よりどりインドネシア

2023年12月23日号 vol.156

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第72信:充実を感じさせるインドネシア映画 ~2023年劇場公開映画を振り返って~(横山裕一)

2023年12月23日 20:37 by Matsui-Glocal
2023年12月23日 20:37 by Matsui-Glocal

轟(とどろき)英明 様

早いものでもう年末です。今年もバラエティに富んだ様々な映画作品が公開されました。。今年、私が劇場鑑賞できたのは20本です。今回は私が鑑賞できた作品という限られたなかではありますが、いくつかのキーワードで振り返り、改めて感じるインドネシア映画の充実ぶりをみていきたいと思います。今年の書簡ですでに触れたものと一部重なるところはご了承ください。

●変わりつつあるコメディ作品

かつてのインドネシアのコメディ映画は、「コメディ(笑い)ありき」で途中から物語がどこかへ吹っ飛んでしまい、完結しないまま終わるケースも多々ありました。しかし近年は、ストーリー性も重視されるなかでコメディが展開する形態が主流になりつつあるようですね。轟さんが書簡でここ数回にわたって取り上げたコメディ作品群も会話で笑わせるだけでなく、ストーリー展開自体にも可笑しさが盛り込まれ、物語(ドラマ)としてもしっかりと成立したものが増えてきているようです。それだけに、轟さんも触れたように、途中からシリアスドラマに転換したり、ホロリと涙を誘う人情ものになる作品も出たりしています。

今年でいえば12月に公開され、現在も公開中の『映画のように恋に落ちて』(Jatuh Cinta Seperti Film-Film)はコメディ映画でありながら、しっとりとした大人の恋の物語としても見応えのある作品でした。映画脚本家の主人公が実際に自ら恋をした元同級生の未亡人への思いをシナリオに書き、プロデューサーに内容を説明しながら売り込んでいく物語です。しかし、思いを寄せる未亡人には脚本の題材にしたことを黙ったまま進めていたため、未亡人に対して誠実ではないと自ら自問自答して悩む姿がユーモアを交えながら描かれます。

冒頭は主人公と突拍子もない発想をするプロデューサーとの会話の妙で笑わせる従来の手法によるシーンが続きますが、主人公が描く脚本内容の物語が展開すると、シリアスにも受け取れる話のなかにクスクスと笑える要素が盛り込まれていきます。この作品はストーリー性がしっかりとしているだけでなく、現実と脚本内の物語の世界をカラーとモノクロ映像で使い分けて制作されていて、それにより心理描写を際立たせる効果もあって見どころの多い作品でした。

映画『映画のように恋に落ちて』公開時ポスター

なかでも、主人公を演じた俳優リンゴ・アグス・ラフマンの好演が光っていて、中年の恋の物語でありながら、シリアスになりすぎず笑いも誘う作品に貢献しています。本人には失礼ですが、一見ぶっきらぼうな風貌でありながら、どこかユーモラスで人情味をも感じさせる役者で本作品には打ってつけだったといえます。彼は、元々はバンドゥンのラジオアナウンサーで、ハヌン・ブラマンティオ監督にインタビューしたのをきっかけに、同監督から映画出演を誘われたのが俳優への道の始まりだったようです。今や様々な作品に登場する売れっ子俳優ですが、どの作品でもいい味を出していますよね。

好演が光ったリンゴ・アグス・ラフマン(写真左)(引用: Instagram @ringgoagus)

もう一つ、今年公開で面白かったコメディ作品は、パダン料理で有名な西スマトラ州、ミナンカバウ民族の特徴を生かした『オンデマンデ』(Onde Mande)です。これは第66信でも紹介しましたが、地方を舞台にその民族性、独自言語などの特徴をふんだんに盛り込んだコメディドラマです。昨年公開で北スマトラ州トバ湖周辺のトバ・バタック民族が繰り広げるコメディ映画『ドキドキするけどいい気分』(Ngeri-Ngeri Sedap)の流れを汲んでいます。しっかりとしたストーリーの中に、民族独特の特性を生かした面白みをコメディに転化した、多民族国家インドネシアならではの多様性コメディともいえそうです。

映画『オンデマンデ』公開時ポスターの一部

個人的にはドタバタコメディ作品も好きですが、こうしたストーリー重視のなかにコメディ色も盛り込んだ作品が主流となりつつある近年は、インドネシア映画の充実ぶりを窺わせます。

●外国映画リメイク

興味深いオリジナル作品の一方で、今年も外国のリメイク作品が何本か公開されました。その一本が日本映画『三尺魂』(2018年作品)のリメイク版『花火』(Kembang Api)です。物語ではインターネット掲示板で知り合った4人が集団自殺を図るため山小屋に集まります。自殺方法は4人のうち1人、花火師が用意した大尺玉を破裂させるのですが、何度試みても破裂した瞬間、その十数分前に時間が遡ってしまう。4人は混乱しながらもお互いに事情を話し合ううちに、苦難に遭遇しつつも生きることは何かを考え始めるという物語です。

オリジナル作品は観ていないので比較はできませんが、インドネシア版ではドニ・ダマラやティモシー・マルシャ、それに先ほども紹介したリンゴ・アグス・ラフマンら実力派俳優が出演して、一見荒唐無稽にもみられかねない展開を重厚な物語に押し上げています。インドネシア版ならではの要素としては、大尺玉にジャワ古来の哲学を示した文字が描かれていて、それが物語展開のキーワードにもなっている点です。

その言葉は「Urip Iku Urup」で、簡単にいえば「人は誰もが一人ではない、お互いに無償の気持ちで助け合うべき」という意味を持ちます。まさに自らの人生に失望して集まった4人にとっては意味深で、当初は一人で自殺する勇気はないという集団自殺を示唆する言葉です。しかし、お互いが身の内話をし合うあうなかで、果たして自殺することが正しいのか、いや生き続けることが大切なのではないかと考え始めるに至り、「Urip Iku Urup」の言葉の真意につながっていきます。日本のオリジナル版では大尺玉には花火の名前のみが書かれていることからも、ジャワ固有の哲学をうまく取り込んだリメイク版に仕上げられたといえます。

映画『花火』公開時ポスター

もう一本のリメイク作品は、韓国映画で日本でも上映された『ハロー・ゴースト』(Hello Ghost)のインドネシア版です。オリジナル版と比べると、前半は酒酔いに伴うドタバタのコメディシーンがない分、大人しい印象も受けますが、オリジナルよりもすっきりとしたストーリー展開など、本家に負けない作品の仕上がりです。なんと言っても映画「ワルコップ」新シリーズの喜劇俳優インドロ・ワルコップやトラ・スディロが幽霊役で、インドネシアらしい泥臭いコメディを演じる可笑しさは本家を上回るようにも感じられます。本作はホラーコメディと紹介されていますが、あくまでも幽霊を扱ったコメディという意味で、最後には涙もホロリとさせる作品です。

余談ですが、今年はインドネシア・オリジナルでもホラーコメディ作品として、『新米幽霊』(Hantu Baru)が公開されました。事故で死んでしまったキャリアウーマンが、自分が幽霊になったのに気づかずに帰宅するところから始まり、最後は幽霊の特性を生かして家族の危機を救う物語です。本作品はストーリーを重視してしまったためか、シリアスな内容が前面に出てコメディ色が薄れ、残念ながら期待ほどではありませんでした。ストーリー重視と笑いの塩梅の難しさを感じさせます。『ハロー・ゴースト』で本家を上回ったように、インドネシア発で近い将来、楽しいホラーコメディも制作されることを期待します。

映画『ハローゴースト』公開時ポスター

(以下に続く)

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