マカッサル市の南約60キロにあるジェネポント県ボント・ウジュン村。一軒の高床住居の床下で女性が赤ん坊をあやしながら忙しく働いている様子が見える。彼女のそばには、塗るとひんやりする白粉を顔中に塗った少女たちが座っており、なかに老女も一人いるが、みんなで同じ作業に没頭している。海藻を縛る作業の最中なのだ。彼女らは土地の言葉で「パニコ・ビビ」(panyiko’ bibi)と呼ばれている。
●パニコ・ビビの仕事
2004年頃から、南スラウェシ州の南海岸で海藻の養殖が盛んになるのに合わせて、この村の様々な年齢の女性たちはパニコ・ビビとしての仕事を始めた。3年前まで、この村の女性たちの大半は、日頃の生活について尋ねられると、「ただ家にいるよ」と答えたものだった。しかし、今では様子は一変した。海藻養殖が彼女らの答えを「海藻を縛っているのよ」へと変えたのである。
パニコ・ビビが赤ん坊をあやし、おしゃべりをしながら作業する(Sainul Rapi 撮影)
彼女らは高床式の家の床下、テント、あるいは海岸や海にせり出したサゴ椰子の葉で葺かれた屋根の竹小屋などに置かれた新鮮な海藻の山を取り囲んで、集まってはおしゃべりをしながら作業する。彼女らの手が新鮮な海藻を選び、切り、成長を促す植えつけができるように海藻を縛る。
このコットニー(cottonii)あるいはスピノサム(spinosum)という名前の種類の海藻(訳注1)を養殖するに当たっては、男性と女性との間の分担が一家族全員で平等になるようにする。すなわち、子ども、大人あるいは親、男性、女性、皆がこの作業に関わるのである。もちろん、それぞれの役割や分担量は異なる。
(訳注1)ともにカラギーナンと呼ばれる海藻の一種で、コットニー(Kappaphycus Cottonii)はオオキリンサイ属で硬く強いゲルの材料になり、スピノサム(Eucheuma Spinosum)はキリンサイ属で柔らかいゲルの材料になる。カラギーナンはヒトの消化器内でほとんど分解されない食物繊維と見なされ、また増粘安定剤やゲル化剤などとして食品その他工業で用いられる。2007年時点での海藻生産では、フィリピンが国際市場の約80%を占めているといわれ、インドネシアもスラウェシを中心に輸出向け海藻生産が急速に盛んになってきた。
通常、海藻を養殖する場の準備、養育、収穫といった海上での仕事は男性が受け持つ。女性は、海藻の種を植えつける紐を作ったり、海藻を縛ったり、天火乾燥させたりなど、陸上での仕事を多く受け持つ。
養殖する場の面積がさほど広くなければ、陸上での仕事は一家族の成員で分業できる。しかし、海藻の種を植えつける場所となる長い紐(土地の言葉ではベンタン(bentang)と呼ばれる)の数が300本を超えると、ベンタンを作ったり海藻を縛ったりする作業にはもっとたくさんの人数が必要になってくる(訳注2)。
(訳注2)この種の海藻の生産では、海中に海藻の種を植えつけたナイロンロープ(本稿での「ベンタン」に相当)などを下ろし、ナイロンロープに生えた海藻を引き上げて収穫する。
海藻を縛って、海藻の種をベンタンにつける段階は、海藻養殖で最も注意を要する段階である。海藻はすばやく縛らなければならない。もしそうでないと、海藻の茎の部分が苗になるには柔らかくなりすぎてしまうのだ。だから、この段階でのできが収穫を左右するのである。
●なぜ女性が海藻を縛るのか
どうして海藻を縛る作業は女性がほとんどなのか。どうして南海岸地域の男性は海藻を縛らないのか。ボント・ウジュン村の海藻農家の一人ダエン・レワさんによると、海藻苗が茎になっていけそうに十分育つと、作業はよりしんどい段階になる。この段階になると、誰かがベンタンを担いで運び、海中に下ろさなければならない。これは男性の仕事なのだ。
ベンタンを海中に下ろしたり、収穫をしたり、海上の仕事は全て男性の役目(Muhammad Ridwan Alimuddin撮影)
ベンタンを運んで海に下ろすのは一日で済ませるのが理想的だ。植えつけた海藻苗の成長力を維持するには、海藻をすばやく選び、縛る女性の作業が重要になるのである。女性が海藻苗を縛ってベンタンに仕上げる間は、男性の休息の時間となる。
女性の作業が重要な理由はほかにもある。海藻養殖の技術普及員であるカスマンさんによると、女性の手は繊細なので、女性が作業すると海藻が折れないのである。
技術的には、海藻を縛る作業を覚えるのに時間はさほどかからない。しかし、パニコ・ビビが海藻をどう選び、切り、苗に分けているかをみていると、彼女らの役割は単なる「海藻縛り工」に留まらない。海藻の種を植えつける際に、海藻のどの部分が苗として繁殖していくのに最良かを選んで決定するのは、すべてパニコ・ビビの手に委ねられているのである。
彼女らは海藻の苗を分別する作業に最大限の責任を持つ。彼女らの作業をみれば、海藻農家への指導された技術がどの程度吸収されたかが分かるのである。たとえば、よい苗とはいかなるものか、波が高いときに使う苗の大きさはどの程度が適当か、といったことである。換言すれば、この作業は早さが要求されるだけではなく、丁寧さ、判断力、明晰さも要求されるのである。
(次に続く)
- 海藻養殖で所得が向上
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- 女性の研修はまだ少ない
- 訳者による解説
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