よりどりインドネシア

2023年05月07日号 vol.141

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第62信:復活、スーパーヒーロー魅惑の世界と現代社会(横山裕一)

2023年05月08日 00:13 by Matsui-Glocal
2023年05月08日 00:13 by Matsui-Glocal

轟(とどろき)英明 様

4月中旬から所用で名古屋に一時帰国していました。久しぶりに東京、大阪にも行きましたが、特に印象に残ったのが夜の大阪・道頓堀でした。阪神タイガースが優勝した時のような人の賑わいでしたが、そのほとんどが外国人。話には聞いていましたが、まるでシンガポールにでも来たかのような不思議な感覚でした。立ち並ぶたこ焼き屋には行列ができ、ヒジャブを被ったムスリム女性がポン酢たこ焼きを注文すると、屋台の日本人男性が「アルコール分が含まれてますよ、○○たこ焼きなどが含まれていないですよ」と手慣れた応対ぶりで、すっかり国際化の環境になっている様子に改めて感心した次第です。

さて名古屋に戻り、今回の往復書簡は何について書こうかと考えながら最寄りの駅ホームに降りたところ、あるポスターが目に入りました。内容は庵野秀明監督の最新作『シン・仮面ライダー』と私鉄がコラボしたイベント「名鉄沿線ラリー・ショッカー基地を探せ!!」でした。仮面ライダーは50年前小学生だった私のまさにヒーローでもあります。庵野監督は近年、ゴジラ、ウルトラマンと独自の視点によるリバイバル版を手掛けていて、同監督のヒット作アニメ『エヴァンゲリオン』シリーズの支持層のさらに一世代上の高年齢層にも支持を得ています。そこで、今回はインドネシアでも近年、1950年代から70年代に人気だったコミックのオリジナル・スーパーヒーローが近年次々と映画作品でリバイバルしている現象と現代社会の関連について話したいと思います。

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インドネシアのコミックを原作としたスーパーヒーロー映画シリーズは、これまでに『グンダラ』(Gundara /2019年作品)、『スリ・アシィ』(Sri Asih /2022年作品)、『ヴァルゴ・アンド・ザ・スパークリングス』(Virgo and The Sparklings /2023年作品)の3本が上映されています。これらはブミランギット・エンターテイメントが手がけたものです。同社は2003年に設立し、かつて出版されたオリジナル・ヒーロー・コミックの権利を取得してコミック本の復刻再販、キャラクターを元にアレンジしたコミック本などを出版する傍ら、映画制作にも乗り出し、そのシリーズが上記3本です。

上から映画『グンダラ』(引用:http://filmindonesia.or.id/、『スリ・アシィ』、『ヴァルゴ・アンド・ザ・スパークリングス』公開時ポスター

3本の作品でそれぞれ登場するスーパーヒーローは、稲妻の化身ともいえる「グンダラ」、空を飛び俊足移動できる「スリ・アシィ」、炎を操る「ヴァルゴ」で、グンダラ以外は女性ヒーローです。

インドネシアコミックのスーパーヒーローたち(引用:https://bumilangit.com/id/landing/landing-indonesia/

インドネシアでもコミックが定着し始めた1950年代、スーパーマンなどのアメリカン・コミックヒーローの影響も受けながら誕生したのがインドネシア・オリジナルのスーパーヒーローたちです。残念ながらこれらコミックを読めてはいませんが、上記のスーパーヒーロー以外には水中で活躍できる「アクアヌス」やインドネシア版スーパーマンのような「ゴダム」、さらには座頭市を思わせる「幽霊洞窟のシ・ブタ」などバラエティに富んでいます。

インドネシアのスーパーヒーロー・コミックが人気を得たのは主に1950年代から70年代前半頃まででしたが、今回の映画シリーズでは現代を舞台に描かれています。特徴は一連の作品が単なるヒーローものにとどまらず、大人の鑑賞にも耐えうる作品になっていることで、その魅力の背景には大きく3つのポイントが挙げられます。

まず第一にヒーロー像の描き方です。各作品とも主人公がヒーローの能力に目覚め、悪者を倒す過程が描かれているためでもありますが、とても人間臭く描かれ、ヒーロー然としていない点です。

ヒーロー「グンダラ」になるサンチャカは少年期から描かれ、父親が労働争議で企業の陰謀で殺され、母親とは生き別れに、そして自らはストリートチルドレンとして過ごし、その中で正義とは何か、人を助ける大切さなどを学んでいきます。大人になったサンチャカは工場の警備員として勤めますが、落雷に遭うごとに不思議な能力を得ていきます。ユニークなのはヒーローに目覚め、ヒーローらしく扮しようとする場面で、工場にあったラバーや金属片などを粘着テープで手足に巻き付けていきます。洗練された格好いいヒーローというよりは、手作り感あふれる人間臭いヒーローとして描かれているところに親近感と現実味を感じさせてくれます。

これは「ヴァルゴ」も同様で、主人公の女子高生リアニが級友とロックバンドを結成する際、演奏衣装としてアイマスクを手作りし、自らデザインした服を通信販売で取り寄せていて、それがそのままヒーロー・コスチュームに転用されています。リアニは幼少時から感情が昂ると手から炎が出る不思議な能力を持つものの制御できない設定です。高校の授業中テストでうまく回答できなかったことから、感情をコントロールできずに、クラス全員分の解答用紙を誤って燃やしてしまう失態も演じています。このため級友であるバンド仲間の協力で、意のままに炎を出せるよう特訓を受けるなど、友情を土台として生まれたヒーローでもあります。時には親友らの悪戯で、両手から出す炎で湯を沸かし即席麺を作らされてもいます。

このようにヒーローが孤高の絶対的な存在ではなく、大衆の中の一人であるという描き方が、架空の超能力の世界をより現実味を帯びた身近な世界として観客を惹きつけている所以ともいえそうです。

グンダラ(写真上)とヴァルゴ(写真下・中央)のコスチューム(引用:https://bumilangit.com/id/landing/landing-indonesia/

そして第二には、さらに現実感ある世界として、悪者が引き起こす事件が現代社会に基づいた問題が題材となっていることです。『グンダラ』では悪の組織が食糧米に毒を仕込み、解毒剤として用意されたワクチンにさらに毒を仕込んでいます。実社会でも悪徳業者が肉や魚を腐らせないようホルマリンを使用して問題となったことが度々あり、食糧の安全不安を反映しています。さらにはワクチンにも不安を煽る事件は、コロナ禍のインドネシアでワクチンがイスラム教義上許されたもの(ハラル)かどうかが議論されたことを彷彿とさせます。実際には、作品はコロナ禍前に制作されたものですが、まるで予見したかのような事象です。

また『スリ・アシィ』では、都市開発業者でもあるマフィアが開発用地取得のために貧困層が居住する地区を放火したり、暴力で団地居住者を追い出すなど、まさに現代社会の開発と弱者救済の問題が浮き彫りにされています。さらに『ヴァルゴ・・・』では、スマートフォンでの動画サイトを通じて魔人が催眠をかけて視聴者を凶暴化させ社会混乱を引き起こしていて、スマートフォン依存社会の風刺、さらにはソーシャルメディアを通じた偽情報や誹謗中傷で世論や社会に大きな影響を与えている現代社会を反映させています。

このように現代社会の問題を盛り込むことで、作品はヒーローが活躍するアクション映画である一方で、現代の問題を切り取った社会派映画としての側面も有するに至っています。では何故この時期にスーパーヒーロー映画が立て続けに制作されているのか。インドネシア映画の隆盛期であり、コンピューターグラフィック技術の向上でヒーロー作品を制作しやすくなった環境も大きな要因ですが、改革の時代、民主化の時代といわれて25年、経済的格差や開発優先の環境問題や人権問題、インターネットによる思考の一元化や情報操作、さらには汚職や癒着が横行し続ける現代は、これらを解決してくれるスーパーヒーローが求められている時代であるともいえそうです。

スーパーヒーロー・コミックが生まれ、支持を受けてきた1950年代から70年代前半は、経済混乱期でもあったスカルノ政権期をはじめクーデター未遂事件といわれる9・30事件、それに伴う全国での共産主義者一掃の大虐殺など社会不安の続く時代でもありました。人々はコミックの中とはいえ悪を退治し、平和で不安のない世の中を守るスーパーヒーローに救いを求めていたのかもしれません。その意味で一連のスーパーヒーローたちは大衆の必要に応じて現代に蘇ってきたとも考えられます。

ヒーロー映画シリーズ第1作目の『グンダラ』のポスターに「この国は愛国者(ヒーロー)を必要としている」と明記されているのもこうした意味が含まれているようにも感じらます。スーパーヒーローの存在は、裏を返せば社会問題が実存する証であり、スーパーヒーロー映画の登場はまさに時代を反映した現象ともいえそうです。

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(⇒ スーパーヒーロー映画魅力の第三のポイントは・・・)

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