よりどりインドネシア

2024年02月23日号 vol.160

2024年インドネシア大統領選挙を終えて ~有権者の投票行動と今後の行方~(松井和久)

2024年02月23日 22:42 by Matsui-Glocal
2024年02月23日 22:42 by Matsui-Glocal

日本ではバレンタインデーの2024年2月14日は、インドネシアでは正副大統領選挙、国会議員選挙、地方代議会議員選挙、州議会議員選挙、県・市議会議員選挙の5つの選挙の投票日だった。正副大統領選挙は正副大統領候補のペアに投票し、国会議員・州議会議員・県・市議会議員選挙は政党または候補者個人に投票し、地方代議会議員は候補者個人に投票する。

投票方法は、本号の神道さんの文章でも書かれているように、釘の形をした道具で意中の候補者を刺す(チョブロスする)。日本のような開票速報はなく、正式の開票結果の確定までには約1ヵ月を要する。開票速報の代わりとなるのが、民間調査会社による統計学的手法を用いた「クイックカウント」と呼ばれる得票予想である。このクイックカウントにより、投票日の2月14日の夜には、正副大統領選挙の大勢が予想できる。実際、調査会社7社が提示した「クイックカウント」結果はどれもほぼ同じで、プラボウォ=ギブラン組が58%前後を獲得し、決選投票なしで勝利する可能性が極めて高くなった。

2月14日西インドネシア時間夜8時時点での各社のクイックカウント結果。(出所)https://www.kompas.id/baca/riset/2024/02/15/prabowo-gibran-unggul-di-semua-gugus-pulau?open_from=Riset_Page

この58%という数字だが、実は投票日の2日前、メディア関係者の間で「プラボウォ=ギブラン組が58%の得票で勝利、決選投票はない」という話が流れていた。2月14日の夜、プラボウォ=ギブラン組はジャカルタのスナヤン競技場で支持者を前に事実上の勝利宣言を行なったが、スナヤン競技場は2日前に予約されていた。彼らは決選投票なしでの勝利を確信していた。

SNS上では、ジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)大統領が「私を負かせるというのはすごいことだ」とし、軍・警察の諜報機関やありとあらゆるルートで正確な情報をつかんで全てを知っている、と語る動画が流れた。大統領府はその動画の内容を否定したが、あたかもジョコウィが自分の思う通りに動かしていて、誰もそれに逆らえないかのような尊大さを印象付けた。

そんなジョコウィの言葉を真に受けると、どの調査会社の「クイックアカウント」結果もほぼ58%というのは、単なる偶然とは思えない、という印象を抱く人々もいるであろうことが想像できる。

すべてはジョコウィの掌の上で動いているのか。その真偽はともかく、今回の有権者の投票行動について、KOMPAS紙が興味深い調査結果を発表しているので、それを紹介しながら、選挙結果について考えてみたい。

KOMPAS紙の調査について

KOMPAS紙は2つの調査をもとにした分析記事を掲載した。これらの調査はKOMPAS紙の費用負担で2月14日の投票日に実施された。

1つ目は出口調査で、全国38各州の人口比率を考慮し、2月14日に投票を終えた有権者7,863人に対してランダムにインタビューを行う。信頼係数95%、エラー誤差1.11%前後で算出した。

2つ目は、クイックカウントである。これは、ランダム・サンプリングでシステマティックに選んだ全国2,000ヵ所の投票所(TPS)の2月14日の開票結果を基にした。西インドネシア時間19時30分までに終了した83.05%の投票をもとに、信頼係数99%、サンプル誤差1%未満で算出したものである。

●正副大統領候補ペア3組の得票予想

冒頭で述べたように、各社のクイックカウントに基づく得票率予想は、プラボウォ=ギブラン組が58%前後で、決選投票を待たずに勝利するとした。アニス=ムハイミン組の得票率は25%前後、ガンジャル=マフド組は16%前後だった。

ちなみに、総選挙委員会(KPU)の開票集計速報(クイックカウントに対して「リアルカウント」と呼ばれる)では、2月22日西インドネシア時間23時現在で75.26%の集計が終わり、プラボウォ=ギブラン組が58.89%、アニス=ムハイミン組が24.06%、ガンジャル=マフド組が17.05%となっている。たしかに1%程度のずれはあるが、クイックカウントの予想結果と大きな乖離はない。

以下では、便宜上、クイックカウントとリアルカウントの結果がほぼ同じであると見なして、分析を進めていくことにする。

下図は、地域別にみた出口調査結果である。青がアニス=ムハイミン組、黄がプラボウォ=ギブラン組、赤がガンジャル=マフド組、灰色が無回答・秘密である。

(出所)https://www.kompas.id/baca/riset/2024/02/15/prabowo-gibran-unggul-di-semua-gugus-pulau?open_from=Riset_Page

プラボウォ=ギブラン組はジャカルタ、中ジャワ、ジョグジャカルタで得票率が50%未満だが、全国で満遍なく得票した。これに対して、アニス=ムハイミン組はジャカルタ、バンテン、西ジャワなど、ガンジャル=マフド組は中ジャワ、ジョグジャカルタ、バリ・ヌサトゥンガラと、得票に地域的な偏りが大きく、しかもそのいずれにおいてもプラボウォ=ギブラン組の得票率に及ばない。アニス=ムハイミン組が票田とする地域ではガンジャル=マフド組が得票できず、逆にガンジャル=マフド組の票田ではアニス=ムハイミン組が得票できない。

次に、性別、年齢、社会的ステータス、宗教による投票行動の相違を見てみる。

(出所)https://www.kompas.id/baca/riset/2024/02/15/prabowo-gibran-unggul-di-semua-gugus-pulau?open_from=Riset_Page

まず性別では、男女とも53~55%がプラボウォ=ギブラン組へ投票している。次に年齢別では、年齢が若くなるほどプラボウォ=ギブラン組への投票が増え、42歳以上ではプラボウォ=ギブラン組への投票は過半数を割っている。プラボウォの過去を知らない若い世代が、大統領の息子であるギブランを若者の代表と見なして投票したことが想像できる。

さらに、社会的ステータスでみると、下流層にいくほどプラボウォ=ギブラン組へ投票する傾向が見られる。上流層にいくほどアニス=ムハイミン組への投票が増える傾向にあるが、ガンジャル=マフド組には同様の傾向が見られない。上流層を除き、上中流~下流層では両組を合わせた投票率がプラボウォ=ギブラン組に及ばない。

宗教別で見ると、ムハマディヤ所属のイスラーム教徒ではアニス=ムハイミン組が、ヒンドゥー教徒ではガンジャル=マフド組が、プラボウォ=ギブラン組とほぼ互角の投票結果となっている。また、投票行動において、宗教が今も重要な決定要因となっていることがうかがえる。

数字だけからみるとプラボウォ=ギブラン組の完勝だが、同組を支持した政党は国会議員選挙で得票を伸ばしたのだろうか。実際には、そのような単純な相関は見られなかったのである。

(以下に続く)

  • 国会議員選挙の政党別得票率と大統領選挙との関係
  • プラボウォ=ギブラン組を優位にさせた3つの要素
  • 今後の行方
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