よりどりインドネシア

2021年11月07日号 vol.105

いんどねしあ風土記(番外編):インドネシア語よもやま話(横山裕一)

2021年11月07日 18:50 by Matsui-Glocal
2021年11月07日 18:50 by Matsui-Glocal

インドネシアに関する日本語の報道記事や書物、原稿などを読んでいると、当然ながら現地の地名や人名が登場します。逆に原稿を書く際も、日本語に翻訳できない地名や人名、時には単語をカタカナ表記することが不可避となります。日本語のカタカナで他言語を表記するには限界があるのは勿論ですが、日本人の間で常識のようにインドネシア語をカタカナ表記するものの中には明らかにより良い表記があるのではと思われるものが多くあるのも事実です。私自身、インドネシア語の専門家であるわけでもなく、実力も含めて偉そうなことは言えませんが、経験上、気がついたことを数例あげてみたいと思います。

●親しみやすくも難しいインドネシア語

インドネシアの地名の日本語表記については、英語圏を始め世界各国の地名などと同様にカタカナ表記で100%正確に表記できないのが実情です。これは外国語の発音をカタカナで表現しきれないためです。

インドネシア語はアルファベット表記でローマ字読みができる部分が多いため、日本人にとっては親しみやすい言語です。しかしこのローマ字読みが落とし穴になることや、「ng」など日本にない子音があることが、発音をはじめカタカナ表記を困難にしている要因となっています。

日本語表記でよく目にする「バンドン」「テルナテ」「ングラライ国際空港」、作家の「プラムディヤ・アナンタ・トゥール」などはこの表記が最適なのでしょうか?カタカナ表記で可能な範囲で、より本来の発音に近い表記ができるようにも思われます。

もちろん、「カリフォルニアだって、キャリフォーニャの方が本来の発音に近いかもしれないが、もう日本語として一般化してるからいいじゃないか」と考える方が多いのも事実で、私も「こうすべきだ」とまでは言いませんが、より正確な発音に近くすべきなのは基本だとも思われ、以下、地名の発音、表記などを通してインドネシア語の基礎を理解するうえでの一助になればと思います。

●「メラウケ」なのか?、「テルナテ」なのか?

日本語で「北は北海道から南は沖縄まで」とよく使われるのと同様の表現で、インドネシアでも「Dari Sabang sampai Merauke」と頻繁に使われ、同タイトルの有名な歌まであります。Sabangはインドネシアの最北西にあるアチェ州の地名で、一方Meraukeは最南東に位置するパプア州の地名です。この言い回しは「サバンからメラウケまで」と日本語でよく表記されるますが、「メラウケ」(Merauke)で良いのでしょうか?

インドネシア語の「e」は2種類の発音があり、「エ」発音ともう一つは「エ」と発音する口の形のまま喉奥で「ウ」に近い発音をするものがあります。厄介なのが後者で、聞き様によっては「エ」とも「ウ」とも聞こえます。正確に変換できるカタカナはないものの、あえて表記するならばより近い「ウ」が妥当かと思われます。ジャカルタの中心街のひとつスナヤン(Senayan)、中ジャワ州州都のスマラン(Semarang)などの「e」がそれです。

Meraukeの場合、「e」は2つ使われています。語末は「エ」発音の「e」ですが、二文字目に使われている「e」は「ウ」に近いとされる発音のものです。よって、スナヤンやスマラン同様、「ムラウケ」がより妥当な表記といえそうです。このほかにも、ボロブドゥール遺跡のある地名マグラン(Magerang)もそうですし、ジャカルタの西隣にある地名もよくタンゲラン(Tangerang)と表記されますが、タングランが妥当といえます。

「エ」ではない「e」発音を含んだ地名で、日本語でよく表記されるものと実際の発音が大きくかけ離れたものの一つが、香料諸島として取り上げられる北マルク州のテルナテ(Ternate)です。このTの後に続く「e」も「ウ」に近い発音で、より正確に表記するならば「トゥルナテ」です。

とはいえ、拙稿の「テルナテ王国物語」(『よりどりインドネシア』第95号所収)では、あえて「テルナテ」と表記してしまいました。この際も出稿直前まで「トゥルナテ」にするか迷いましたが、「トゥルナテ」と表記すると語感が「テルナテ」とかけ離れすぎて、「テルナテ」を知っている読者が同一の地名と認識できない恐れが高いことを考えた次第です。このため原稿内では、最初のテルナテ紹介時に「正確に近い発音で表記するとトゥルナテ」とだけ注記させていただきました。「テルナテ」はおそらく第二次世界大戦前に日本人がローマ字読みをしたものが一般化したものとみられます。

同様に日本人がローマ字読みしたため実際の発音と大きくかけ離れた地名としては、南ジャカルタのカフェなどが多くて有名な「テベット」(Tebet)があります。「Tebet」は「e」が2つ含まれますが、2つとも「エ」ではなく「ウ」に近い発音で、より正確な発音に近い表記をすると「トゥブッ(ト)」です。

日本発行のインドネシア語辞典(『現代インドネシア語辞典』大学書林発行/ 写真上)とインドネシア教育文化省編纂の『インドネシア語大辞典』(Gramedia発行/ 写真下)。いずれも「エ」発音の「e」の上にアクセントマークが施され、「é」となっている。

「e」を「エ」発音するか「ウ」に近い発音をするかは、インドネシア語の指針となるインドネシア語大辞典(Kamus Besar Bahasa Indonesia)や、日本発行の主なインドネシア語辞典において、「エ」発音する場合のみ「e」の上にアクセントマークが付けられて「é」となっています。「e」の読み方をどちらにすればいいのか、識別法則は無く困惑しますが、経験上ひとつの単語内で最初に出てくる「e」の7~8割方は「ウ」に近い発音になるようです。もちろん北スマトラ州のメダン(Medan)、南スマトラ州のパレンバン(Palembang)、バンテン州のセラン(Serang)など例外もあります。

地名の発音について確認するにはインドネシア人に聞くのが近道ですが、ややこしいのはその人の出身地、民族によって標準インドネシア語と若干異なった発音傾向がある点です。たとえば、パプア州と西パプア州の人たちは比較的標準に近い話し方をします。私も経験上パプアの人のインドネシア語が一番聞き取りやすく感じた覚えがあります。おそらくインドネシア東部、とくにパプア独自の民族言語はインドネシア語の元となったムラユ語と別体系の言語となるため、パプアの人にとってインドネシア語は完全な外国語を覚える感覚だったためではないかと想像できます。しかしパプアの人たちは2種類ある「e」発音をほぼ「エ」と発音するため、正確な発音を知るうえで鵜呑みにできないことがあります。同様に北スマトラ州に多く居住するバタック民族をはじめとしたジャワ島外の数ヵ所の地域でも「e」を常に「エ」発音する傾向にあるようです。

パプアの人が「エ」発音するならば、上記のMeraukeも「メラウケ」ではないかという話になりますが、最終的には正確なインドネシア語の発音をする地元テレビ局アナウンサーによるニュースなどでの発音を参考にするのが最良かと思われます。それによると「ムラウケ」がより近い発音であり表記です。動画サイトで「サバンからムラウケまで」の歌を聴いても確認できます。

<参考>『サバンからムラウケまで』(Dari Sabang sampai Merauke)の曲https://www.youtube.com/watch?v=8WqJr06GP2g)(https://www.youtube.com/watch?v=jY8H0yFu4VI

 

(以下に続く)

  • 「ングラライ国際空港」なのか?「ンガウィ」なのか?
  • 「バニュワンギ」なのか?「シランギット」なのか?
  • 「プラムディヤ」なのか?
  • 「バンドン」なのか?
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