よりどりインドネシア

2023年03月09日号 vol.137

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第58信:インドネシアコーヒーの魅力満載 ~映画『フィロソフィ・コピ(コーヒー哲学)』より~(横山裕一)

2023年03月09日 03:23 by Matsui-Glocal
2023年03月09日 03:23 by Matsui-Glocal

轟(とどろき)英明 様

もう3月とはいえ、日本ではまだ寒い日が続いているかと思います。寒い朝、あるいは落ち着いた夜に飲むホットコーヒーの美味しい季節でもあります。インドネシアは常夏とはいえ轟さんもご存知の通り、雨季の夜は若干気温も下がり涼しく感じる時も多く、ホットコーヒーを飲むには適した時期だとよく言われています。

個人的な話ですが、私がインドネシアに魅力を感じる大きな要素のひとつで、アイテムでもあるのがコーヒーです。上質で、豊富なバリエーション、またコーヒーをめぐる文化・歴史を含めて興味は尽きません。インドネシアコーヒーの歴史や近20年間のインドネシア国内における自国産コーヒーの再認識から始まった大変革についてはかつて別稿で書かせていただきましたが(『よりどりインドネシア』第72〜74号「いんどねしあ風土記」ご参照)、20年前まではジャカルタでさえ喫茶店がほとんど無かった時代から考えると、手軽に各地方の豆を楽しめるカフェが乱立する現在は隔世の感があります。世界で4番目の生産大国であるばかりでなく、1位、2位のブラジルやコロンビアなど南米のコーヒーの始まりとなった苗木がインドネシアからのものだった歴史経緯からみても、まさにインドネシアはコーヒー天国といっても過言ではないくらいです。

そこで今回は、映画『コーヒー哲学』(Filosofi Kopi /2015年作品)を通して、作品が伝えるインドネシアコーヒーの奥深さとコーヒーが及ぼした近年の社会変化について話してみたいと思います。

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同作品は作家でシンガーソングライターでもあるディ・レスタリの同名タイトルの短編小説が原作ですが、物語は登場人物やコンセプトをもとに膨らませたオリジナルです。主人公はジャカルタのコーヒーショップを経営する幼馴染の2人の青年、優秀なバリスタのベンと店の運営面を担当するジョディの2人で、店は人気であるものの資金面で運営難に直面しています。そんな折、店の人気を聞きつけたコーヒー道楽でもある実業家から「これまでに飲んだことのない最高の一杯」を提供すれば破格の報酬を支払うという提案が舞い込み、2人が「最高の一杯」作りに挑戦するというものです。

映画『コーヒー哲学』ポスター(引用:https://visinema.co/work/4

この作品の魅力的な点は、主人公演じるチッコ・ジェリコとリオ・デワントという人気俳優が展開する物語もさることながら、作品の至る所にコーヒーの魅力が散りばめられているところです。作品タイトルであり、主人公が経営するコーヒーショップ名でもある「フィロソフィ・コピ」(コーヒー哲学)とはどんなものか?作品内でも語られます。

「あらゆる種類のコーヒーには哲学が込められている。一杯のコーヒーを味わう中で生きていく意味を見出すことができる。コーヒーというものがある限り、人々は自分自身に向き合うことができる」

具体的にはどういうことか?作品内のコーヒーショップの「売り」でもある、注文されたコーヒーに対してベンがそこに込められた意味(哲学)を客に説明するシーンで紹介されています。例えば、挽いた豆に直接お湯を注いだだけの「トゥブルック」と呼ばれるコーヒーを注文した客に対しては、

「トゥブルックは素朴なコーヒーだが、より親しむとそこには非常に魅力を感じることができる。トゥブルックは見た目も良くない。お湯を注ぐだけで簡単に作れるものだ。しかし、やがて良い香りを味わうことができる」

また、インスタ映えするカプチーノについては、

「カプチーノは色っぽいコーヒー。美しい見た目が求められ、調和が必須だ。限りなく美しくなければならない。なぜならばカプチーノは美と心優しさを求める人のためのものだから」

このように、「見た目は悪くとも素晴らしいものを秘める」とか、「美と優しさは調和の中に生み出される」など、コーヒーの特徴から人生の意味を見出そうという試みが図られています。一杯のコーヒーから哲学に至るとは大袈裟に感じる面もあるかもしれませんが、産地ごとに異なる味や香りの豊富なバリエーションを持つインドネシアならでは、さらに言えば飲酒習慣が少ない分、よりコーヒーを嗜む機会の多いインドネシア人ならではの発想ともいえます。

作品内にはコーヒーの風味を表す「アロマ、ボディ、ラサ」といった用語がよく登場します。コーヒー好きがよく口にする言葉でもあり、制作側が観客のツボを押さえていることを窺わせます。「アロマ」は香りで「ボディ」はコク、「ラサ」は味です。豆の産地によって香りやコクには、苦味や甘味などに強弱があり、味もチョコレートに加えてフルーティな味などが微妙に絡みます。コーヒー農園での他の植物との微妙な受粉が影響しているようで、パッションフルーツやオレンジ、葡萄を始めとしたベリーなど、味から産地の植生状況が想像できるのも各地の豆を飲み比べる際の楽しみの一つです。

さらにインドネシアコーヒーの中でも良質で主要なコーヒー豆の名称(地名)も随所に散りばめられています。ざっと挙げると、キンタマーニ(バリ州)に始まり、ワメナ(山岳パプア州)、シディカラン(北スマトラ州)、マラバル(西ジャワ州)、ガヨ(アチェ州)、トラジャ・カロシ(南スラウェシ州)。次々と様々な地域ブランドのコーヒー名が登場するだけでも、インドネシアコーヒーの多様性を窺わせます。ワメナコーヒーはすっきりとしながらも深い味わいで、キンタマーニは比較的フルーティ。シディカランとガヨのスマトラコーヒーはバランスの取れた芳醇な味でヨーロッパでも人気があり、マラバルは酸味が強いので有名な西ジャワ州のコーヒーの中では酸味が抑えられた安定した味わい。日本酒党が〇〇の酒と聞いただけで味の特徴を思い出しニンマリとするのと同じで、インドネシアのコーヒー豆の風味の多様性は相当なものです。愛好者もその名を聞くだけで口の中にそれぞれの特徴ある香りが広がります。

いずれの豆も甲乙つけ難いですが、映画では実業家から求められた「最高の一杯」のために、主人公バリスタのベンがトラジャの高品質な豆を選んで、競売で競り落とします。トラジャコーヒーは日本のキーコーヒーが商標登録したことから日本でも有名ですが、すっきりとしたバランスのある味のコーヒーです。ベンはドリップやフレンチプレスなど様々なコーヒーの抽出法(淹れ方)を改めて模索した結果、今回はサイフォンを選びます。試飲も上々、でき上がったコーヒーを「プルフェクト」(パーフェクト/完璧)と名付けます。

ベン(写真中央)が淹れた「プルフェクト」を試飲し、スタッフが歓声を上げるシーン。(引用:https://www.kompasiana.com/hery_supriyanto/5535bb546ea834e42bda4361/film-filosofi-kopi-memahami-kehidupan-dari-secangkir-kopi

しかし、アメリカで有名なコーヒーの品質評価の資格、Qグレーダーを持つ女性エルが「フィロソフィ・コピ」の評判を知って店舗を訪れた際に「プルフェクト」を試飲したものの、「悪くはないわね」と一蹴してしまいます。努力が評価されず目を剥くベンを尻目にエルは「私が飲んだ中で一番美味しかったのは、イジェン(山)のティウスという名のコーヒーだった」と明かします。イジェン山とはジャワ島の最東端にある標高2,386メートルの活火山で、山麓で採れるコーヒーはジャワコーヒーの特徴である酸味は弱く、フルーティさも含んだ芳醇な味わいで、すぐ隣のバリコーヒーに似た味のコーヒーです。

ベンとジョディは早速エルを案内に東ジャワのイジェン山で「ティウス」コーヒーを栽培する農家に向かいます。栽培者は穏やかな老夫婦で、無農薬で「健全な」花や実を付けるよう一本一本の木を丁寧に剪定する手の込んだ手法を用いていました。実は「ティウス」とは幼くして亡くした子供の名前で、老夫婦はその後子供の代わりに愛情をコーヒーの木々に注ぎ続けていたのです。「愛情をもって木に手間をかければ、コーヒーの味は良くなる」、老夫婦が口にした言葉は、かつてベンが幼少時に当時コーヒー農家だった父親からの教えでもあったことを思い出し、ベンは悔しくも「プルフェクト」を上回る「ティウス」の上質な味の秘密に納得し、認めるのでした。

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(⇒ この作品はコーヒーを介してはいるものの・・・)

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