よりどりインドネシア

2024年01月08日号 vol.157

続・インドネシア政経ウォッチ再掲 (第56~60回)(松井和久)【全文無料公開】

2024年01月08日 12:53 by Matsui-Glocal
2024年01月08日 12:53 by Matsui-Glocal

筆者(松井和久)は、2021年6月より、NNA ASIAのインドネシア版に月2回(第1・3火曜日)に『続・インドネシア政経ウォッチ』を連載中です。800字程度の短い読み物として執筆しています。NNAとの契約では、掲載後1ヵ月以降に転載可能となっています。すでに読まれた方もいらっしゃるかと思いますが、過去記事のインデックスとしても使えると思いますので、ご活用ください。

  • 第56回(2023年9月19日) レンパン島で軍・警察と住民が衝突
  • 第57回(2023年10月3日) 大統領の二人の息子たち
  • 第58回(2022年10月17日)農業大臣汚職疑惑で逮捕、その裏側
  • 第59回(2023年11月7日) ギブラン氏は父のシナリオに乗って
  • 第60回(2023年11月21日)政治王朝の勝利のための「脅迫」

 

『NNA ASIA: 2023年9月19日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第56

レンパン島で軍・警察と住民が衝突

リアウ群島州のバタム島の隣のレンパン島をめぐる軍・警察と住民の衝突がメディアの注目を集めている。9月7日の衝突で治安部隊は1,000 人規模のデモ隊へ催涙ガスや放水で対抗し、7人を逮捕した。11 日に衝突はさらに激しくなり、43 人の住民が逮捕された。レンパン島の住民は立ち退きの強制に抵抗しているのである。

記録によると、レンパン島の住民は1834 年から居住する。1990 年代にバタム島から橋が架かってバタム開発区域となったが、土地関連は変更なしだった。それが2002 年にバタム市は突如、郡長・区長による住民への地権認定書発行を禁じた。そして2004 年、バタム開発庁とバタム市は、政商トミー・ウィナタ氏の企業MEG社がレンパン島の1万7,000 ヘクタールを開発することを認めた。もっとも、トミー氏の汚職嫌疑で開発は一向に進まなかった。

それから15 年後、アイルランガ経済調整相の後押しを受け、MEG社は中国の世界的なガラス生産メーカー・信義グループを伴い、世界第2位の生産規模となる太陽光パネル工場建設を政府へ持ちかけ、環境林業省や土地省へレンパン島内の土地利用計画の変更を働きかけた。2023 年7月28 日には中国・成都にて、中国訪問中のジョコ・ウィドド大統領同席の下、レンパン島開発におけるMEG社と信義グループとの合意書を調印した。ジョコ大統領は、多量に埋蔵される珪砂・珪石を利用する下流産業として、太陽光パネル投資を歓迎した。そのわずか1ヵ月後の8月28日、経済調整相令により、この「レンパン・エコシティ」という名の事業は国家戦略プロジェクトに指定された。

政府は住民に対して、レンパン島の隣のガラン島に用意した代替地への移転を求めている。他方、警察は、7月頃から住民監視を進め、何らかの罪を理由に10 人以上を拘束した。国家戦略プロジェクト指定後は、反対デモに強硬手段を採れるようになった。ジョコ大統領は住民との衝突をミスコミュニケーションによるとしたが、地権を不安定状態にされたまま取り上げられた住民の反発は容易に収まるまい。国家戦略プロジェクトに絡む住民の反対運動は増加し続けている。

 

『NNA ASIA: 2023年10月3日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第57

大統領の二人の息子たち

2024 年総選挙・大統領選挙は、最初から最後までジョコ・ウィドド大統領の手のひらの上で動く。政敵とされた有力大統領候補アニス氏支持の「統一のための変革連合」へ与党・民族覚醒党が入り、同連合を離脱した野党・民主党はプラボウォ氏支持の「先進インドネシア連合」へ加わり、野党勢力は衰えた。ジョコ大統領は自身の路線継承を明言するガンジャル氏とプラボウォ氏を正副大統領候補として組ませたい意向さえあったとされ、どちらが大統領になっても大差ない状況である。

有力大統領候補の各陣営が得票を伸ばすには、8割以上の支持率のジョコ大統領に依存するほかない。そこで陣営が注目するのは、大統領の二人の息子である。長男ギブラン氏も次男カエサン氏も、もとは飲食ビジネスやブロガーなどで政治経験はゼロだったが、父であるジョコ大統領の影響もあり、政治の世界へ入っていった。

ギブラン氏は闘争民主党へ入党し、2020 年のソロ市長選挙に立候補して当選、かつて父も務めたソロ市長となった。2025 年の任期満了を前に、ガンジャル陣営もプラボウォ陣営も、ギブラン氏をあわよくば副大統領候補にしようと今も動いている。正副大統領候補者には40 歳以上という年齢制限があり、36 歳の彼は法的に立候補できないはずだが、この制限が若者の政治参加を阻害するとして憲法裁判所に違憲審査を求める訴えが出された。

この訴えを出したのが若者の党を自負する連帯党(PSI)である。連帯党は9月26日、突如、大統領の次男カエサン氏を党首に決定した。連帯党は半年ほど前からカエサン氏をデポック市長選挙に立候補させようと動いてきた。彼は党首になる数日前、父である大統領の承認の下、連帯党へ入党した。28 歳のカエサン氏を党首とした連帯党は、若者票をつかんで躍進したタイの進歩党をイメージする。

ギブラン氏もカエサン氏も、そしてジョコ大統領も、大統領選挙でどの陣営を支持するかを示していないが、選挙結果を左右するのは彼らである。ジョコ大統領の政治王朝化との批判もあるが、どの陣営も結局、ジョコ大統領の手のひらの上で動いている。

ジョコ・ウィドド大統領の家族写真。前列左がギブラン氏(ソロ市長)、中央がカエサン氏(連帯党党首)、右がボビー氏(メダン市長)。(出所)https://intra62.com/jejak-politik-jokowi-di-ikuti-keluarga/

 

『NNA ASIA: 2023年10月17日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第58

農業大臣汚職疑惑で逮捕、その裏側

9月26日、汚職撲滅委員会(KPK)はシャフルル農業相、農業省次官、農業機器局長の3人を恐喝、金銭授受、資金洗浄の疑いで容疑者に指定した。シャフルル農業相は部下から職位に応じて年数億~数十億ルピアを上納させる仕組みを省内に構築し、部下は業務出張費の偽造で資金を捻出した。大臣公邸の家宅捜査で、その上納金と思しき300億ルピア(約2億8,600万円)もの現金や2兆ルピアの小切手が押収された。上納金は高級車や高級腕時計などの購入に充てられ、所属するナスデム党へ資金が流れた疑いもある。また、12丁の拳銃など大半が無許可の銃火器が多数押収された。

その頃、シャフルル農業相はイタリア、スペインへ出張中だった。帰国予定の10 月1日に戻らず、一時行方不明となったが、シンガポール経由で4日に帰国した。翌5日、ジョコ・ウィドド大統領に辞職届を提出、受理された。ナスデム党出身の閣僚が汚職疑惑で辞任するのは2人目で、次期大統領選挙でアニス氏を推す同党のイメージダウンは必至である。

実は、シャフルル農業相は、フィルリKPK委員長から汚職捜査を止める代わりに高額の賄賂を要求されたとジャカルタ州警へ8月21日に報告していた。フィルリKPK委員長はシャフルル農業相との面識を否定したが、昨年12月、ジャカルタのバドミントン場で談笑する2人の写真が流布した。KPK内では6月時点で、シャフルル農業相ら3人を容疑者指定する寸前だったが延期され、9月末の容疑者指定も、フィルリKPK委員長の韓国出張中にKPK副委員長名で強行された。シャフルル農業相はKPK捜査局長から出頭要請を受け、10月13日に事情聴取に応じる予定だったが、その前日の12日、突然自宅でKPKに逮捕された。逮捕状はフィルリKPK委員長が署名した。

6月に容疑者指定されそうと察知したシャフルル農業相は、元KPK捜査官2人を弁護人に指名し、汚職疑惑からの逃れ方を指南されていた。シャフルル農業相のジャカルタ州警への報告の通り、フィルリKPK委員長はシャフルル農業相を恐喝していたのか。ジャカルタ州警がこの件で捜査に動き出した。黒と黒の戦いは続く。

 

『NNA ASIA: 2023年11月7日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第59

ギブラン氏は父のシナリオに乗って

2024年2月投票の正副大統領選挙の候補者ペア3組が出そろった。注目は、プラボウォ国防相の副大統領候補となるソロ市長のギブラン氏である。ジョコ・ウィドド大統領の長男である彼は36歳で、正副大統領候補の法定最低年齢40 歳に満たないが、10月16日の憲法裁判所判断で、地方首長やその経験者は40 歳未満でも立候補可能となった。早速、ジョコ大統領による政治王朝との批判が強まった。ジョコ大統領は3人の大統領候補と会食し、中立的立場を表明したが、それを額面通りに受け止めることはできない。

当初、ジョコ大統領は憲法改正による3期目を目指し、多くの政治家も内々に賛同したが、与党第一党の闘争民主党のメガワティ党首に拒否された。次に、他の与党を糾合してガンジャル中ジャワ州知事を推し、そこへ闘争民主党を引き入れようとしたが、ガンジャル氏は闘争民主党の大統領候補に決まった。そこで、ガンジャル氏をプラボウォ氏の副大統領候補として組ませようとして失敗した。プラボウォ氏からはギブラン氏と組みたいとの強い意向が出され、大統領夫人の推しもあり、大統領の義弟である憲法裁長官に正副大統領候補者の法定最低年齢規定緩和を強く期待した。憲法裁は規定変更を認めなかったが、前述の新たな条件を加えた。これを憲法裁の権限の逸脱と捉える識者が憲法裁諮問会議に異議申立中である。

こうした一連の動きは、8割以上の高い支持率をもとに、多少の見込み違いはあったにせよ、ジョコ大統領が描いてきたシナリオによる。自分が属する闘争民主党との摩擦は高まっているが、不思議にも、同じく党員のギブラン氏は党籍離脱せずにプラボウォ氏と組むことが許容されている。

ジョコ大統領の打つ手は止まらない。10月25日に旧知のアグス陸軍参謀長を任命し、就任5日後、彼を次期国軍司令官に推薦する書状を国会へ送った。ドゥドゥン前参謀長は国家情報庁(BIN)長官に起用されるが、同ポストはメガワティ氏側近のブディ氏が2016年から務めてきた。ギブラン氏は父・ジョコ大統領のシナリオに乗って選挙戦を戦う。

 

『NNA ASIA: 2023年11月21日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第60

政治王朝の勝利のための「脅迫」

11月13日、総選挙委員会は正副大統領選挙の候補者ペア3組を確定し、翌14日に各候補ペア番号が決定された。アニス=ムハイミン組が1番、プラボウォ=ギブラン組が2番、ガンジャル=マフド組が3番である。筆者はこれを見て、スハルト時代を思い出した。当時はいずれの選挙でも、イスラム系政党を糾合した開発統一党(PPP)が1番、政府傘下の翼賛組織ゴルカルは2番、スカルノ系のインドネシア民主党(PDI)は3番だった。偶然だろうが、今回もその過去を彷彿(ほうふつ)とさせる。

10月16日に「地方首長やその経験者は40 歳未満でも正副大統領に立候補可能」と判断した憲法裁判所では、副大統領候補ギブラン氏の叔父であるアンワル・ウスマン長官が利害関係に係る重大な規律違反を犯したとして、11月7日、憲法裁判所名誉評議会(MKMK)が同長官を解任した。ただし先の判断自体は有効であり、同長官も、選挙関連の訴訟を担当できないものの、憲法裁判官職は維持された。この結果、ジョコ・ウィドド大統領の長男ギブラン氏の副大統領への立候補は取り消されなかった。

現在目立つのが、大統領やギブラン氏を批判する動きや関係者への「脅迫」である。ギブラン氏批判を続ける学生組織の代表によると、西カリマンタン州の実家の両親や学校の恩師を警察官が訪ね、彼の素性などを詳しく尋ねたという。また、アニス氏やガンジャル氏が招かれたセミナーや集会が中止になる事態が続いた。さらに、大統領がバリ島を訪問した際、中立性を理由にガンジャル=マフド組の立て看板が撤去される一方、プラボウォ=ガンジャル組のそれは撤去されなかった。それでも、一部の著名知識人らは公然と批判を続けている。

ジョコ大統領やギブラン氏が今も所属する闘争民主党は、彼らの「裏切り」に対する怒りを懸命に抑えようとしている。それでも、大統領の甥で党員であるメダン市のボビー市長はプラボウォ=ギブラン組支持を明言し、党籍をはく奪された。ジョコ大統領と闘争民主党との亀裂は深まるのか。ガンジャル=マフド組にジョコウィ路線批判の芽が出始めている。

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『続・インドネシア政経ウォッチ』過去記事

  • 第1回(2021年6月8日)  輝きを失った汚職撲滅委員会
  • 第2回(2021年6月22日) 注目される税制改革案
  • 第3回(2021年7月6日)  ガルーダ・インドネシアの経営危機
  • 第4回(2021年7月21日) 進まぬワクチン接種
  • 第5回(2021年8月3日)  くすぶる大統領批判
  • 第6回(2021年8月18日) 経済回復は本物なのか
  • 第7回(2021年9月7日) アフガニスタン政変の影響
  • 第8回(2021年9月21日) インドネシアでの外資は主役交代なのか
  • 第9回(2021年10月5日) アジス国会副議長の逮捕
  • 第10回(2021年10月19日)第20回国体、パプア州で開催
  • 第11回(2021年11月2日) デジタル銀行は戦国時代に
  • 第12回(2021年11月16日)高速鉄道建設は止められない
  • 第13回(2021年12月7日) 雇用創出法は違憲だが有効
  • 第14回(2021年12月21日)ニッケル製錬所の新設を停止
  • 第15回(2022年1月4日)  北ナトゥナ海は波高し
  • 第16回(2022年1月18日) 石炭輸出禁止、すぐ再開の顛末
  • 第17回(2022年2月2日)  新首都法案がスピード可決
  • 第18回(2022年2月15日) 北カリマンタン州の工業団地
  • 第19回(2022年3月1日)  鉱石採掘に係る土地紛争が急増
  • 第20回(2022年3月15日) ロシア―ウクライナ問題への微妙な反応
  • 第21回(2022年4月5日)  食用油価格高騰、大混乱の対応策
  • 第22回(2022年4月19日) 大統領3期目シナリオは消えるのか
  • 第23回(2022年5月10日) パーム油輸出を当面禁止と発表
  • 第24回(2022年5月24日) 過去最高の貿易黒字を記録
  • 第25回(2022年6月7日)  インド太平洋経済枠組みへの微妙な反応
  • 第26回(2022年6月21日) 五曜のパインの水曜日に内閣改造
  • 第27回(2022年7月5日)  中央主導でパプア州から3州分立へ
  • 第28回(2022年7月19日) 暴かれたACTの不正資金問題
  • 第29回(2022年8月2日)  コロナ禍でも投資実施額は過去最高
  • 第30回(2022年8月16日) 第2四半期は追い風で5.44%成長
  • 第31回(2022年9月6日) インフレ懸念と燃料価格値上げ
  • 第32回(2022年9月20日)  ビヨルカによる個人データ大量漏出
  • 第33回(2022年10月4日) 大統領は副大統領候補になれるか
  • 第34回(2022年10月18日)スタートアップ企業で解雇続出
  • 第35回(2022年11月1日) 高まる法の執行状況への不満
  • 第36回(2022年11月15日)観光客数増加も第3四半期成長を後押し
  • 第37回(2022年12月6日) 大統領支持者15万人集会の波紋
  • 第38回(2022年12月20日)政府悲願の刑法改正案が可決
  • 第39回(2023年1月10日) 雇用創出法代替政令の発布
  • 第40回(2023年1月24日) ニッケル製錬企業で暴動
  • 第41回(2023年2月7日)  再び内閣改造、ナスデム党は閣外か
  • 第42回(2023年2月21日) 計画殺人事件、動機不明のまま死刑判決
  • 第43回(2022年3月7日)  2022 年は5.31% 成長、格差解消は疑問
  • 第44回(2023年3月21日) 裁判所が総選挙延期の判決
  • 第45回(2023年4月4日)  電動バイク・電気自動車への補助金付与
  • 第46回(2023年4月18日) イスラエル問題はガンジャルの踏み絵
  • 第47回(2023年5月2日)  闘争民主党はガンジャル氏を大統領候補に指名
  • 第48回(2022年5月16日) 世界銀行がさらなる貧困削減へ提言
  • 第49回(2023年6月6日)  プラボウォ国防相の過去が問われない
  • 第50回(2023年6月20日) 根強いロシア寄りの見解
  • 第51回(2023年7月4日)  犯罪化は政府批判封じの予防手段
  • 第52回(2023年7月18日) 下流産業振興への批判
  • 第53回(2022年8月1日)  ニッケル生産州で貧困人口率が上昇
  • 第54回(2023年8月16日) 汚職撲滅委員会が国軍に謝罪
  • 第55回(2023年9月5日)  大統領候補への政党連立が激変
  • 第56回(2023年9月19日) レンパン島で軍・警察と住民が衝突
  • 第57回(2023年10月3日) 大統領の二人の息子たち
  • 第58回(2022年10月17日)農業大臣汚職疑惑で逮捕、その裏側
  • 第59回(2023年11月7日) ギブラン氏は父のシナリオに乗って
  • 第60回(2023年11月21日)政治王朝の勝利のための「脅迫」

(松井和久)

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