会に大きな反響を及ぼした。それだけに相次ぐ警察との対立劇を通して、KPKは国民から民主化改革時代の公正な捜査機関の旗手とみなされた。

しかし、警察にとってみればKPKが躍進するごとに面子が丸つぶれとなってしまうだけでなく、国家警察関係者による汚職事件が度々取りざたされた。「トカゲ対ワニ」の三幕の経緯が示す如く、KPKが捜査に踏み込むたびに警察は巨大組織を背景に真っ向から対立構図を深めてきているのが現状だ。そして、KPKへの包囲網、対立の舞台はさらに政治家、国会へと移ることになる。

(以下に続く)

  • KPK、警察、国会の三竦み
  • KPKの危機、汚職撲滅委員会法の改正
  • 汚職撲滅委員会法改正から1年
  • 短編小説「トカゲの最後の意地」
  • メラプティ(紅白)ビルの行方は
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