よりどりインドネシア

2024年01月24日号 vol.158

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第73信:再婚はしたけれど ~『となりの店をチェックしろ:新たなライバル』が提示する 新たな家族のかたち~(轟英明)

2024年01月24日 23:51 by Matsui-Glocal
2024年01月24日 23:51 by Matsui-Glocal

今回紹介する『となりの店をチェックしろ 新たなライバル』はシリーズ最新作。従業員を巻き込んだ、熟年再婚夫婦の喧嘩のゆくえは? imdb.comより引用。

横山裕一様

大変遅ればせながら、明けましておめでとうございます。2024年もよろしくお願いいたします。

コロナ禍初期2020年8月から連載を開始してすでに3年半近くが経過しようとしています。実のところ、開始当初は原稿のネタが尽きないか、若干心配だったのですが、嬉しいことに近年のインドネシア映画産業の発展に伴って紹介したい作品、或いは論じるべき作品はますます増えるばかりです。それらの中には、時には私を立腹させる作品や心の底から失望させる作品も含まれるのですが、できる限り未見の読者に観て欲しいと思う作品を中心に、しかし何者にも忖度しない率直な批評を、時間軸と空間軸を行ったり来たりしながら今年も継続できればと思います。

さて、日本で上映中の『スリ・アシィ』(Sri Asih) を劇場で見るチャンスを昨年末から探っていましたが、都合がつかず見逃してしまいました。日本ではどういった観客層がインドネシアのスーパーヒーローものを観に来るのか、自分の目で確かめたかったので、残念な限りです。ただ、SNSをちらほら見る限り、日本でもヒーローものが好きな人にはある程度アピールして好評を博しているようでした。この分なら、後続の『ヴァルゴ・アンド・ザ・スパークリングス』(The Virgo and the Sparklings)や最近インドネシアで配信の始まった『ティラ』(Tira)も日本での上映や配信を期待できるかもしれません。気長に待ちましょう。

『ヴァルゴ・アンド・ザ・スパークリングス』劇場用ポスター。主演のアディスティ・ザラは元JKT48メンバー。過去作品において、大物女優に化ける才能の片鱗を彼女はすでに見せていました。imdb.com から引用。

『ティラ』配信用ポスター。ブミランギット・シネマティック・ユニバース(BCU) 最新作。インドネシアではDisney + Hotstarで配信中。imdb.com から引用。

前回第72信で横山さんは鑑賞済み作品を中心に2023年のインドネシア映画を回顧してくれました。これについて、私のほうから二点ほど補足説明をさせてください。一点目はヒットしている作品ジャンルの偏りについて。二点目は動画配信サービスで観られる作品を評価する上での数量的指標の欠如について、です。

まず、映画館入場者数という客観的な指標をもとに、2023年のインドネシア映画興行全体を振り返ってみましょう。前年の2022年は実質的にコロナ禍での各種規制が4月頃には撤廃され、コロナ禍の間は映画館で映画を観られなかった観客たちの欲求不満が一気に爆発したからなのか、『踊り子の村での奉仕活動』(KKN di Desa Penari)がインドネシア映画の入場者数記録を更新する超ヒットとなり、さらに入場者200万人超えの作品が8本に及びました。結果、おそらくインドネシア映画興行史において初めて、インドネシア映画のシェアが外国映画のそれを上回る好調ぶりでした。同年のインドネシア映画の入場者数は約5700万人、市場シェアは約57%でした。

対して2023年は前年からの反動か、全体の映画館入場者数は前年比14.5%増加の1億1,450万人に達したものの、インドネシア映画の入場者数は前年比から若干の減少で約5330万人、市場シェアは約48%まで下がりました。なお、コロナ禍前の2019年の映画館入場者数は1億5,200万人でしたから、市場そのものはまだ完全に回復したとはとても言えない状態にあります。しかしながら、コロナ禍が明けたばかりという特殊な環境を考慮すれば、2023年のインドネシア映画産業はまずまず健闘したようにも見えます。

ところが、その内実を冷静に分析してみると、産業としてはやや危ういのではないか、そんな心配もないではありません。次の表は、2023年に劇場公開されたインドネシア映画のうち、入場者数がヒットの目安である100万人を超えた作品を順位別に並べたものです。

引用元 https://id.wikipedia.org/wiki/Daftar_film_Indonesia_tahun_2023 (轟が一部追加して作成)

ご覧のとおり、100万人の大台を超えた20作品のうち、実に14作品がホラーものなのです。インドネシア映画興行において、ジャンルとしてのホラーものが強いのはこの連載でもたびたび指摘してきましたが、もはや「ホラーもの一強」とでも呼びたくなるほどの圧倒的な強さです。他国の観客と比較した場合、現在のインドネシア人観客が映画に求める嗜好はかなり偏っていると言えるのではないか、そんな気がします。

と同時に、「なぜこれほどホラー映画がインドネシアでは好まれるのか?」という命題は印象論に留まらないレベルでより真剣に検討すべきでしょうし、何よりインドネシア映画産業を支えているのがホラーものである事実は決して軽視すべきではないとも思えます。インドネシア映画全体の動向を論じるのであれば、ホラーものへの言及は必要不可欠なのです。

一方で、私自身はこの表の中のホラー作品で鑑賞済みなのは『スザンナ クリウォンの金曜日の夜』(Suzzanna: Malam Jumat Kliwon)のみのため、それ以外の作品がどの程度のレベルで、実際のところ面白いのかどうか、判断できません。ただ、これだけホラーものが量産されている現状からは、映画業界がホラーものの粗製乱造に陥った2000年代後半から2010年代前半の頃を思い起こさざるを得ません。本連載の第49信「ガドガド・ホラーはイスラームをどのように描いてきたか」(https://yoridori-indonesia.publishers.fm/article/26482/)で指摘したように、低予算早撮りのホラーものがあまりにも大量に市場に流れたために、観客からホラーそのものが飽きられて敬遠され、全体の入場者数も伸び悩んだことがあったからです。この時期の教訓を制作会社は果たして覚えているのか、どうにも気になるところです。

「ホラーもの一強」がいつまで続くのか、それは誰にも分かりませんが、過去の教訓を踏まえれば、特定のジャンルしかヒットしない状況に産業としての持続性があるとは私には思えません。いずれ反動が来て、映画産業そのものが大きく落ち込む可能性が高まっているのではないか。大袈裟かもしれませんが、私が2023年の興行結果に抱いた危惧とはそのようなものです。

横山さんが第72信で回顧した作品は良質な作品ばかりで、しかも内容的に多様性に富んでいるうえ、『オルパ』(Orpa)や『ロテ島の女性』(Women from Rote Iland/ Perempuan Berkelamin Darah)などはこれまでにない果敢な挑戦をしています。こうした作品が増えている現状はある意味頼もしくもあります。

しかしながら問題は、既存のジャンルやテーマを打ち破ろうとする試みが、必ずしも興行成績には結びついていないし、世間での認知度も上がっているようには見えないことです。俗な言葉で言うならば、なぜあの作品はインドネシアで一般観客にウケなかったのか。あるいはなぜあの作品はあれほどまでにウケたのか。こうした問いへの答えは無論一様ではありえないだけに、内容の紹介だけに留まらない、興行成績などにも言及する形での意見交換をこの連載上で横山さんと2024年の今年も交わせればと思っています。

ところで、「興行成績」と書きましたが、実は現在のインドネシア映画産業は「映画館入場者数」だけで業界の動向やトレンドを単純に判断することは必ずしもできなくなりつつあります。

と言うのは、日本や米国同様、動画配信サービスが急速に会員数を拡大しているからです。日米がすでに市場としては飽和しつつあるように見える一方で、インドネシア市場はまだまだ伸びしろがあるようです。Vidio や Klik Film のようにインドネシア国内の視聴者のみを基本的に対象にしている地場系から、Netflix や Amazon Prime Video のように全世界の視聴者をはじめから対象にしている外資系まで、実に多くの会社がしのぎを削っているのが現状です。

数回から十回以上にわたるシリーズとして配信される作品もあれば、フォーマットとしては映画と全く同じながら諸事情から初めから動画配信サービスで配信される作品もあります。前者としては、第63信の『母象』(Induk Gajah)、第67信の『何でも一緒』(Saiyo Sakato)が相当します。後者としては、横山さんが前回言及した『モラル』(Budi Pekerti)のレガス・バヌテジャ監督の第一作『フォトコピー』(Penyalin Cahaya)が該当します。同作はコロナ禍最中の2022年1月にNetflixで全世界一斉配信され大きな話題を呼びました。

レガス・バヌテジャ監督の第一作『フォトコピー』(Penyalin Cahaya)Netflix版ポスター。2021年のインドネシア映画祭では作品賞や監督賞ほか主要12部門で受賞。

私個人としては、そうした動画配信サービスを基本的なプラットフォームとして配信されるシリーズものは、自転車操業で低予算のシネトロン(テレビドラマ)とは異なり、ある程度の質が保たれていると認識しているため、映画と同等に取り扱ってこの連載では論じてきました。『フォトコピー』のような映画フォーマットの配信作品についても、特に映画と別枠で論じる必要がないことは言うまでもありません。

ただ、困っていることもあります。映画興行における映画館入場者数のような、どれだけ多くの人がその作品を見たか、客観的で数量的な指標がなかなか見当たらない点です。映画を論じる際には常に頭の片隅に置いているインドネシア国内での観客動員数に相当する指標が、動画配信サービスにおいてはなかなか公表されていないのです。Netflixなどはその週の視聴者ランキングを出すこともあるようですが、どうも新作配信の宣伝臭が強すぎて、だいぶ客観性に欠けるように思えます。累計視聴者数やダウンロード数などが定期的に公表されるようになれば助かるのですが、複数の動画配信サービスで提供されている作品も少なくないので、実際には集計するのは相当難しそうです。

すでに映画館で映画を観る人よりも、いつでもどこでも観られる動画配信サービスで映画を観る人のほうが世界的には多数派なだけに、劇場未公開映画や独占配信のシリーズを視聴者数等の客観的な指標で評価した上で、更に内容を含めて総合的に論じる方法はないものか。横山さんが参考にしている指標やウェッブサイトなどがもしあれば、教えていただけると幸いです。

以上、前回の横山さんの2023年インドネシア映画回顧を私なりに補足してみました。コロナ禍によってどん底に落ちた時期と比べれば、総じて内容的にも興行的にもインドネシア映画は動画配信サービスを含めて堅調に発展しているように見えますが、油断は禁物。どれだけ優れた作品であっても、ごくごく少数の人にしか観られないのであれば、そうした作品はコンテンツ洪水の中で埋没していくでしょうし、逆にどれだけ大ヒットした作品であっても、質が伴わないのであれば、観客は単に投資家の金儲けの片棒をかついだだけに終わり、彼らの心には何も残らないことでしょう。

内容も興行も共に百点満点の作品はそうそうあるものではありませんが、そうした作品がインドネシア映画から生まれることを2024年は期待したいと思います。

いつものことで、また前振りが長くなりました。すみません。

**********

さて今回は、前回第71信の流れから、少しひねって、熟年再婚夫婦の喧嘩もの『となりの店をチェックしろ 新たなライバル』(以下『ライバル』)を紹介したいと思います。この連載で私も横山さんもたびたび取り上げてきた『となりの店をチェックしろ』シリーズの目下最新作が『ライバル』となります。

映画のパート1から派生して制作されたテレビドラマシリーズはシーズン1、シーズン2(Netflixでのタイトルは『うちの店をよろしく~親父の再出発』)と続き、『ライバル』はシーズン3に相当します。必ずしもシーズン2を観ていなくても理解できるストーリー展開ではありますが、インドネシアのNetflixを観られる人はシーズン2を観てからのほうが、登場人物の関係性がすんなり頭に入ってくるでしょう。シーズン3のあらすじは以下のとおりです。

雑貨屋を畳んで釣り堀ビジネスを始めたコー・アフック(チュウ・キンワー)は無実の罪で警察署に拘置されたこともあったものの、従業員たちの努力で無事釈放され、一度は閉鎖された釣り堀ビジネスを再開。その式典で、以前から好意を寄せていた未亡人のヘレン(ジェニー・チャン)に思い切ってプロポーズします。プロポーズを受け入れてくれたヘレンと共に、ラブラブな再婚生活を始めますが、困ったことにヘレンはコー・アフックが嫌いなテンペを料理するのが上手なのでした。気を使って食べたふりをするコー・アフックでしたが、今度は彼の釣り堀ビジネスをヘレンは手伝おうとします。自分のやり方が少しずつ侵食されていくことに複雑な想いのコー・アフックは、ヘレンに何か新しいビジネスを始めるように今度は仕向けます。喜んだヘレンが始めたのは、なんとテンペの家内制工場でした。ますます渋い顔のコー・アフック。やがてテンペ製造過程の排水が池に入ったことで養魚に被害が出たことをきっかけに、二人の仲は険悪になります。二人を取り巻くユニークな面々の従業員たちも二派に分かれて喧嘩腰となり、遂に二人は熟年離婚の危機に直面することに。コー・アフックとヘレンはお互いの譲れない溝を乗り越えることができるのでしょうか。

『となりの店をチェックしろ 新たなライバル』ポスター。熟年再婚夫婦の意地の張り合いは周囲の従業員を巻き込んで・・・。 themoviedb.orgから引用。

(⇒ 『となりの店をチェックしろ』映画版のパート1とパート2は・・・)

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