よりどりインドネシア

2023年12月09日号 vol.155

いんどねしあ風土記(51):「ひとつ屋根の下で」ダヤック民族伝統家屋ロングハウスの人々 ~西カリマンタン州スンタルム湖~(横山裕一)

2023年12月09日 10:45 by Matsui-Glocal
2023年12月09日 10:45 by Matsui-Glocal

世界で3番目に大きい島、カリマンタン島(ボルネオ島、面積743万平米)は日本領土の約2倍の広さがある。インドネシア、マレーシア、ブルネイ3ヵ国の領土で、その70%余りをインドネシア領が占める。この島の最大民族がダヤック民族で、長さ数十メートルから百数十メートルにも及ぶ特徴的な伝統家屋「ロングハウス」に居住する。近代化とともに都市部やその周辺では形状を残すのみとなりつつあるが、広大な熱帯雨林に囲まれた大自然の中、現在も伝統家屋で生活を続ける人々も多い。ロングハウスの人々の伝統生活を訪ねる。

●伝統家屋ロングハウスとイバン・ダヤック族

カリマンタン島スンタルム湖(赤印)(Google Mapsより)

スンガイ・プライックのロングハウス(星印)(Google Mapsより)

13万2,000ヘクタールもの広大なスンタルム湖国立公園は、西カリマンタン州の北部、マレーシアとの国境沿いのカプアスフル県にあり、カリマンタン島の奥地といってもいい地域である。湖の周囲には熱帯雨林が生い茂った湿地帯が広がっている。

今回訪れたダヤック民族の伝統家屋「ロングハウス」はスンガイ・プライックという地にあり、湿地帯の切れ目にあたる熱帯雨林の中にポツンと建っている。隣の集落までは舟で30分、最も近い街、ランジャックまではスピードボートで2時間スンタルム湖を横断しなければならない。ランジャック自体、西カリマンタン州の州都ポンティアナックからバスを乗り継いで16時間余り、マレーシアのクチンからもバスなどで国境を超えて8時間余りを要する。まさに隔絶された地域である。

スンタルム湖。湖水が広がる地域と密林が広がる地域を繰り返しながら進む。

ランジャックから乗ったスピードボートは、広大な湖と湖底から生育した森林に両脇を囲まれた水路を繰り返しながら突き進む。鬱蒼とした熱帯雨林と青空を映し出す広大な湖水。普段見ることのできない大自然が広がる。目的地であるスンガイ・プライックに到着すると、密林の湿地帯に木材で作られた桟橋が延々と続いている。約1キロ桟橋を歩いた先で密林が途絶え、視界が広がると、そこに「ロングハウス」の威容が姿を現した。2メートル近い高床の上に、長さ62メートル、幅18メートルもの巨大な木造家屋が建っている。家屋の前面には庭ともいえる板張りの広いテラスが広がっている。

スンガイ・プライックのロングハウス

家屋内は家屋と同じ長さで廊下にあたる、現地の言葉で「ルアイ」(Ruai)と呼ばれる大広間がある。大広間に沿って9つの部屋が並ぶ。これらの部屋はそれぞれ約30平米と広く、その奥に小部屋が2つある。さらにその奥に台所があり、台所の裏には小さなテラスが設けられている。小さなテラスには物干しや水浴び場、また物置が設置されているところもある。大型の建物だけにスペースは広く、部屋の天井部分の梁に板を並べて物置に利用されてもいる。

非常に長い大広間(写真上)と広い収納スペースがある部屋の天井部分(写真下)

このロングハウスには22世帯、66人が住んでいる。全員が血縁関係者、あるいは結婚してここに来た者で、いわゆる大家族である。まるで巨大な家屋を介して、一つの集落を形成しているようでもある。

本来、ダヤック民族の伝統家屋「ロングハウス」は、ジャングルで生活する血縁集団が野生動物から身を守るため、高床を築いてその上に家屋を建てたのが始まりだといわれている。狩猟や農耕で生活が安定するにつれて家族構成員も増え、家屋が横に長くなっていったものとみられる。家屋の規模は数十メートルから大きいものでは150メートル以上のものもあるという。家屋は東西に長く、南向きに建てられるのが一般だ。ロングハウスの住民によると、家屋は新年に太陽が昇る方角に合わせて東西に長く建てられていて、それを基準に太陽が昇る位置によって季節などを把握しているという。

ロングハウス側面から見た高床部分

東西に長く伸びる家屋

家屋の前に設けられた高床の広いテラスでは日常作業も可能で、家屋は小川などの脇に建てられるため、洗濯や水浴びもできる。床下では鶏や豚などの家畜を飼育し、狩猟や農耕以外は家屋内で全ての作業が完結できる機能を持っている。獰猛な野生動物だけでなく、かつては他部族との戦争の際も家屋は家族を守る砦の役目を果たした。まさに巨大なロングハウスはジャングルに建てられた城や城下町をもイメージさせる。生活、文化などの全ての活動の拠点である。

主にカリマンタン島に居住するダヤック民族はインドネシア領だけで約300万人いて、文化や言語の違いなどから詳細には268の派生民族に分けられる。今回訪れた西カリマンタン州北部はその一つ、イバン・ダヤック族の居住地である。イバン・ダヤック族はさらにマレーシア領のサラワク地方やブルネイ領にも広範囲にいて、古来より親族間での行き来などが頻繁だという。現代でこそ別の国に所属するが、同民族としては国籍概念とは別に、同族の活動範囲が存在している。このため、インドネシア政府はパスポートとは別に国境周辺の住民にのみ、越境許可証を発行している。これにより出入国が容易にできるのに加え、持ち込む物品などに対する関税が免除されるという。

インドネシア政府発行の「越境許可証」

ダヤック民族の伝統家屋「ロングハウス」は、地域や部族によって呼び名は「ロウ」(Lou)、「ラミン」(Lamin)、「ラダン」(Radakng)などと異なる。イバン・ダヤック族は「ルマ・ブタン」(Betang)または「ルマ・パンジャン」(Rumah Panjang)と呼んでいる。文字通り「長い家屋」である。

●ロングハウスの人々とスンタルム湖

スンガイ・プライックにあるロングハウスは、2002年に建てられた。百年以上の耐久性を持つといわれることからも建物は比較的新しい部類に入る。かつては裏山の森林奥地にロングハウスを構えていたが、老朽化に伴う建て替えの際、森での狩猟から漁業を中心とした生活に切り替えるため、山を降りて湖に近い現在の場所に移したという。家屋は大家族全員で協力して建てた。今でも狩猟をすることはあるが、森の民から湖の民への転身を遂げている。

ロングハウスの人々の朝は早い。朝5時半、夜が明けると、高床の軒下に降りて鶏に餌をやり、一日が始まる。午前6時、子どもたちが学校へ行くため家屋前のテラスに出てくる。幼稚園に行く男の子と小学生の男女4人のあわせて5人。幼稚園と小学校は舟で30分余り乗った先のスマラというムラユ民族の集落にある。このため舟の操縦を兼ねて母親の一人、スニアさんが引率する。

ロングハウスの子供たちの登校風景

皆、菅笠を被り、手編みの籠を背負って、舟着場まで約1キロの木の桟橋を歩いて行く。子供たちが背負う籠の中には授業の用具以外に制服が入っている。舟通学のため、飛沫や雨で濡れないよう、学校近くの川沿いの小集落に寄って着替えるという。そこからは小集落の学校友達も乗り合わせる。最年長で6年生のフォルディンさんが背負う籠には、赤色の柔らかそうな葉をたくさんつけた枝の束が入っていた。引率のスニアさんによると、食用の木の葉だという。

「子供たちが授業の間、集落で売ります。一束5千ルピア(約5円)です」

船着場に着くと、子供たちは慣れた様子で舟に降り、前夜降った雨で溜まった水を汲み出す。6年生のフォルディンさんが舟の先頭に、引率のスニアさんが最後尾に座り、櫂で舟の向きを変える。スニアさんがエンジンを回し、舟は密林を縫うように進み姿を消していった。

舟に溜まった水を汲み出し、学校のある集落へ向かう

しばらくすると、舟着場に大人たちがやって来た。湖へ行き、魚を獲るための仕掛けを設置するためだった。若手男性のリーダー格でもあるニャリンさん(30歳)が魚籠のような仕掛けに餌である木のみを入れていく。餌を食べようと魚がカゴに入ると出られなくなる仕組みだ。ニャリンさんたちは手漕ぎの舟でそれぞれ湖へと向かっていった。船着場の水面は静けさを取り戻し、密林の木々を鏡のように映し出した。

仕掛けに餌を入れるニャリンさん

手漕ぎ舟で漁場へと向かう

密林を映し出す水面

ニャリンさんによると、雨季よりも乾季の方が漁獲量は圧倒的に多いという。スンタルム湖の水深は数メートルから10メートル近くあるが、乾季になると、驚くことに一部を除いて湖水の大部分が約3ヵ月間干上がってしまう。広大な陸地が出現するのである。水に浮いていた密林帯も陸地から生える普通の森林のように姿を変える。今回、スピードボートで来た2時間の行程もオートバイで移動できるほどだという。これにより、湖水が残った一部に魚が集まるため漁がしやすいのだという。

乾季に干上がるスンタルム湖 (写真提供:Nyaring氏)

水が残った箇所では漁が行われる (写真提供:Nyaring氏)

湖水が干上がると、ロングハウスの人々にとっては繁忙期が訪れる。この時期、漁獲量は一日に多い時で60~70キロにものぼるという。獲れた魚のほとんどは乾物に加工する。このため彼らは干上がった湖畔に作業場を設けて、朝から午後までは漁に出かけ、夕方から深夜11時までは作業所で魚を捌いて干物作りを続ける。ニャリンさんが説明してくれた。

「湖が干上がった時期は、ロングハウスの男も女も総出で作業します」

作業場の脇には宿泊用の家も建てられていて、ロングハウスの住民は全員そこに寝泊まりする。宿泊用の家と作業場も雨季は湖水に浮かぶように立つが、乾季には干上がった地面から立つ姿を現す。ここで数日寝泊まりを続けてはロングハウスに一旦戻り、また作業場へ行く繰り返しが3ヵ月間続く。この間、ロングハウスはひっそりとした日々が続くという。

湖畔の作業場(写真提供:Nyaring氏)

作業場で魚を捌く住民(写真提供:Nyaring氏)

乾季に使われる宿泊所と作業所の一部。雨季は湖水に浮かぶように建つ

一方、雨季は少しでも漁獲量を上げるため、湖の中間にある島にテントを張って、数日間昼夜に漁を続ける努力も続けられているという。筆者がロングハウスを訪れた際も男性十人余りが泊まり込みの漁を続けている最中だった。男性住民が少なく感じたのはこのためだった。

広大なスンタルム湖が見せる特異な自然現象ゆえ、スンガイ・プライックのロングハウスの人々は乾季のことを干上がる季節(musim kering)、雨季のことを満水の季節(musim pasang)と呼んでいる。湖に生きる人々らしい表現である。

(以下に続く)

  • ロングハウスに暮らす人々、60メートルの大広間にて
  • 伝統に生きる現代のロングハウスの人々
  • 子供たちの舟に乗って
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