よりどりインドネシア

2022年03月23日号 vol.114

カリマンタンの忘れられた狩猟移動民 ~プナン・バトゥとは何者なのか~(松井和久)

2022年03月23日 11:31 by Matsui-Glocal
2022年03月23日 11:31 by Matsui-Glocal

このところ、ジャカルタから東カリマンタン州「ヌサンタラ」への新首都移転が話題となっていますが、日本のソフトバンクが投資の取り止めを発表するなど、その実現性への不確実性は高いままです。

しかし、そんな不安を払拭するかのように、ジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)大統領は3月14日、閣僚ら政府高官や全国34州の州知事(または代理)を伴って新首都予定地を訪れました。そして、全国34州から運ばれた土と水を一つに合体させ、インドネシアの統一を象徴する儀式を行いました。

さらに、ジョコウィ大統領は、新首都予定地の中心となる「0キロメートル地点」にテントを張って1泊しました。ただし、「0キロメートル地点」は傾斜地で平ではなく、テントを張れる場所も限られました。大統領のテントには机、電気湯沸かし器、小さな扇風機などがあってカーペットが敷かれており、1つのテントに1つの傘が用意されました。また、外には、30人が使える6つのシャワー室+洋式トイレが置かれました。ちなみに、当初、カリマンタン5州の州知事が大統領と一緒にテント宿泊の予定でしたが、実際に宿泊したのは東カリマンタン州知事1人でした。素朴な疑問ですが、大統領らの警備にあたる(おそらく百人以上の)関係者は、寝袋持参で野宿だったのでしょうか。

新首都予定地の「0キロメートル地点」にテントで宿泊した大統領。(出所)https://jakarta.tribunnews.com/2022/03/15/terkuak-kondisi-tenda-jokowi-saat-kemping-di-titik-nol-ikn-tak-ada-ac-dan-makan-mie-instan

大統領一行の仰々しいテントでの宿泊イベントが行われた同じカリマンタン島では、その日も、インドネシア、いやアジア最後の狩猟移動民かもしれないプナン・バトゥ(Punan Batu)の人々が森や岩を移り歩いています。日刊紙『コンパス』で環境問題や災害に関する記事を書いているアフマド・アリフ(Ahmad Arif)記者が、まさに、大統領の新首都予定地でのテント泊にぶつけて、プナン・バトゥに関する興味深い記事を掲載しました。

今回は、それらの記事を参考に、プナン・バトゥとは何者なのか、カリマンタンの主要種族であるダヤック族とは同じなのか違うのか、どのように暮らしているのか、などについて紹介してみたいと思います。

●プナン・バトゥに関する調査

プナン・バトゥの調査は、これまでに『よりどりインドネシア』で何回か取り上げてきたエイクマン分子生物学研究所(Lembaga Biologi Molekuler Eijkman)の研究者が、アメリカの人類学者・複雑系科学者であるスティーブ・ランシン(J. Stephen Lansing)らのグループと一緒に行ってきました。

プナン・バトゥのコミュニティの位置と新首都予定地。緑色は他のプナンのコミュニティを示し、青色は遺伝子学的に見た農耕文化を持つ種族を示す。(出所)https://www.kompas.id/baca/ilmiah-populer/2022/03/14/punan-batu-pemburu-terakhir-kalimantan-yang-kian-terdesak

彼らは2018年、北カリマンタン州マリアナ県でプナン・トゥブ・レスパン(Punan Tubu Respan)の調査を行っていた際、ブルンガン県のサジャウ川(Sungai Sajau)上流を移動するプナン・バトゥの存在を彼らから知らされました。それを受けて、小舟に1日乗ってサジャウ川を上り、さらに1日歩いて、サジャウ川上流の森の中にある石灰岩の洞穴でプナン・バトゥに会いました。

その後、調査隊はプナン・バトゥと何度か面会し、36人から遺伝子情報を採取し、エイクマン研究所でゲノム解析を行いました。36人の血液型はO型またはA型で、このことはプナン・バトゥの集団が閉鎖的で他所との交わりが少ないことを示しています。

さて、この遺伝子情報のゲノム解析から、何が明らかになったのでしょうか。カリマンタンの主要種族であるダヤックとはどんな関係があるのでしょうか。

●ダヤックとは違う種族だった

結論から言うと、プナン・バトゥはダヤックとは違う種族でした。ダヤックと全く関係のない種族だったのです。プナン・バトゥには、ダヤックで一般的なオーストロネシア人のDNAが認められなかったのです。

オーストロネシア人、あるいはオーストロネシア(Austronesia)系諸族とは、オーストロネシア語族の言語を話す民族の総称で、台湾原住民、フィリピン諸民族、マレー人、メラネシア人、ミクロネシア人、ポリネシア人等が含まれます。現在のインドネシア人のほとんどはオーストロネシア人と見なされていますが、プナン・バトゥはそうではないという結果でした。では、彼らは一体何者なのでしょうか。

オーストロネシア系諸族の祖先はモンゴロイドで、約6,000年前に中国南部から台湾へ渡り、約5,000年前以降にインドネシアへ拡散したと見られます。この移動の過程で、オーストラロイドと混血し、オーストロネシア系諸族が形成されていった、というのが一般的な見解です。

現時点では、プナン・バトゥは、マレーシアのオラン・アスリ(先住少数民族の総称)と同様、アフリカ由来のアンダマン人から分かれたアジア大陸系の特徴とともに、オーストロネシア祖族(Pra-Austronesia)、すなわち、オーストロネシア系諸族の「祖先」の特徴を持っているとされます。そして、オーストロネシア諸族との混血が見られない、というのがポイントです。プナン・バトゥは、ダヤックよりも早く、約8,000年前にカリマンタンへ来たと推測されます。プナン・バトゥは独自で、周囲の種族の影響を受けていないのです。

プナン・バトゥの人々の血圧検査を行う調査員。(出所)https://www.kompas.id/baca/utama/2018/10/22/punan-batu-berperan-penting-dalam-kajian-genetika/

(以下に続く)

  • 言語とコミュニケーション
  • 森に依存する移動生活
  • プナン・バトゥはサバイバルできるか
この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

村人と行政事業レビューをやってみました! ~ジャワの2つの村での事業仕分けの試み~(北田多喜)

2022年09月22日号 vol.126

パプアへの武器・銃弾密輸を追う(松井和久)

2022年07月23日号 vol.122

インドネシア人移民労働者の光と陰(松井和久)

2022年07月09日号 vol.121

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)