よりどりインドネシア

2021年02月07日号 vol.87

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第14信:リアリズムと臨場感、映画における民族言語(横山裕一)

2021年02月08日 13:33 by Matsui-Glocal

轟(とどろき)英明 様

先日、久しぶりにパダン出身の友人宅に遊びに行くと、広くはありませんが庭とガレージが植木で埋め尽くされていて驚きました。「自宅勤務が続くと暇な時間が増えたんで、新しい趣味だよ」とのこと。さらに鳥カゴも数多く増えていて、緑と心地よい小鳥のさえずりの中、コーヒーを楽しんできました。新型コロナウィルスの流行で行動が制限される中、植木や鳥、観賞魚の売上が増えているようですね。私のアパート前の通りでも、珍しく金魚売りのカキリマ(移動式屋台)が出ていました。

さて、轟さんの書簡を読ませていただくなかで、実は私も『見舞い』(Tilik /2018年)を観ていたことを思い出しました。去年の8月下旬に映画好きのインドネシア人の友人から「今、凄く評判になってる面白い映画だよ」とワッツアップ(ソーシャルメディア)にアドレス込みで送られてきて知った次第です。

今回改めて鑑賞しましたが、設定が抜群の迫力のある面白い作品ですよね。ゴシップ好きなご婦人たちの噂作りの過程やその場の総意であるかのような雰囲気形成が、独特のイントネーションや言い回しのジャワ語を十分に生かして表現されていて、観る者を楽しませてくれます。

同作品を紹介してくれた友人はバタック族でジャワ語はわかりませんが、彼も「いかにもジャワのおばさんたちって感じで面白い」というほど、ジャワ語の特徴を上手く掴んだ作品だと思います。私もつい、日本のドラマなどで観る大阪のおばちゃんたちの井戸端会議を思い出して、一人吹き出しました。劇中ゴシップの中心人物の婦人に「Iya toh?」(そうでしょ?)と言われたら、言い返せないほどの雰囲気と勢いが作り出されています。万国(特にアジア?)共通ともいえるご婦人グループパワーがジャワ語を介したジャワバージョンとして巧みに表現されています。

私もそうですが、共通語よりも地元の方言を使ったほうが、より感情を込めた表現ができるような気がします。同郷人同士の会話になるとつい方言が出てしまうのもそのためかと思われます。それだけに同作品もジャワ語を使用することで、ジャワの婦人たちの性格や感情、雰囲気をよりストレートに表現できているのだと思われます。さらに他言語や地方の言葉は、他地域の者からすると、調子やイントネーションなどが得てしてユニークに聞こえることもあり、今回の映画内容も相まって、面白さが増幅されているのだろうと思います。

轟さんも指摘されたように、トラックの荷台という舞台設定ながら、そこにジャワ語を介して村社会、人間関係の濃密さが作り出される効果は抜群だと思います。そこに現地の言語を使用することで、その土地の人々のリアル感と臨場感が十分に発揮されています。

こうした地方の民族言語を映画内でもそのまま使用する傾向は、近年のインドネシアの特徴の一つだと思われます。ここ2〜3年で観た作品でも、ガリン・ヌグロホ監督の『美しき私の記憶』(Kucumbu Indah Tubuhku /2019年公開)や、『偽りの科学 ある男の騒動記』(Science of Fiction Hiruk-Pikuk Si Al-Kisah /2020年公開)もほぼ全編ジャワ語でした。また全編ではなくとも、地方人同士のシーンだと現地の民族語を使用する作品も多くなっているようです。近年、インドネシア映画は基本英語字幕がついた作品が多いのですが、これらは英語に加えてインドネシア語字幕もついてスクリーンの下段は字幕で溢れるのですが、それも慣れてきたほどです。

こうした地方の民族言語をそのまま使用する傾向は、轟さんのご指摘通り、民主化に伴う地方分権、地方文化の尊重が大きいと思われます。政府データの扱い方ひとつとっても、その傾向は見受けられるかと思います。90年代に私が読んだインドネシアを紹介する書籍では、「インドネシアには約350〜450の民族があり、それぞれが独自の言語を持つ」と記されているものが多かったと思います。しかし、近年は少数民族を尊重する傾向、大義名分が反映して、現在政府の公式見解では国勢調査に基づいてより細分化され、「300余りの民族カテゴリーがあり、正確には1340民族ある」とされていて、民族の言語については教育文化省が718言語あるとしています。

こうした民主化といわれる時代になって以降の地方の民族、文化尊重に加えて、各民族のアイデンティティーの主張があり、そこに魅力と価値を見出した映画製作者が現地の民族語を使用するに至ったのでしょうね。それによって作品内におけるリアリズムの向上と臨場感が高まり、映像の下部が字幕で溢れてしまうマイナスを補うに余りある効果を生み出しているのかと思われます。

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  『サラワク』(Salawaku)(写真上)と『墓参り』(Ziarah)ポスター(いずれもfilm Indonesiaホームページよりhttp://filmindonesia.or.id/

地方の民族言語を多用した作品で私が特に印象深い作品は、マルク州アンボン近くの小島を舞台にした『サラワク』(Salawaku / 2017年公開)と『墓参り』(Ziarah /2017年公開)の2本です。前者は、妊娠しながらも相手の男が結婚に同意しないため、小島を出た姉を追いかけて会いに行く小学生の弟の物語です。彼は途中でジャカルタから失恋の傷心旅行に来た女性と出会い、さらに姉の恋人も後を追ってきて三人の旅が始まります。

ジャカルタから来た女性とはインドネシア語、少年と姉の恋人間はマルク現地の言語が使い分けられますが、姉を心配し、会いたいという強い意志を持った少年だけに、彼が口にするマルクの言語は子供ながらも現地に根ざして生きる強い印象を受けます。対照的にジャカルタから来た女性は役柄上悪い人ではないのの傷心旅行という設定のためか、一般にオシャレと言われる都会風のジャカルタっ子言葉の彼女のインドネシア語が少年と比べて、何か浮ついたものに聞こえる感じを受け、こうした言語の使い分けの効果もあるのかと思いました。

もう一本の『墓参り』(Ziaerah /2017年公開)は、半世紀以上前のインドネシア独立戦争に出兵して行方不明になった夫を探すため、90歳を過ぎたおばあさんがある日突然、家族に何も告げずに旅に出る物語です。戦死したであろう夫の墓を見つけ、隣に自分もいずれ埋葬されたいと望むおばあさん。夫の消息を尋ねる中で、独立戦争時の様子や1965年の共産党員粛清などジャワで起きた歴史が証言者からジャワ語で淡々と語られていきます。そして行き着いた先で、夫の思わぬ過去の事実におばあさんは直面しますが、その後のおばあさんの行動に胸を熱く打たれる、とても味わい深い作品です。

このおばあさんは無口であまりセリフはない役柄なのですが、たまに口にするジャワ語が百年近くジャワの地に生きてきた女性の深みと相まって、とても印象的に感じられます。高齢のため声は弱々しくとも、言葉に秘められたジャワの田舎の朴訥さの中の一方での夫を想う意志の強さは、インドネシア語では表せないのではないかとも思われます。

余談ですが、実はこのおばあさんを演じた女性(Ponco Sutiyemさん、当時95歳)はジョグジャカルタの一般人で、当時話題となるだけでなく、同年のアセアン国際映画祭の主演女優賞にもノミネートされ評価も受けています。

同作品『墓参り』(Ziarah)は意外なことにYoutubeにアップされているので(https://www.youtube.com/watch?v=RO-dIaaiFbc)、是非ご覧いただければと思います。作品のトーンといい、おばあさんが非常に印象深く、私の特に好きな作品の一つです。また『Salawaku』もDisney+hotstarで配信されています。

「言葉は文化」とも言いますが、地方と都市部との対比、地方で暮らしてきた人生の重みが、地方の民族言語の使用によってより重厚なものになっています。映画のリアリティさや臨場感を高める上では当然といえば当然ですが、地方を描く場合の民族言語の使用はいまやインドネシア映画の重要な表現ファクターの一つであり、魅力でもありますね。

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実は今回、ネットフリックスで配信されている『? 疑問符』(? Tanda Tanya /2011年公開)を紹介しようと思ったのですが、先日偶然、ユーチューブで見つけた作品がとても良かったので、『靄の中の村』(Negeri di bawah Kabut /2011年作品:https://www.youtube.com/watch?v=kRFx__WMp40&t=2s)を紹介したいと思います。ドキュメンタリーのため当然ですが、全編ジャワ語でインドネシア語字幕が付いています。

『靄の中の村』(YouTubeより、https://www.youtube.com/watch?v=kRFx__WMp40&t=2s

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