よりどりインドネシア

2022年09月08日号 vol.125

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第48信:素晴らしき「空想科学」の発想力 ~映画『地獄の門』と『髑髏(ドクロ)』より~(横山裕一)

2022年09月08日 08:43 by Matsui-Glocal
2022年09月08日 08:43 by Matsui-Glocal

轟(とどろき)英明 様

轟さんが本帰国されたとのことで、インドネシア映画を愛する方が現地からいなくなってしまうのは残念です。ただ轟さんもおっしゃるように、コロナ禍を機にオンラインサービスも充実してきているので、引き続きインドネシア作品を鑑賞し続けていかれることと思います。また、日本の映画祭などでのインドネシア映画上映情報なども発信していただき、本稿を通じて少しでも多くの日本の方々に鑑賞してもらえるきっかけができればとも思います。また、轟さんお尋ねの地方での映画興行の実態ですが、私も地方へ行く際は取材があるためなかなか調べきれていません。たしかジャワの田舎町だったかと思いますが、今でもたまに野外上映を行う話を聞いたことがあります。場所はいずれも主にワヤンが開催される広場だったかと記憶しています。

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轟さんが前回「映画館で鑑賞する悦楽」という表現をされていましたが、その気持ちはよくわかります。ここで鑑賞の悦楽に浸るための私のこだわりを紹介しますと、映画館内ではいつも前から4~5列目のやや左側の席を選んでいます。これは気が散りやすい自分がより集中しやすくするためで、視界の半分以上がスクリーンを占めると上映中その世界に入り込めるような気になるためでもあります。スクリーン横の非常口のグリーンランプも気にならなくなり、多くの鑑賞者は後方から埋まるので話し声も聞こえないといった塩梅です。インドネシアの映画館は全席指定のためチケット購入時、席の場所を指定する度に窓口のお姉さんが「スクリーンに近すぎませんか」と親切に心配してくれますが、「ガパパ(大丈夫)」とニッコリと答えるやりとりが繰り返されています。

スクリーンに入り込むことは現実世界を題材にした作品もいいですが、とくに異世界を題材にしたホラーやSF作品ではより新たな疑似体験ができ、効果を楽しめます。ホラーについては前回までに談義しましたので、今回はSF作品で思わぬ発想、素晴らしい発想力で印象深かった作品について話したいと思います。インドネシア作品でも全編CGを駆使した作品もありましたが、ハリウッドの二番煎じ的な印象が強いので、ここでは「インドネシア臭かった」SF作品として、『地獄の門』(Gerbang Neraka /2017年公開、Netflixインドネシア版で配信中)と『髑髏(ドクロ)』(Tengkorak /2018年公開)の2作品を紹介したいと思います。

映画『地獄の門』公開時ポスター

まず『地獄の門』ですが、これは西ジャワ州チアンジュールに実際にある古代遺跡、グヌンパダン遺跡を舞台にした考古学ロマン・サイエンスフィクション作品です。グヌンパダン遺跡は標高約900メートルの丘陵の頂上部に5段のテラス状の祭壇が設けられた古代遺跡で、紀元前100年前後の巨石文明の影響を受けた古代信仰の場だったとみられています。しかし、2011年、政府調査チームが「この遺跡は山全体が人工物で世界最大最古のピラミッドに相当する」とセンセーショナルな発表をし、当時メディアを賑わせました。実際には単体の山ではないのに、ピラミッドの形をした山の創作写真画像がインターネットでも飛び交いました。政府主導の一大ゴシップはその後、大統領の交代などもありうやむやのうちに人々の記憶から消えていきますが、そのゴシップをもとに発想を膨らませた作品が『地獄の門』です。

なお、この映画の舞台となったグヌンパダン遺跡については、『よりどりインドネシア』第84号(2020年12月22日発行)所収の「いんどねしあ風土記(23)」で書きましたので、よかったらもう一度ご覧になってください。

いんどねしあ風土記(23)「世界最古のピラミッド」とされた古代遺跡の謎

この作品では世界最古のピラミッドは地獄へと通じる門、つまり地獄を塞ぎ、悪魔を閉じ込めた門を隠した場所であるという設定で物語が展開します。「あり得ない」一大ゴシップを逆手にとって、さらにあり得ないユニークな発想を加えてエンターテイメント作品を実現させたといえます。かなり古いですが、日本の古代遺跡と神話を融合させて奇想天外な物語を描いた諸星大二郎さんの漫画『暗黒神話』の世界を彷彿とさせるような発想力の豊かさを感じます。

冒頭、古代人たちがピラミッド内で儀式を行なっている最中に、地獄の門番とみられる鬼のような魔人に襲われます。遺跡内のセットにリアル感が若干欠けている点や古代人たちが学芸会的に見えなくもない点は愛嬌として、「インディジョーンズ」シリーズの1シーンのような導入で以後の期待感が煽られます。

物語は遺跡発掘のための調査隊が次々と魔人に襲われ謎の死を遂げたために、調査自体が中止に追い込まれるなか、元敏腕記者ながら汚職を暴いた政治家らに目をつけられたために職を追われゴシップタブロイド紙の記者に身をやつした怪奇ものジャーナリストと、テレビ番組にも出演する有名な霊能力者、それに調査隊長亡き後、後任の調査隊長になった女性考古学者の3人が遺跡の謎を探っていきます。そしてピラミッド中心部の部屋に地獄への門があることを解明し、悪魔を完全に封印しなければならないことを知ります。

中盤は主人公の3人に対して、遺跡に近づかないよう警告するためか、魔人が一人一人を脅していきます。前述の調査隊員への襲撃を含めて、これらのシーンがありがちなホラーシーンのようにも見受けられて若干残念な思いもしますが、終盤、主人公3人のうちジャーナリストが悪魔と対峙するシーンは、思わぬ発想で改めて物語に惹きつけられていきます。 

ピラミッド中心部の部屋に行き着くと、台座の上に直径1メートルほどの鏡のようなものがあり、その鏡面に当たる部分が燃え盛っています。これこそが地獄への門で、燃え盛った炎の向こう側が地獄であることを悟った主人公の一人、ジャーナリストは門を開く鍵であるとともに悪魔を倒せる短剣を突き立てて炎の中に飛び掛かっていきます。

次の瞬間、至る所で炎が燃え盛る地獄で、恐ろしい形相をした悪魔と主人公が対峙するかと思いきや、いい意味で予想を覆されます。そこは明るい日差しの入り込むような静寂な家の一室で、主人公が戸惑いながらも隣の部屋へ行くと、テーブルの向こう側に紳士風の男が座っています。白いスーツを着て、眼光は鋭いながらも口に微笑みをたたえる悪魔でした。地獄や悪魔という阿鼻叫喚の世界のイメージとは正反対の舞台設定には驚きとともに、逆に清楚な格好をして落ち着いて話す悪魔の姿はかえって凄みを孕んだ怖さが垣間見える効果があり、さらには今後の展開への期待も膨らませる役割を果たしています。まさに逆転の発想力の高さが窺えます。

この舞台設定も物語としては悪魔の罠の一つで、主人公がジャーナリストであることを見越して、知的に説得して鍵である短剣で地獄の扉を開かせようとするためのものでした。誘い文句とは言いながら、ここでの悪魔の発言内容もくどいですが制作者の発想力の高さを窺わせ、示唆に富んだものです。

「悪魔の世界になっても、支配者が(神から悪魔に)変わるだけのことだよ。かつて君が汚職を暴いてどうなった?全てを失っただけだろう?状況は何も変わりはしない」

つまり、神を崇めるこの世の中でさえ、汚職や戦争、殺人など悪がはびこっていて、権力者が思いのままに世の中を操る、すでに地獄のような状況である。悪魔の言葉を借りて、実際の現代を「地獄のようにひどい世界だ」と皮肉った意図が感じられるとともに、作品全体が単なる冒険活劇でもないとする知的嗜好の意図も汲み取れます。SFではありながら、メインシーンが静寂でテーブルを挟んだ会話シーンというのもユニークかつ逆にインパクトがある効果を生んでいます。俳優も主人公がレザ・ラハディアン、悪魔役がルクマン・サルディと実力派同士の面目躍如ともいえる好演技のシーンを作り上げています。

このようにハリウッド映画のように高額な費用をかけてのセットなどは作れないものの、物語の発想力、シーン設定での逆転の発想、さらには台詞の含蓄力で、多少大袈裟に言えばハリウッドに匹敵できそうな娯楽作品にまで質を押し上げた作品といえるかもしれません。

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次に、『地獄の門』の翌年に劇場公開されたインディーズ映画作品『髑髏(ドクロ)』です。この作品はジョグジャカルタのガジャマダ大学の教授が中心となり、学部の職業訓練の一環として学生らをスタッフに制作されたSFサスペンス映画です。アメリカのシネクエスト映画祭で最優秀作品にノミネートされたのをはじめ、国内外の映画祭で高評価を受けています。

映画『髑髏(ドクロ)』公開時ポスター

(⇒この作品の発想の奇想天外さは・・・)

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