よりどりインドネシア

2019年05月24日号 vol.46

知られざる国家英雄、ルウ王国のアンディ・ジェマ(脇田清之)

2019年05月24日 08:34 by Matsui-Glocal

今回も、インドネシアの知られざる国家英雄のお話です。国家英雄といっても、インドネシアの人々でも知っている人はほとんどいないでしょう。でも、地元では知らない人はいないぐらい、今も深く愛されている人物なのです。

その人物の名前は、アンディ・ジェマ(Andi Djemma, 1901~1965)です。彼は、スラウェシ島の中南部、今の南スラウェシ州の北東部のルウ(Luwu)地方の出身です。

●アンディ・ジェマとルウ王国

実は、彼の肖像画が日本にあります。1943年(昭和18年)5月25日、日本画家の伊東深水(1898~1972)が海軍報道班員として南スラウェシのパロポを訪問した際に描いた「ルウ県首長アンディ・ジェマ」のスケッチ(下の左側)で、長野県山ノ内町の酒蔵美術館「ギャラリー玉村本店」に所蔵されています。

 伊東深水が描いたアンディ・ジェマ(上)と写真(下)

スケッチの左上に「ルウ県のパロポルウ首長 ルウ県の面積台湾と同じ位」と書かれています。もっとも、当時の地図(後出)の面積で見た限りでは、それほど大きくはありません。きっと、ルウがかつて偉大な王国であったことを強調したかったのでしょう(下の図 西暦1100年頃および1400年頃のルウ王国 参照)。

西暦1100年頃のルウ王国(上)

西暦1400年頃のルウ王国

出典:Kronologi Sejarah Sulawesi (40.000 SM - 2018 M) http://alanqasaharica.blogspot.com/2018/01/kronologi-sejarah-sulawesi-40000-sm.html?m=1&fbclid=IwAR1HAdtKF6JWE1Y79SNYIJwyXtwDO2XDcnr7BWh1mEtt4lnZ666dU7Jo_5o

南スラウェシのルウ地方は いまはニッケルの産地(日本へも輸出されています)として知られていますが、かつては製鉄産業で栄えた地域です。鉄を溶かし武器や農耕鉄器を製造し、南スラウェシ南部や周辺諸島へ輸出し、巨額の富を生み、14世紀ごろには南スラウェシ南部を圧倒する勢力を誇っていました。

しかし19世紀には勢力が衰えました。イギリスの探検家、ジェームズ・ブルック(Sir James Brooke)が1830年代に書いたレポートには、「ルウはブギスの王国の中で最も古く、寂れていた。首都パロポの家はおよそ300軒程度」と書かれています。

またルウ王国は、17世紀の初頭、南スラウェシでは最初にイスラム教を国教としたことでも知られています。

アンディ・ジェマが県知事だった時代(1935~1965)におけるルウ県(ルウ王国)の地域を下の図に示します。

アンディ・ジェマの時代におけるルウ王国の地域 出典:ANDI DJEMMA Pahlawan Nasional Dari Bumi Sawerigading,UnadaPress,2003

いったい、このようなルウ王国を仕切ったアンディ・ジェマとはどんな人物だったのでしょうか。そして、地方の一首長にすぎない彼がどうして国家英雄となったのでしょうか。以下で見ていきたいと思います。

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