よりどりインドネシア

2023年04月23日号 vol.140

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第61信:恭喜發財でSelamat Hari Raya のハッピーなコメディ『コンシー・ラヤ』が提示する未来は夢物語か?(轟英明)

2023年04月23日 15:01 by Matsui-Glocal
2023年04月23日 15:01 by Matsui-Glocal

横山裕一様

日本では桜が散り、新学期が始まりました。もう冬服不要の春爛漫かと思えば、朝夕はまだ冷え込むこともあり、また中国大陸から飛来する黄砂と日本の春の代名詞とも言える花粉症がダブルパンチで押し寄せてきて、鼻風邪を引いたようです。黄砂とも花粉症とも無縁のインドネシアは良かったなあと懐かしむ今日この頃です。

さて、この号が発行されるのはインドネシアをはじめとするイスラーム世界でラマダン(断食月)が終わり、断食明け大祭(イドゥル・フィトリ又はハリ・ラヤ)が祝われる時期と重なります。そのため、今回は番外編ということで、隣国マレーシアの旧正月映画にしてラブコメもの『コンシー・ラヤ』(Kongsi Raya) をまずは取り上げ、マレーシア事情を解説、後半ではインドネシア映画との比較考察を行いたいと思います。

2022年2月にマレーシアで公開された『コンシー・ラヤ』(Kongsi Raya)のポスター。中華圏では毎年恒例の春節映画の一本。日本とインドネシア双方のNetflixで視聴可能。 imdb.comより引用。

本作について、私は『となりの店をチェックしろ』を論じた第53信で、マレーシア出身チュウ・キンワー(周堅華)の主演作として言及済みです。それに返して、横山さんは第54信で「『コンス・ラヤ』(kongsi:公司は中国語で会社、共同体の意味で、作品内容から「偉大な店」といった感じの意味でしょうか)」と述べていますが、これは横山さんの完全な思い違いです。この場合のKongsi とは、インドネシア在住日本人にとってももはや耳慣れたフレーズのGong Xi Fa Cai(コンシーファチャイ、恭喜發財)のGong Xi のことです。中国正月、いわゆる春節の時期に頻繁に聞かれるフレーズで「お金が儲かりますように!」という意味ですね。

Gong Xi Fa Cai は中国大陸で主に使用されているピンイン表記であり、一方で東南アジアの華人文化圏ではピンインと非ピンイン表記が昔から混在していました。インドネシアではスハルト政権期に中国語学習が厳しく制限された反動なのか、中国語学習が完全に解禁された改革期以降は中国大陸標準のピンイン表記が一般的になったようですが、華人文化が維持されたマレーシアやシンガポールでは広東系や福建系などの南方出身者が多数を占めることも関係しているのか、人名や固有名詞においては非ピンイン表記が普通のようです。

そして、ウィキペディアでも確認可能なように、Kongsi Raya とは中華系の最大の祝日である春節と、マレー系の最大の祝日であるハリ・ラヤの時期が重なることを指します。それは『コンシー・ラヤ』が近未来の2029年のインタビューから始まって回想場面に入っていくことからも明らかでしょう。そう、春節もハリ・ラヤも陰暦基準のため、毎年その時期は変わっていくのですが、33年に一度その時期が重なり、次回は2029年から2031年となっているわけです。そのめでたい時期を中華系とマレー系が一緒に楽しく祝おう!という意図が制作者にあったことは言うまでもありません。

以下、ざっとあらすじを紹介してみましょう。

時は2029年のマレーシア。春節とハリ・ラヤが重なる「コンシー・ラヤ」のテレビ特番として、中華系のジャックとマレー系のシャリファという民族混合カップルへのインタビュー収録が始まろうとしています。緊張のあまりガチガチの二人ですが、息子のカリルに促されて少しリラックス。やがて二人が語りだした馴れ初めは以下のようなものでした。

2019年のテレビスタジオ。マレー系のラヒムはマレー料理のシェフとして番組収録中。娘のシャリファは番組のプロデューサーとしてサポートするもまだ独身。父親の紹介した花婿候補には意地悪をして追い出してしまう気の強い一面を持ちます。一方、中華系のロン・フェンは繁盛している中華料理店の三代目オーナー。息子二人のうち、とぼけた兄シャオロンとは対照的に弟ジャックは父親の隣でシェフとして真面目にサポートしています。

ある日ジャックは同じバスでいつも見かけるシャリファが気になり、遂に声をかけます。マレー語で話しかけるも上がり気味のジャックに華語(標準中国語。マレーシアでの呼称)で返事するシャリファ。他愛ない会話を続けながら恋に落ちる二人。

ジャックとシャリファはそれぞれの親に互いの恋人のことを打ち明けようとしますが、案の定、全然うまくいきません。シャリファは架空の友人シティの恋人ジャックの話として両親に伝えるのが精一杯。一方で、ジャックは父親の猛反対を受けて家出し、雨の中シャリファの家にたどり着きます。ジャックを匿うシャリファですが、とうとう打つ手がなくなり、ジャックはヒジャブと大柄のワンピースを着てシティを演じる羽目になります。ジャックの兄シャオロンが突然訪問してきてバレそうになるも必死の演技で誤魔化し、ラヒムの同情を買うシティ(ジャック)。ラヒムは親切心からロン・フェンを説得しようと試みるも、逆に包丁を持ち出してきたロン・フェンに追い払われる始末。腹のおさまらないラヒムは、自身の番組での料理対決をロン・フェンに提案し、自分が勝ったらジャックの意思を尊重させるとの条件を彼にのませます。さて、ジャックとシャリファ、二人の結婚は互いの両親から認められるのでしょうか?

Kongsi Raya: Official Trailer. https://www.youtube.com/watch?v=uwNIjtnB1gU

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この後の展開は未見の方々のために伏せておくとして、実のところハッピーエンディングで終わることは物語冒頭から明らかにされています。なにより本作は、中華文化圏の映画界においては毎年恒例の「春節もの」でもあるからです。とにかく観客を楽しませハッピーにすることがこのジャンルの約束事かつ第一の目的であって、「笑う門には福来たる」を実践する映画とも言えます。女装あり、料理バトルありで、最後までコミカルな場面とシリアスな場面を交互に入れ込んで、少しホロリとさせることも忘れない、実によくできたコメディです。

ただし、春節ものの常で、かなり強引な展開があったり、ご都合主義的な設定があったりすることも否定はできません。その最大のツッコミどころが、ジャックがシティに化ける女装ネタであることは言うまでもなく、「そんなのバレバレでしょうが!」と誰からもツッコまれることは必至でしょう。

また本作では、異民族異宗教結婚において肝心要の宗教問題が見事なまでにスルーされています。つまり、ジャックは結婚に際してイスラームに入信したのか、ジャックとシャリファの息子カリルの宗教はどうなっているのか等については全く触れられていないのです。とは言え、春節ものの特権として、物語に勢いがあって面白ければ少々の欠点は許されるのも確かであり、こうした指摘は野暮と言うべきかもしれません。くたばれ、くそリアリズム。

むしろ、そうした脚本上の穴をカバーするほどの、ある決定的な場面に私はかなりのところ大笑いし、同時に深く感心しました。物語中盤、ラヒムがロン・フェンの店を訪れ説得を試みる場面です。以下、少々意訳した形ではありますが、主役二人の父親であるラヒムとロン・フェンがポンポンと本音を繰り出す会話部分を書き起こしてみます。なお、実際の画面では、ジャックの兄シャオロン(テディ・チン監督自らが演じています)が通訳の形で関与していますが、ここでは便宜上省略します。

ラヒム:(ロン・フェンを説得しようと)ロン兄貴、時代は変わっているんだよ。若い世代には彼らの流儀がある。我々は祝福しなくちゃ。

ロン・フェン:(笑止千万という調子で笑いながら)誰が祝福するって?俺の息子が姓を変えてイスラーム教に入信することを祝福?誰が俺のレストランと家を継ぐんだ?

ラヒム:姓を変えるのに何の問題が?むしろレストランの名前も変えればいいのさ。そうすれば、マレー系というより広い顧客層を取り込めるはず。ただ、内装は少しマレー風にしないとね。カーペットや凧やM・ナシル(訳注 マレーシアの著名な歌手兼俳優)の肖像画を飾るとか・・・。

ロン・フェン:(机を叩いて)出てけ!!!

ラヒム:まあまあ怒らないで。さっきの話は忘れて、ジャックとシティのことを話そう。

ロン・フェン:マレー系のビジネスなんか知るか。お前にビジネスのやり方を教えてもらう必要なんかない!

ラヒム:ちょっと待ってくれ。私があなたをさっきから「ロン兄貴」と呼んでいるのは敬意の証ですよ。なんでそんなにマレー系を嫌うんだ?私たちの何が問題なんだ?

ロン・フェン:(それまでの広東語をマレー語に切り替えて)なぜなら、お前は俺の息子を奪ったからだ!

ラヒム:なんだよ、マレーシア語がうまいじゃないか。私がいつあなたの息子を奪ったって?私がここに来たのは、二つの家族を一つにするためだよ。

ロン・フェン:中華系はな、自分たちの食い扶持は自分たちで働いて稼ぐんだ。でも、マレー系は生まれた時から楽してばかりで苦労知らず。国が助けてくれるからな。よって、我々が一つの家族になることは決してない!

ラヒム:おいおい、ちょっとそれは言い過ぎだろう。あんたは中華系のほうが優れていると思っているのか?自分のことだけ、カネのことばかり考えて、しまいには自分の息子の意思を無視しているじゃないか。まったくなんて石頭なんだ。

ロン・フェン:(席を外して包丁持参)こっちに来い!言ってみろ、中国系は悪い奴だと!ここから出てけ!!!刻むぞ、テメエ!!!

(急いで逃げ出すラヒム)

言うまでもなく、この場面はコメディとして処理されているので笑って見ていられるのですが、少し演出を変更すれば、かなり際どい、場合によっては危険な台詞の応酬です。これがエスカレートすればヘイトスピーチになってもおかしくないとも思えますが、一方で誰もが公の場で言ってはいけないと心得ているはいるものの、ある意味でマレー系と中国系が互いの本音をぶちまけたやり取りでもあります。

少し補足解説すると、1969年5月13日に発生したマレーシア史上最悪の民族衝突事件以降、民族宥和政策の転換が図られて土着マレー系の法的優位が確立、教育や就職や経済活動におけるマレー系への優遇政策(ブミプトラ政策)が今なお残っているというのが私のマレーシア理解の根幹です。近年は政策の見直し機運が徐々に高まっているとも聞きますが、ロン・フェンが「マレー系は生まれた時から楽して苦労知らず」というのは、中華系の場合、海外留学に際して公的な奨学金を得にくかったり、公務員としての就職口が狭かったりする現状を照らし合わせれば、あながち嘘というわけではありません。

また、ラヒムの発言「中華系も姓を変えてイスラーム教徒になればいい」は多数派の無神経で悪意のない傲慢さそのものでもあります。一方で、「中華系は自己中心的でカネのことばかり考えている」というイメージもただのステレオタイプとは片づけられない、かなり根深いものです。

いわばマレー系と中華系がお互いに抱く、相手に対するイメージと不満をコメディという形で赤裸々にぶちまけさせ、本音で喧嘩させようとしたのがこの場面です。一歩間違えば、それこそ民族間の不和を誘発拡大しかねないシークエンスなのですが、テディ・チン監督は大胆にもこれをコメディとしてやってのけたことに私は本当に心から感心しました。多民族国家の建前や綺麗ごとばかりに縛られない、こういう本音トークを私はずっと見たかった!

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ただ、テディ・チン監督のフィルモグラフィーを確認するならば、この程度の描写はなにほどのこともないのかもしれません。3年前に大阪アジアン映画祭で上映された『ミス・アンディ』(Miss Andy)はマレーシアを舞台にトランス女性を描いた作品で、実際のトランス女性である井餘田(いよた)みのりさんの心を揺さぶるほどの完成度だったのですから。

Miss Andy | 迷失安狄 | QEFF 2021 Trailer. https://www.youtube.com/watch?v=L-DXA7pOuBs

言うまでもなく、性的マイノリティを描いた映画作品は古今東西かなりの数に上るのですが、近年に至るまで彼らの当事者性は等閑視された形での表象が一般的でした。この不均衡ぶりへの異議申し立てはハリウッド映画はじめ各国で今も実践中ですが、制作側にしてみれば根強い差別が残る題材を取り上げること自体が興行リスクを伴う行為でもあり、ましてイスラームを国教とするマレーシアでの制作にはより大きいリスクと社会的圧力があったことは想像に難くありません。

『コンシー・ラヤ』ではいつもとぼけた仕草と台詞でおちゃらけてばかりの兄シャオロンを演じているテディ・チン監督は、どうしてどうして、実はかなり肝の据わった映画人なのです。

(⇒ さらに興味深いのは・・・)

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