よりどりインドネシア

2020年12月22日号 vol.84

いんどねしあ風土記(23):「世界最古のピラミッド」とされた古代遺跡の謎 〜西ジャワ州チアンジュール~(横山裕一)

2020年12月23日 17:30 by Matsui-Glocal

2010年代前半、「世界最古、最大のピラミッドが西ジャワ州で発見された」と地元メディアで繰り返し報道され、一躍脚光を浴びた古代遺跡がある。西ジャワ州チアンジュールにあるグヌンパダン遺跡がそれだ。世界の古代史を覆しかねないセンセーショナルなニュースも、結果的には事実とは大きくかけ離れていたが、特異な形態を残す同遺跡は多くの謎に包まれているとともに、現代の地域住民の新たな信仰の場ともなり、興味深い存在となっている。巨石文化の名残あるグヌンパダン遺跡の実態に迫る。

●グヌンパダン遺跡(Situs Gunung Padang

 

パダン山のある丘陵地(写真上の奥)と遺跡入り口のパダン山麓(写真下)。

グヌンパダン遺跡は西ジャワ州チアンジュールの丘陵地の中の一つ、パダン山(Gunung Padang / 標高895メートル)の頂上にある。州都バンドゥンの西、首都ジャカルタからはボゴールのプンチャック峠を越えたさらに南に位置する。丘陵地の麓から集落の続くなだらかな街道の坂道を車で登る。約30分行くと坂道がやや急になり、集落も途切れがちになって丘陵地の奥深くに入り出したことを知る。道路はすでに同遺跡への観光用に整備されていて、棚田や茶畑の間をさらに30分登ると遺跡入り口のあるパダン山麓に到着する。入口の看板には「巨石文化時代遺跡」(Situs Megalitik)と記されている。

入り口には遺跡に重要な意味を持つと言われる井戸があり、水が湧き出ている。そこから遺跡がある丘の頂上へと石階段が続く。階段は全長約175メートルで、長さ1メートル前後の線路の枕木のような形の柱状石で組まれている。石段がすでに傾いていて高さが不均衡であるうえ、傾斜が急なため、慣れない者にとっては少し登っただけで息が上がるほどである。

遺跡へ続く石組みの階段(写真上)と丘頂上の遺跡入口に門のように柱立する石(写真下)。

階段を登りきると両脇に枕木状の石が柱立していて、丘の頂上に広がる遺跡の入口であることを示している。遺跡は全長約120メートルで、長方形のテラスが5面、段状に奥へ行くほど高くなって連なっている。テラスは南北に伸びていて、最下段のテラスが北で、最上段のテラスが南となる。

グヌンパダン遺跡。5面のテラスが南北に並ぶ(写真右手前最上段から撮影)。

5つのテラス内の各遺構には、ほとんどが長さ1メートル前後の柱状の石が使用されていて、各テラスを区切る垣根、隣接するテラス間をつなぐ階段、あるいはテラス内を小部屋のように区切った小さなスペースなどが配石によって形作られている。このほかにもかつては構造物あるいは何か象られたものが崩れてしまったのか、おびただしい数の柱状の石が散乱している場所もある。

最下段のテラス。各所に配石による遺構が確認できる。ほとんどが柱状石で構成されている。

グヌンパダン遺跡は、奥深い丘陵地の丘の頂上でありながら全長120メートルにも及ぶ大規模な構造物が造られていること、また遺跡内のほとんどが柱状の石で構成された特徴ある形態であることなどから、遺跡全体が象徴的な存在であった印象を受けるとともに、建設当時、相当な労働力を要したことが想像できる。当時の有力者の墓だったのか、あるいは祭祀を行う神聖な場として造られたものなのか。特有の文化があったと思わせるこの遺跡は古代ロマンへの想像も掻き立てられる。

●センセーショナルなゴシップ「世界最古のピラミッド」

グヌンパダン遺跡の存在が最初に文献に記録されたのが1891年。当時オランダ人(Dr. R.D.M.Verbeek)がジャワ島とマドゥラ島の古代遺跡をまとめた中に、4段のテラスがあると記している。20世紀初頭にもオランダの専門家が訪れているが、それ以降は忘れられた存在となっていた。1979年になって、地元住民3人が遺跡を偶然見つけたことで改めて存在が公式に確認されるようになり、教育文化省による調査が断続的に行われるようになった。

そして約30年後の2011年、言い伝えや伝説も含めて歴史を研究する歴史愛好家団体(Yayasan Turangga Seta)が、「西ジャワ州バンドゥン県にあるララコン山(Gunung Lalakon)など複数の山は、古代にピラミッドを建設した上に土砂で埋めた人工の山である」と突然発表した。これを受けて地元大学の地質学者が調査を行ったが、何も見つからず騒ぎは一旦収拾したかにみえた。

ところが同年末、今度は政府が調査に乗り出した。当時のスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領の諮問機関(Staf Khusus Presiden Bidang Bantuan Sosial dan Bencana)により特別調査チームが編成された。その名も「古代大変動」(Tim Katastropikpurba、以後2回名称変更されている)。特別調査チームはパダン山に焦点を絞り、土壌電気抵抗や地中レーダー探査、ボーリングなどの地質調査を行った。その結果、グヌンパダン遺跡の地下、つまりパダン山頂上の地中にピラミッドの屋根を発見したと発表した。その後も2013年までの間に、ピラミッドの年代はボーリング調査による採取物の年代測定の結果、紀元前2万3000年から紀元前5200年の間とみられることなどが発表された。発表通りであれば、パダン山は人工的な丘で、中には巨大なピラミッドが隠されているということになる。さらに特別チームによる調査は続き、断層撮影の結果、パダン山の地中に人工的な空間が発見されたこと、さらにはピラミッド内に財宝の存在を匂わす発表までされている。

世界最古のピラミッドがエジプトのサッカラにある紀元前2600年代のもので、最大のピラミッドはギザにあるクフ王のものとされている高さ約138.8メートルであることから、各メディアによって「世界最古、最大のピラミッドが西ジャワ州で発見された」と繰り返し報道された。世界の文明史が覆りかねない政府関連機関による発表の報道に国民は驚き、グヌンパダン遺跡は一躍脚光を浴びることになった。

これを受けて同遺跡への見学者も急増した。2011年は年間約35,000人だったが、翌年からほぼ10万人前後になり、数年間フィーバーは続いた(2019年は約53,000人)。さらに2017年には、パダン山のピラミッド説をもとにしたミステリー映画(「地獄の門」/ Gerbang Neraka)まで製作、一般公開されている。

しかし、インドネシアの考古学会や地質学会は冷静にこれらを否定した。これまでの各調査から地中にピラミッドなどの構造物は発見されていないうえ、パダン山は明らかに地殻変動により形成された自然の山であること、さらには政府特別チームが発表した年代測定の対象サンプルが明確に示されていないことなどが主な否定理由だった。つまり、発表された全てのデータが科学的根拠に乏しく信頼できないうえ、飛躍しすぎた解釈であると結論づけられた。

センセーショナルな発表は日を追うごとに色褪せて行き、特別調査チームを編成したユドヨノ大統領が退任する2014年以降、「世界最大、最古のピラミッド」報道はほとんど扱われなくなった。なぜ当時、大統領諮問機関が特別調査チームを編成してまで突然ピラミッド調査に乗り出し、さらにはゴシップであるとしか認識できない内容の発表を繰り返したのか。ピラミッドの謎以上に、大きな疑問が残った。当時は、中央銀行を巻き込んだセンチュリー銀行の汚職事件やハンバラン競技場建設をめぐる汚職事件(大統領と同じ民主党の青年スポーツ相が2012年に逮捕)がマスコミを賑わしていた時期で、これらから衆人の目を逸らす目的が政府にあったのではないかとの憶測まであがったほどだ。

(以下に続く)

  • グヌンパダン遺跡の謎解明への考古学アプローチ
  • 遺跡から読み取る祖先崇拝の儀式
  • グヌンパダン遺跡と伝説
  • グヌンパダン遺跡と現在の地元住民の信仰文化
  • グヌンパダン遺跡にそそぐ日差し
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