よりどりインドネシア

2022年03月23日号 vol.114

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第38信:「インドネシア映画の日」物語(横山裕一)

2022年03月23日 01:01 by Matsui-Glocal
2022年03月23日 01:01 by Matsui-Glocal

轟(とどろき)英明 様

無事ご回復されたようで良かったですね。2月下旬に私も1年半ぶりに国内線に乗りましたが、やはり満席でした。私の便は1日一便でしたが、同ルートで複数便ある場合は、搭乗者数次第で航空会社が急遽一便キャンセルして、搭乗者を別の便と合併することも多くあるようです。3月二週目からは国内線での検査による非感染証明義務も不要になりました。緊急活動制限の制限内容も経済優先になっていることも含め、去年のデルタ株と比べ重症化が低いこともあり、政府も「ウィズ・コロナ」へさらに大きく舵を切りつつあるようですね。

アパート1階に約半年前にできた新型コロナ検査屋台も2月は盛況だったが・・・

今朝テレビをつけると、東カリマンタン州の新首都移転予定地で、ジョコ・ウィドド大統領はじめ34州の州知事(5州は代理)による新首都ゼロ地点での式典が行われる様子が中継されていました。各州から持ち寄った土と水をゼロ地点に収め、改めて国の統一をアピールしています。先日、ソフトバンクが新首都移転への出資見送りを決めてもいて、資金面や環境破壊など実現性には懐疑的にならざるを得ないのが正直なところです。ドローンによる上空からの映像では、会場の新首都ゼロ地点の周囲は、今も原生林が広がっている様子が印象的でした。

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さて、前回私の書簡での近年のプロパガンダ作品を受けて、各作品について話を膨らませていただきありがとうございました。ただ、あえて一点だけ指摘させていただきますが、映画『ハビビ&アイヌン』に関するハビビ元大統領について、轟さんが「当時彼のライハルで民主化の旗手とみられていた政治家たちは国民が期待したほどの成果を挙げられず、むしろ大いに失望させたことが結果としてハビビの株を上げた面があったはずです」と言及されましたが、これは確実に誤認識だと思います。民主化の旗手と言われた面々が成果を上げられず国民から失望を受けた面はありますが、それによってハビビ元大統領の評価が上がったことは決してなかったはずです。

故人のことをとやかく言うのは本意ではありませんが、2019年にハビビ元大統領の訃報が報じられた当時、各メディアで彼の功績を讃える報道があまりにも相次いだため、古くからよく知るインドネシア人記者に確認したことがあります。彼は「インドネシアでは故人に対しては悪いことは言わないのが習慣です。ただ政治的評価は在任当時のままですよ」と答えています。これこそが事実です。ましてや『ハビビ&アイヌン』の本や映画が出た2010年以降の時期はスシロ・バンバン・ユドヨノ政権の2期目で、スハルト政権崩壊前後の民主化をめぐる政争、ハビビ大統領の時代は大衆的感覚としては遠い過去のものになっています。逆に言えば、だからこそハビビ氏が夫婦愛を前面に出した自らの人生を描く本が大衆に受け入れられる時代的環境が生まれたと推察します。

1999年10月に大統領を退任し、政治世界にとどまる余地を失ったハビビ氏はその後、大衆にとっては忘れ去られた存在となりましたが、約10年後に出版した同氏の著書『ハビビ&アイヌン』がベストセラーとなり、2013年に映画が公開されヒットします。前回と繰り返しになりますが、夫婦愛が大衆の共感を呼び、ハビビ氏にとって、あくまでも個人的な名誉回復を果たした作品です。このイメージが高じて、轟さんのおっしゃるように、同氏の政治的評価までもが上がったと感じるようになったとしたら、それこそ過去に遡って事実を捻じ曲げてしまう力を持つプロパガンダ映画の恐ろしさ、危うさだといえます。

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さて、3月30日はインドネシアでの「映画の日」です。今や日本や世界中で、毎日のように「○○の日」があり、とくに特筆すべきことではないかもしれませんが、ちょっと調べてみると制定に至るまでの過程は、インドネシアの歴史経緯も絡み、なかなか興味深いものだったので、ここでご紹介したいと思います。

「映画の日」が正式に制定されたのは1999年3月、大統領令で定められました。「3月30日」と定められたのは、インドネシア純正として認識された初めての映画作品『ロングマーチ(血と祈り)』(The Long March (Darah dan Do‘a))の撮影が開始された1950年3月30日を由来としています。同作品のプロデューサー兼監督を務めたのはウスマル・イスマイル氏です。

「映画の日」由来の作品『血と祈り』の一場面。(出所) https://www.kompas.com/tren/read/2021/03/30/133000965/hari-film-nasional-30-maret-sejarah-tema-2021-dan-ucapan-warganet?page=all

ウスマル・イスマイル監督。(出所) https://id.wikipedia.org/wiki/Usmar_Ismail

映画『ロングマーチ(血と祈り)』は独立戦争時の物語で、臨時政府が置かれたジョグジャカルタ陥落後、ジョグジャカルタから西ジャワへと家族同行の部隊が移動する、まさにロングマーチの道中を描いたものです。動画サイトYouTubeにアップされていたため今回初めて鑑賞しました。民間人を携えながらオランダ軍との戦闘を繰り返し、移動を続ける奮戦記、というだけではなく、主人公で部隊長のスダルトが従軍看護士に恋をしてしまい部隊の統率を欠いてしまうなど、英雄たる軍人と人間の狭間を描いたドラマとしても描かれた魅力ある作品です。

作品制作の前年まで 続いたオランダとの独立戦争が題材であること、またラストのナレーションで「国家と国民の平和や幸福が訪れるまで、もう一つのロングマーチが続く」と締められているように、インドネシア最初の映画作品として相応しい内容でもあります。まさにサブタイトル『血と祈り』のように、血で勝ち取ったインドネシアの始まりと将来への祈りが込められているようです。この作品はいずれ轟さんともじっくりと話したい作品でもあります。

(⇒実は、本作が制作された1950年の前年に・・・)

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